11話「vsグランドドレイク」
グランドドレイク討伐決行当日。俺とニアは冒険者たちが集まる噴水広場にやってきた。
総勢30人ほどの集団に紛れ込んだところで、まとめ役らしきひげ面の男が先頭でこちらを振り返った。
「ではこれよりグランドドレイク討伐に向かう。Dランク以下の冒険者は後方から援護。Cランク以上の冒険者は前線での戦闘に加わってもらう。みな気を引き締めていくぞ!」
「「「応!」」」
勇ましいかけ声とともに、俺たちはネルカプラの町を出発した。
冒険者たちが歩くたび、それぞれ身につけている武具が擦れ、ガチャガチャという音を立てる。これだけの大所帯になると、もはやちょっとした行列だ。
俺たちは湖を背にしてずんずんと進んでいく。右手に緑豊かな山を抱き、ふもとを伝って大きく迂回するように道が続く。
そのうち、若干道幅が広くなった辺りで先頭のまとめ役の男は立ち止まった。
「ここで一時待機だ! 戦闘準備を怠るな!」
問題の場所はどうやらここみたいだ。まだディクトル側の討伐隊は到着していないらしい。早く着きすぎてしまったようだ。
もしいまグランドドレイクが来たら――。
俺が嫌な想像をしてしまった、そのときだった。
「おい、あれ!」
山の方から何かが飛来してくるのが見え、冒険者たちはにわかに浮き足立った。
その影は次第に大きくなり、やがて巨大な魔物がどすんと降りてきた。
それは翼を持つ二足歩行のドラゴンだった。丸っこい体には土気色の鱗が生えており、手は細くて短い。
そのドラゴンは俺たち冒険者を目に留めると、耳をつんざくような咆哮を放った。
「グランドドレイクだ!」
誰かがそう叫ぶが早いか、なし崩しに戦闘が始まった。
前線の冒険者たちは、各々のユニークスキルや魔法を使ってグランドドレイクに攻撃していく。
しかし、グランドドレイクはそれを強靭な鱗で受け止めながら、冒険者を一人、また一人と薙ぎ倒していく。
ニアが魔法で前線を援護している間、俺は負傷した冒険者たちを〈質量変化〉で担ぎ、後方に避難させていった。
グランドドレイクの攻撃は一撃一撃が重たいようで、重傷者も少なくはなかった。
「増援が来るまで持ち堪えろ!」
まとめ役の男が檄を飛ばす。残っている前線組は、早くもわずか四名。どの冒険者も身のこなしが良く、歴戦の強者という感じを受けた。
格闘家と剣士が直接攻撃でダメージを与え、弓使いが矢を放ってそれをサポート。魔術士は遠距離から魔法で攻め立てる。
その猛攻が通じたのか、グランドドレイクの動きが徐々に鈍り出した。
もしかしたら、行けるかもしれない。
かすかな希望が見え始めた、そのときだった。
グランドドレイクは口を大きく開くと、高圧で泥を吐き出した。まさにビームのようなその攻撃は、四人の冒険者たちをまとめて薙ぎ払い、勢いよく吹き飛ばした。
「そんな……!」
目の前の敵を全て倒し切ったグランドドレイクは、後方にいる俺たちの方に視線を向けた。
「う、わあぁ……!」
一人の冒険者が恐怖に耐えきれず、背を向けて逃げ始めた。すると、それを見た他の冒険者たちも一斉に逃げ出し、戦線は完全に崩壊した。
「おい、お前ら! まだ怪我人がいるんだぞ! 戻ってこい!」
俺は必死に呼びかけたが、その声は全く届かなかったらしい。後方組で最後に残ったのは、俺とニアだけだった。
俺は剣を抜きながらニアの様子をうかがう。
「逃げてもいいんだぞ?」
「アケビ、戦う。わたしも、戦う!」
「そっか、ありがとな。それじゃいっちょやってみますか」
怖くないと言えば嘘になる。だが、負傷したこの人たちを見捨てて逃げるわけにはいかない。
ディクトルからの援軍が来るまで、俺たち二人で持ち堪える。全員が生き残る方法はそれしかなさそうだ。
「「いくぜ、デカブツ……!」」
俺は〈分身〉を発動して二人になると、それぞれ〈身体強化〉〈質量操作〉を発動し、グランドドレイクに接敵した。
〈硬化〉で強化した刃が腹部の鱗に当たり、カチンと音を立てる。
「固ってぇ……!」
