102話「“賢者”ロイド」
俺たちビヨンドメンバーは、魔法省長官であるロイド・グレゴリオ氏との顔合わせの場にいる。
いまは、ロイドさんが到着するのを魔法省の一室で待っているところだ。
「どんな人なんだろうなぁ、ロイドさんって」
「“賢者”と言われるだけあって、聡明で凛とした人物だと思うな」
「たしかに、頭良さそう!」
「いや、魔道士の割には豪胆な男かもしんねぇぞ?」
「そういうのに限って色男じゃろ。妾は詳しいんじゃ」
〈違うのだ! きっと、太った大男なのだ!〉
「若くして出世するくらいだから、良くも悪くも常識に囚われない人物だと俺は見たね」
それぞれ予想を述べながら待っているうちに、段々と期待が高まってきた。
果たして、各人の予想は当たっているのだろうか。
そのとき、ガチャリと扉が開き、いよいよその姿が明らかになるときがやってきた。
俺たちは固唾を飲んで待ち構えた。
「よっ! お前さんたちがビヨンドか! 噂には聞いてたけど、みんなずいぶん若いんだな!」
俺たちはそのあまりの気さくさを見て、思わずガクンとよろけた。
フランクにもほどがあるだろう。初対面だぞ。
ロイド氏は鮮やかな黒髪で、両側の側頭部を刈り上げたツーブロックの短髪をしている。
堀の深い顔には、真黒い瞳と真白い歯がきれいなコントラストを描いている。
またその服装はというと、藍色の着物を身にまとっており、その腰には短い木の杖を携えている。
彼は俺たちが予想したどの人物像にも合致しない、不思議な雰囲気をまとっていた。
俺は気を取り直し、ロイドさんに向かって丁重に会釈した。
「初めてお目にかかります。ビヨンドのクランマスター、アケビ・スカイと申します」
「おお、これはご丁寧にどうも。ロイド・グレゴリオです、どうぞよろしく」
ロイドさんは後頭部に左手を当てながら、慌てて右手で握手を交わした。
「んじゃ、堅苦しい前置きは抜きにして、早速当日の打ち合わせに入ろうか、アケビ。ほら、他の人たちも座って、座って。相手が俺だからって、遠慮しなくていいからさ」
「あっ、はい」
呼び捨てにされた俺は、面食らいながら椅子に腰かけた。どうやらこの男、迂遠なやり取りはあまり好まないようだ。
「俺の当日のスケジュールはもう確認してあるかな?」
「はい。すでに冒険者ギルドの方から受け取ってあります」
「そうか。基本的にその内容に従って俺は動くから、お前さんたちは適当に身辺警護に当たってちょうだい。あ、適当にってのは『適切に』って意味ね。ガチでテキトーにはやんないでよ?」
俺は笑ってはいけないと思いつつ、ついクスリと笑ってしまった。それを見たロイドさんも、にやりと笑う。少し緊張が解けた気がした。
「お任せください。戦闘の腕には自信がありますので」
「そっか。なら安心だね。いちおう、細かいところ詰めとく?」
「はい、お願いします」
俺は、時折冗談を交えるロイドさんとともに、大祭当日の気になる点をチェックした。
全ての場所を完璧に警備することは物理的に不可能なので、要所に警備兵を増員する形で行くそうだ。
また身の安全を確保するため、各省の長官にはそれぞれSランク冒険者が警護につくらしい。
「ま、ここまでしとけば大丈夫でしょ」
「そうだといいんですけど」
「なに? まだなんか不安?」
「相手の規模や強さが分からないので、そういう意味では不安ですね」
「うちの国の兵士や魔道士はみんな優秀なんだ。ちょっとやそっとのことじゃやられないから、そこは安心してちょーだいよ。それに、君たちSランクもいることだしね」
「あっ、はい」
ついつい魔女を仮想敵に想定していた俺は、ロイドさんに肩を叩かれて我に帰った。
魔女のような特異な存在、そういるものではない。ロイドさんが言う通り、万全の体制で臨むのだから大丈夫だろう。
一抹の不安を振り払った俺は、ロイドさんに向かってうなずいた。
「あとは大丈夫だと思います」
「よし、打ち合わせはこんなもんでいいかな。生憎、仕事が立て込んでてね。そろそろお暇させてもらうよ」
壁の時計を見ながら、ロイドさんは立ち上がった。気がつけば、そこそこ時間が経っていた。話すべきことは話したし、頃合いだろう。
「それじゃ、明日はよろしく。君たちの腕、信頼してるからね」
「はい、よろしくお願いします」
ロイドさんはもう一度俺の肩を叩いてから、颯爽と部屋を出ていった。
足音が去っていくのを聞き届けてから、俺たちは顔を見合わせた。
「なんというか、ずいぶんと軽快な人だったね」
「国の重鎮とは思えねぇな。近所の気のいいあんちゃんみてぇだったぞ」
「こらこら、あんまり言いすぎるなよ。相手は魔法省の長官なんだから」
軽口を叩くユウキたちをたしなめつつ、俺も内心同じようなことを思っていた。
気難しい人物だったらどうしようかと思っていたが、こうして気軽に接することができると、仕事がやりやすくて助かる。
ロイドさんから受けた印象について引き続き話しながら、俺たちも部屋を後にした。
明日に備えて、今日は早めに休んでおこう。
――魔導大祭開催まで、あと一日。