107話「ビヨンドvsスパインドラゴン」
俺たちは、林の中から現れたスパインドラゴンに対峙した。
スパインドラゴンは早速、先頭に立っている俺を目掛けて飛びかかってきた。
俺は〈身体強化〉した腕で魔剣を振るい、鋭い爪による攻撃を受け止める。
「ぐっ……!」
想像以上の威力に俺は驚いた。茨で編んだ体にしては相当の重さだ。中に何か詰まっているのだろうか。
口から噴射する黒炎といい、タックルの重量感といい、これは本物のドラゴンと戦っていると思った方が良さそうだ。
「はっ!」
ドラゴンのちょうど真横に位置するタオファが、すかさずわき腹をえぐるように殴り込む。
しかしドラゴンはその打撃にびくともせず、尻尾でタオファを振り払った。
「痛ちち! 棘があるからやりづれぇ!」
「ここは妾に任せろ!」
タオファと入れ替わるようにして、今度はシエラがドラゴンの背中へ蹴り込んだ。
たしかにシエラなら、棘が刺さっても持ち前の超回復力で細かい傷を再生できる。
「軽くするぞ!」
「うむ!」
俺は〈硬化〉した体でタックルをかましながら〈質量操作〉を発動した。
それを見計らって、シエラがドラゴンの胴体を蹴り上げる。
「補助するのだ!」
にわかに浮き上がったドラゴンは空中で静止し、そのまま上に吹き飛んだ。エーリカがタイミングよく手をかざし、念動力で投げ上げたのだ。
空中に浮き上がったドラゴンは、羽ばたいて体勢を立て直そうと試みた。その刹那、ドラゴンの片翼を、落雷のような斬撃が一閃し、斬り落とした。ユウキの一撃だ。
「あと、よろしく!」
ドラゴンは無様にもがきながら地上へと落ちてくる。俺は精神を集中し、ドラゴンの胸部に狙いを定めた。
「クロスエッジ!」
魔剣が固い茨を切り裂き、ドラゴンの肉体の核のようなものを破壊する手応えを感じた。
どうやら、弱点を上手く突けたらしい。ドラゴンの体内に詰まっていた黒い泥が漏れ出し、組み合わさっていた茨がバラバラに解けて地面に落ちていく。
「これで終わりか?」
「そうみてぇだな」
タオファが注意深く足でつついたが、もはやドラゴンの残骸が動く気配はない。これで討伐は完了したと言っていいだろう。
そういえば、上空で戦っていたルナたちはどうなったかと思い、視線を巡らせると、ちょうど決着がつくところだった。
ルナが蹴り飛ばしたドラゴンを炎龍が包み込むように締め上げ、その全身を燃やしていく。始めはもがき苦しんでいたドラゴンだったが、次第に力を失い、肉体の形状を維持できなくなっていった。
「こっちも終わったよ!」
ニアの背後で、茨と泥の混ざりあった塊がどさりと地に落ち、燃え上がる。こちらも無事に倒せたみたいだ。
そのときちょうど、手を振りながらロイドさんが戻ってきた。
「おーい! みんな無事か!?」
ロイドさんは俺たちの傍らに横たわっているマイの亡骸を目にするなり、表情をこわばらせた。
「なんというか、その……残念だったね……」
そう言って目を伏せるロイドさんの方に、俺は一歩踏み出した。
「俺たちは大丈夫です。これ以上被害を出さないためにも、指示をお願いします」
マイのような犠牲者を一人でも減らすことが、いまの俺たちにできることだ。そのためには、泣いている暇なんてない。
俺は心の中で自分自身にそう言い聞かせた。もし少しでも涙を流してしまったら、しばらく立ち直れないような気がしたからだ。
「アケビ……」
ロイドさんは少しの間、俺たちのことを心配そうに見ていたが、やがて引き締まった表情で口を開いた。
「君たちが先ほど戦ったのと同じドラゴンが、方々(ほうぼう)に出没しているらしい。君たち冒険者は引き続き、ドラゴンの討伐に当たってくれ。もし途中で他の冒険者に会ったら、そう伝えておいてほしい」
「分かりました。みんな、行けるよな?」
俺が振り返ると、メンバーのみんなは当然だと言わんばかりにうなずいた。こういうとき、信頼できる仲間がいるというのは本当に頼もしいと思う。
「マイのこと、お願いします」
「ああ。心配せず、思いっきりやってきてくれ」
俺はロイドさんが突き出した拳に、自分の拳をかち合わせた。
それから、現場の後始末をロイドさんに任せて、俺たちはスパインドラゴンの駆逐に打って出た。
マイという大切な友人を失った悲しみを誤魔化すように、そして逃げ去ったゲイルへの怒りを発散するように、俺はドラゴンたちとの戦闘に没頭した。
全てのドラゴンを倒し終え、安全が確認できたのは、すっかり日が暮れた頃だった。
疲れてへとへとになった俺たちはその晩、用意された宿屋のベッドで泥のように眠った。
こうして、年に一度の魔導大祭は、テロ行為による中止という悲劇的な形で幕を下ろすことになった。