108話「後の祭り」
魔導大祭中止の翌日。
俺たちはロイドさんに呼び出されて、再び魔法省の建物の応接室にやってきた。
ロイドさんはくたびれた様子で俺たちの前に現れた。
たった一晩で、彼の目の下には大きなくまが出来ていた。事件の後処理で忙しく、ほとんど寝ていないのだろう。
「ビヨンドのみんな、昨日はお疲れ様だったね」
「ありがとうございます。ロイドさんも大変だったでしょう」
「まあね。こう見えてもいちおう長官だから」
ロイドさんと笑い合いながら、俺は椅子に座った。それにならって、他のメンバーたちもそれぞれ腰掛ける。
「君たち冒険者たちのおかげで、全てのスパインドラゴンを討伐し、被害を最小限に抑えることができた。ご協力どうもありがとう」
「本当ですか? それは良かった」
一体一体が強いスパインドラゴンは、そのまま放置すれば甚大な被害につながる。早い段階で倒し切ることができて一安心だ。
「それからマイのことだが、遺体は神社が受け取り、丁重に埋葬するそうだよ」
「そうですか。俺もそれが一番いいと思います」
「マイ……」
失った命は二度と返ってこない。それはどうあがいても変わらない事実だ。
ただ、悲しみに暮れるいまの俺たちには、その当然の摂理を受け入れがたかった。
とはいえ、このまま落ち込んでいても仕方ない。
こうなったら、マイの弔い合戦だ。絶対にやつを許してはならない。
「そういえば、ゲイルの行方は分かりましたか?」
俺が意気込んで尋ねると、ロイドさんはうなずいた。
「ああ、今回はそのことで君たちを呼んだんだ」
ロイドさんはテーブルの上に地図を広げた。よく見ると、ウィンゲアから外に向かって、くねくねと曲がる赤い線が引いてある。
「国の総力を上げて追跡したところ、やつはどうやらナジア方面に向かって逃走したようだ」
「おらの国でねぇか! 早くやつを止めねぇと!」
タオファはテーブルに勢い良く身を乗り出した。自分の母国が狙われているのだから、無理もないことだ。
「もちろんだ。後を追おう。この地図、もらってもいいですか?」
「構わないよ」
「ありがとうございます」
ロイドさんは地図をくるくると丸めて俺に手渡した。
もともと次の目的地ではあったが、これでさらにナジアを目指す理由が増えた。
そうと決まれば、善は急げだ。
立ち上がろうとする俺を見て、ロイドさんは慌てて手で制止した。
「あっそうだ、言い忘れたことがある。旅のヒントになるかどうかは分からないが、有力な情報を教えておこう。君たちが調べている『世界の果て』に関する情報だ」
「えっ!?」
俺は思わず重心を椅子に戻した。世間話の最中にぽろりとこぼした話を、ロイドさんが覚えていてくれたことに驚いたからだ。
「もう一度地図を広げてくれるかな?」
「あっ、はい」
俺は言われた通り、テーブルに地図を広げた。
ロイドさんは顎に手を当てながらそれをしばらく眺めていたが、やがて「あったあった」と言いながら地図上の一点を指差した。
「ナジアにはタンシアという禁足地があってね。『聖地』と呼ばれていて、未だに謎の多い場所なんだ。もしかしたら、『世界の果て』となにか関係があるかもしれないよ」
地図の記載によれば、そこは森が広がっている小さな区域だ。
「タオファは聞いたことあるか?」
「ああ、知ってるぞ。滅多に人が入れねぇところで、唯一入れるのは、国王が認めた人間だけらしい」
「そうなのか」
足を踏み入れるのは一筋縄ではいかなさそうだが、ここまで来たからには行ってみるしかないだろう。
「ありがとうございます。助かります」
「いやいや。むしろ、これくらいのことしかできなくてすまないね。またなにかあったらいつでも連絡してくれ」
魔法省という政府機関とのつながりができたのはとても大きい。Sランク冒険者になった恩恵をひしひしと感じながら、俺は改めて立ち上がった。
「色々とお世話になりました」
「みんなの無事を祈っているよ」
ロイドさんに見送られて、俺たちは応接室を後にした。
魔法省の廊下を歩きながら、俺はじっと考える。
言動からして、おそらくゲイルは真っ先に賢者の末裔の命を狙いに行くだろう。
ということは、残り一名の末裔がナジアにいる可能性は極めて高い。
俺たちの目下の目標は、ケシムの復活を止めることだ。そのためには、ゲイルよりも先に賢者の末裔を見つけ出し、ゲイルの魔の手から守らなければならない。
しかし、ナジアは国土がとても広い国だ。広大な砂漠の中から一粒の砂金を探し当てるような、難しい作業になるだろう。俺たちの力だけで見つけることができるのだろうか。
「アケビ、怖い顔になってるよ」
「えっ? ああ、ごめん。ちょっと考え事してただけだ」
努めて表情を和らげると、ニアはほっとした様子で微笑んだ。
そうだ、俺には頼れる仲間たちがいる。次こそは上手くいくはずだ。
ウィンゲアを発ち、目指すは東方の国ナジア。
マイの無念を胸に、俺たちの旅は続く。