106話「不死身のゲイル」
ゲイルは胸元を抑えながら、数歩後退した。その口から、黒い液体が溢れ出す。
「グワアアアアア! ヤ・ラ・レ・タ!」
両手両足を広げて大の字になると、ゲイルは背中から地面に倒れ込んだ。
しかし、残心を決めた俺は、気を抜くことなくゲイルに注意を向け続ける。
すると、やつはパチリと目を開いた。
「なーんてな?」
やつのユニークスキルはない。いわゆる「技なし」だ。
それなのにどういうからくりか、ゲイルは何事もなかったかのように、周囲の茨を器用に操ってすっくと立ち上がった。
その隙を見計らって、迅雷にその身を変えたユウキが接近し、ゲイルの左腕を斬り離す。
「だーかーら、斬っても無駄だっての」
「なっ……!?」
その左腕は斬られたそばから、接着剤でも塗ったかのように元通りくっついた。
「だったら、これはどうなのだ!?」
「「はっ!」」
エーリカが念動力で動きを止めている間に、タオファが腹部に掌底を、シエラが顔面に拳をぶち込む。
しかし、それらの攻撃をモロに受けたゲイルは、何食わぬ顔で立っている。
「なんじゃ、こいつの体!?」
「泥を殴ってるみてぇだ!」
「ははぁん、打撃なら効くと思ったか? 残念でした」
ゲイルは強引に念動力をはねのけると、タオファとシエラの両足を茨で縛り付け、その動きを封じた。
それから、気だるそうに二人を指さす。
「効かないとはいえ、殴られるのは気分悪いからな。そこでじっとしてろ」
「小癪な真似を!」
「ぐっ、外れねぇ!」
茨の枷を上手く解けずにジタバタするタオファたち。その後ろで、魔道士二人が呪文を詠唱する。
「emalf erakaseom!」
「ヴァルマ・カグファ!」
「おっと、魔法はちぃとめんどうだなぁ」
ゲイルは茨で巨大な障壁を作り、二つの火球を受け止めた。
そればかりか、壁を柔らかく曲げて反発させ、飛んできた方向に跳ね返してみせた。
「そんな!?」
「下がって! バリラント!」
ロイドさんの詠唱によって半透明の丸い盾が生成される。飛来した火球は上空に弾かれて散った。
攻めあぐねる俺たちの様子を見てにやにや笑うと、やつは再び俺たちに背を向けて歩き出した。
「いつまでもお前らの相手してらんねぇから。あとはこいつに任せるぜ」
ぐるぐると茨が蠢き、互いに絡み合い、その形を変えていく。
「そうだな……茨竜とでも名付けようか」
やがて俺たちの前に現れたのは、全身を茨で編み上げた、翼を持つ大きなドラゴンだった。
スパインドラゴンの口からは真っ黒な炎が漏れ出しており、その姿がただのハリボテではないことを俺たちに印象づける。
「迫力のあるバトルを、どうぞお楽しみください。じゃあな」
「おい! 待てよ!」
「あっとひっとり〜♪ あっとひっとり〜♪」
ゲイルは即興の歌を歌いながら、そそくさと退散していく。
それを追って駆け出した俺の行く手を、ドラゴンが吐き出した黒炎の壁が遮った。
どうやら、こいつを無視してゲイルを追いかけるわけにはいかないようだ。
こんなところで足止めされてる場合じゃないってのに。俺は歯噛みしながらドラゴンに向き直った。
スパインドラゴンは早速、足を絡めとられて身動きが取れないタオファとシエラに飛びかかった。
「まずい!」
「ニャーゴ!」
「nogard emalf oyesniruok!」
〈縮小化〉を解いたルナと、ニアが呼び出した炎龍が体当たりして、スパインドラゴンのタックルの軌道を逸らす。
おかげで、タオファとシエラはすんでのところで攻撃を食らわずに済んだ。
「アケビ、ユウキ、これ斬ってくれ! このままじゃ足手まといになる!」
「分かった!」
俺とユウキは、タオファたちの足を誤って斬らないよう、茨の足枷を注意深く切断した。
ようやく自由の身になったタオファたちは、激しい空中戦を繰り広げるルナたちの方へ視線を上げた。
「どうする? いまのうちにあの男を追うか?」
「いや、そうもいかないみたいだな」
ゲイルが去っていった林の中からもう一頭のスパインドラゴンが出てくるのを発見した俺は、苛立ちに地団太を踏んだ。
このままこのドラゴンたちが暴れ回れば、被害がさらに拡大するのは目に見えている。だから、野放しにして先へ進むわけにはいかない。
それを見越して、やつはこいつらを召喚したのだろう。悔しいが、今回はこちらの作戦負けだ。
そのとき、俺たちの下にロイドさんが駆け寄ってきた。
「大丈夫だったかい?」
「はい、なんとか」
「暁光の杖ってやつ、相当厄介なシロモノみたいだね」
「見て分かったと思いますが、杖の持ち主とむやみに戦おうとするのは危険です。諸方面に連絡、お願いします」
「分かった。俺の護衛は後回しだ。アケビたちはドラゴン討伐に集中してくれ」
「ありがとうございます」
ロイドさんは魔導車の方に走って行った。暁光の杖についての情報は全て渡してあるから、上手くやってくれるだろう。
残された俺たちにできることは、このドラゴンどもを駆逐することだけだ。
俺は頭を切り替えて、魔剣を構えた。