101話「Sランクの依頼」
俺たちは、マイを連れてギルドの掲示板を眺めていた。
特になにか依頼を受けようというわけではない。マイに冒険者の日常を見せるため、試しに見にきたのだ。
「冒険者はこうやって情報収集するんじゃ」
「へえ、そうなんだ」
先輩面を吹かせるシエラに色んなことを教わりながら、マイは楽しそうに過ごしている。自分が住んでいる世界とは違う世界をのぞくことができて、新鮮なのだろう。
二人の微笑ましい様子を横で眺めていた、そのときだった。
「すみません、少しお話よろしいでしょうか」
「はい?」
後ろから声をかけられて、俺は振り返った。
そこには、メガネをかけて髪をまとめ上げた、ギルドスタッフらしき女性が立っていた。
「アケビ・スカイ様でいらっしゃいますね? ご到着、お待ちしておりました」
「えっ?」
「さあ、皆さまこちらへどうぞ」
「アケビ、私も一緒に行っていいの?」
「たぶん問題ないだろ。行こうぜ」
俺は不安そうなマイの肩をぽんと叩いてから、メガネの女性の後を追いかけて歩き出した。
俺たちは何が何だか分からないまま、ギルドカウンターの奥にある応接室に通された。
そこには高級そうな白いソファが五人分揃えられており、俺たちがギルドに歓迎されていることを示していた。
「私、ギルドスタッフのヒルダと申します。以後お見知りおきを」
ヒルダは会釈すると、席が一つ足りないことを悟り、部屋の隅から追加のソファを一つ持ってきた。
「すみません。お連れ様がいらっしゃるとは思いませんでしたので」
「ああ、気にしてないので大丈夫です」
そんな社交的なやり取りを終えると、俺たちは席に座るよう促された。
そして遠慮なく腰掛けた俺たちに続いて、ヒルダもまた腰を下ろす。
「今回ご協力をお願いしたいのは、他でもないSランクの依頼についてです」
「Sランクの、依頼」
俺はオウム返しに言った。
たしか、Sランク冒険者には優先的に依頼があてがわれるという話を聞いた覚えがある。ついにそのときがやってきたのだ。
ヒルダはメガネをくいっと引き上げた。
「はい。ビヨンドの皆さまには、魔導大祭開催中、賢者様の護衛をして頂きたいのです」
「賢者?」
俺は思わず聞き返した。賢者と言われると、あの暁光の杖を封印した七人の賢者をどうしても想起するからだ。
「魔法省長官、ロイド・グレゴリオ。若い頃から発揮してきたその秀才ぶりから、付けられたあだ名が“賢者”だ」
「ユウキ様、よくご存知で」
「っていうことは、例の賢者とは関係ないのか?」
「いや、そうとも言いきれないよ。彼は魔法の扱いに相当長けているそうだ。賢者の末裔だという可能性は十分にある」
「なるほどな」
実際に賢者の血筋を引いているかどうかは別にして、少なくとも、何者かに襲われる危険がある以上は全力で彼を護衛すべきなのだろう。
「あの、話を元に戻しても……?」
「ああ、すいません。続けてください」
ヒルダは咳払いをすると、手元にある資料に再び目を落とした。
「魔法省の魔法予知システムによれば『魔導大祭を大きな黒い影が襲う』という予知がなされたということで、今回Sランク冒険者の方を中心として大規模な防衛網を張ることになりました」
「大きな黒い影、ねえ」
あまりいい印象を与える言葉ではない。何らかの危険が迫っているということは間違いないだろう。
万が一、暁光の杖絡みの事件が起こるのだとすれば、実は賢者の末裔だったキースが襲われる、という最悪の事態も考えられる。
「よし、この依頼受けよう。異論はないよな?」
ビヨンドメンバーたちの様子をうかがうと、みんなこくりとうなずいてくれた。
目の前に助けられる人がいるなら、放ってはおけないというのが俺たちの信条なのだ。
俺たちの返事を聞いたヒルダは深々と会釈した。
「ご協力ありがとうございます。それでは依頼受注の手続きを行いますので、皆さまの冒険者カードをご提示願えますか」
バッグから取り出したカードを手渡しながら、俺は湧き上がる不安を押し殺した。
暁光の杖はいまどこにあるのか。仮にその持ち主がいるとすれば、それは誰なのか。
魔導大祭を襲う大きな影とは、一体何なのか。
これが単なる杞憂であればいいのだが。
◆◆◆
冒険者ギルドの前で、俺たちビヨンドメンバーとマイは互いに向き合っている。
マイはにこりと笑った。
「今日はありがとう。おかげで私、頑張れる気がする。みんなも頑張ってね」
「ああ、お互いな。そうだ、最後にもう一つ」
俺はバッグからスラッシュが宿る短剣を取り出し、マイに差し出した。
「これ、護身用の短剣。いざってときに使ってくれ」
「いいの? こんな高価なもの」
「いいんだよ。お守りだと思ってくれればいいから」
「大きな黒い影の話? 全く、アケビって心配性なんだね」
「心配はいくらしても損しないからな」
〈魔導大祭の間、マイのこと頼んだぞ、スラッシュ〉
〈分かりました、アニキ〉
マイはその短剣を受け取りながら、くすりと笑った。
何もなければそれでいいのだ。そしてもし何かあれば、スラッシュが上手くやってくれるだろう。
「巫女舞の儀、絶対見に来てね!」
「ああ! もちろん!」
こちらに向かって大きく手を振りながら、マイは人ごみの中に消えていく。
彼女ならもう大丈夫だろう。
「さて、これからどうしますかね?」
「どうもこうもない! 食べ歩き再開じゃ!」
「さっき通ったお店、まだ行ってないよ!」
「東方料理の店はねぇんか?」
〈普通、こんなに食べるものなのだ?〉
「いや、さすがに食いすぎだと思うぞ」
呆れる俺とエーリカを置いて、ニアたちはウィンゲア食い倒れ計画を再開した。
――魔導大祭まで、あと三日。