正攻法ではダメだと思った俺は、腕と尻尾の振り回し攻撃を〈動作予知〉で避けながら、グランドドレイクの後ろに回り込んだ。
その間に俺の分身体は高く飛び上がり、グランドドレイクの頭部を縦に斬りつけた。
「ギャオオッ!!」
グランドドレイクが怯んだ隙に、俺はやつの尻尾を掴んだ。両腕でそれをしっかりと脇に固定しつつ、〈質量操作〉でグランドドレイクの体を思い切り軽くする。
「オラアアアアアアアアアッッ!!」
俺はそのままグランドドレイクを持ち上げると、反対側の地面に叩きつけた。
叩きつける瞬間に重さを元通りにすることで、やつの自重がそのままダメージに変換される。
「オラ! オラ! オラ!」
俺はそれを何度も繰り返した。始めは衝突の度に苦悶の声を上げていたグランドドレイクも、そのうち声を上げなくなっていった。
ぐったりとしたグランドドレイクをようやく地面に下ろすと、俺はそこから飛び離れた。
「ニア、頼む!」
「rednuht ekorodot!」
指向性を持った雷がグランドドレイクの全身を焼き焦がす。
「ギャオオオオオ!!」
グランドドレイクはそれでもまだ倒れない。電撃を食らいながらもよろよろと立ち上がると、ニアに向かって口を大きく開いた。
(まずいっ……!)
〈動作予知〉でビームが発射されると分かった俺は、高く跳び上がった。
ジャンプの頂点で体重を増加させた俺は、〈硬化〉した剣を下向きに構えたまま、グランドドレイクの頭部目掛けて飛び降りた。
それと同時に、俺の分身体が下から上に拳を振るい、やつのあごを突き上げる。
上下からあごに衝撃を食らったグランドドレイクは、口を強引に閉じられた状態で剣に串刺しにされた。
圧力の行き場を失った泥が牙に衝突し、何本かをへし折りながら、よだれのように漏れ出す。
グランドドレイクはぐるりと目を回すと、ずんと横向きに倒れた。
「やったのか……?」
俺は〈地獄耳〉で心音を確認した。まだ生きている。気絶しただけだ。
頭部に刺さった剣を引き抜き、俺は改めてグランドドレイクに対峙した。
やつは紛れもなく強敵だった。だが、そのおかげで俺たちはまた一つ成長できた。
「ありがとう。そして、おやすみ」
俺はグランドドレイクの胸部に剣を当てると、一気に奥まで突き刺した。心臓を貫く感覚とともに、ドクドクと青い血が流れ出す。
そのとき、ディクトル方面から足音が聞こえ、俺は振り返った。討伐隊の残り半分が遅れて到着したのだ。
「これは、きみたちがやったのか!?」
「あっ、はい」
駆け寄ってきた銀髪の男に、俺はこくりとうなずいた。
「なんてことだ……まさかたった二人でグランドドレイクを倒してしまうなんて」
「まぐれですよ。たまたま戦術が噛み合って、上手く行ったんです」
「まぐれなわけがあるものか! 討伐難度Aランクの魔物だぞ!」
「ええっ!?」
俺は大口を開けて驚いた。「Cランク以上の冒険者たちが戦うのだから、グランドドレイクはCランク程度の魔物だろう」と勝手に思っていたからだ。
「やつは……もう完全に死んだみたいだな。私たちは負傷者の救護をしてくる」
「俺たちも手伝います!」
「いや、君たちはやつと戦ったばかりで疲れているだろう。そこでゆっくり休んでいてくれ」
にこやかに諭された俺は、お言葉に甘えることにした。無茶な戦い方をしたせいか、全身がズキズキするからだ。
「はい、ありがとうございます」
俺とニアは近くにあった大きな岩に腰掛けると、ようやく一息ついた。
「やったな、ニア」
「アケビ、すごい!」
「お前もだろ」
そう言って俺が右手を掲げると、アケビは首をかしげた。
「ハイタッチ。上手く行ったときにやる儀式みたいなもんさ」
「ハイ、タッチ!」
ぱちんと小気味良い音がして、手のひらがぶつかり合う。
俺たちは爽やかなそよ風に吹かれながら、勝利の余韻に浸るのだった。
アケビの現在の所持スキル
〈超越模倣〉〈能力視認〉〈速算〉〈質量操作〉〈身体強化〉〈粘着〉〈分身〉〈地獄耳〉〈剛腕〉〈硬化〉〈熱感知〉〈動作予知〉