105話「新たな持ち主」
俺たちは魔導車を降り、炎上する事故現場へと向かっている。
「俺たち」の中にはロイドさんも含まれている。
国の大事である以上、そのまま放ってはおけないとのことで、彼も同行することになったのだ。
「その、大丈夫なんですか? 危ないところに来ちゃって」
「いざとなれば、自分の身くらい自分で守れるさ。それより、先を急ごう」
「はい」
俺はロイドさんに促され、再び走り出した。「賢者」と呼ばれるからには、魔法による戦闘にも長けているのかもしれない。
それから間もなくして、俺たちは組み木舞台の残骸の前にたどり着いた。
「それにしても、ひどい有様じゃな」
「ああ」
さっきまでそこにあったはずの組み木舞台は、まるで嵐が通った後かのように、めちゃくちゃに破壊されていた。
支柱が一本、ぽっきり二つに折れているのが見える。相当強い力を加えなければ、こんなことにはならないはずだ。
「うん……?」
よく見ると、その支柱には太い茨が絡みついている。
それは明らかに魔法で生み出されたものだと分かる、漆黒の色をしている。
これは嫌な予感がぷんぷんしてきたぞ。
「ねえみんな、あれを見て!」
ニアが指差した先にあったのは、いま見つけたのと同じ黒い茨で出来たドームだった。
俺たちはそちらに向かって駆け寄っていった。
間近で見ると、そのドームは思ったよりも大きかった。
直接触れてみると、茨同士ががんじがらめになっており、そう簡単には破れそうにない。
また、ドームの周囲には、しおれた死体が無数に転がっていた。みな一様に、まるで全身のエネルギーを吸い取られたかのような顔面蒼白で死んでいる。
「これは……!」
「ああ、間違いない」
緊迫した面持ちで顔を見合わせる俺たちビヨンドメンバーを見て、ロイドさんは鋭い目を光らせた。
「君たち、なにか訳知りだね?」
「はい。暁光の杖というとても危険な杖があって、俺たちはその行方を追っていたところなんです」
「なるほど。つまり今回の事件はその杖が元凶だと、そういうことかな?」
「察しが良くて助かります」
ロイドさんも戦いに協力してくれるなら心強い。
とはいえ、まずはこのドームを取り払わなければ調査できない。
どうしたものかと考えていると、俺たちの眼前で次なる変化が起こった。
ドームを形作っていた茨が、枯れるようにして、はらりはらりと散っていく。
やがて姿を現したのは、黒いマントを羽織った男と、全身ボロボロで地面に倒れ伏すマイの姿だった。その近くには、スラッシュが宿る短剣が落ちている。
「マイ!」
「なんだ、その賢者の知り合いか?」
俺は耳を疑った。
なんてことだ。どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう。
由緒正しい血筋だと何度も聞いたじゃないか。
賢者の末裔はロイドさんではなく、マイだったのだ。
「俺にとっちゃ、もう用済みだ。返してやるよ」
男は地面から伸びた茨を操ってマイを持ち上げると、あろうことか、その身体を空中に放り投げた。
俺は慌てて飛び上がり、マイをキャッチした。
俺の腕に抱えられたマイは、焦点の定まらない瞳でこちらを見つめた。その胸に大きく開いた穴から、血がとめどなく流れ落ちる。
「アケ……ビ……」
「マイ! しっかりしろ、マイ!」
「ごめん……私、もう……」
「バカなこと言うな! これから踊巫女としてやっていくんだろ!? しっかりしろよ!」
俺が体を揺すぶっても、マイの状態が良くなるわけではない。それは分かっている。でも、こんな最期なんてあんまりだ。
「アケビ……あり……が……と……」
「マイ!」
マイは精一杯の笑顔を作ると、そのまま事切れた。
俺はマイを優しく地面に下ろしてから、背を向けて立ち去ろうとする男をじっと見据えた。
「おい、待てよ」
「なんだよ。俺はもうこの場所に用はないんだが?」
「俺たちはテメェに用があるんだよ……!」
他のメンバーたちも、憤りに満ちた目つきで俺に並び立つ。
出会ってまだ日が浅いとはいえ、マイは大切な友人だ。それをこんなむごい姿で殺すなんて、絶対に許せない。
男は「はん」と半笑いしてから、指をくいくいと動かして手招いた。
「このゲイル様に楯突こうってのか? いいぜ。そんなに死にたいなら、お望み通り地獄へ送ってやるよ。そのマイとかいうお友達と一緒にな」
「野郎……!」
人の気持ちをどこまで踏みにじれば気が済むのだろうか。俺は怒りに震える手で魔剣を抜き払った。他のメンバーたちも、思い思いの構えを取る。
ゲイルと名乗った男は狂気的なにやけ面で杖をだらしなく構えた。隙と無駄だらけのそのポーズは、お世辞にも戦闘に長けているとは思えない。
しかし、相手は暁光の杖の持ち主だ。何が起きてもおかしくない。
俺は〈俯瞰視点〉で場の状況を把握しながら、じりじりと間合いを詰めていく。
そして極限まで張り詰めた均衡は、一瞬にして弾け飛んだ。
俺が間合いに踏み込むのと同時に、ゲイルが無数の茨を伸ばす。
俺は次々と襲い掛かる茨を斬り払いながら、一歩ずつ前進していき、やつの懐に潜り込んだ。
「殺された人たちの痛み、思い知れ!」
俺はゲイルの心臓を魔剣で一突きにした。