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10話「旅の始まり」

 俺はバックパックを背負うと、腰の剣とナイフがしっかりベルトに留まっているかもう一度確かめた。

 よし、大丈夫だ。


 この一ヶ月近く、寝る間も惜しんで働いていたのには理由がある。それは路銀を作るためだ。


 何をするのにもお金が要るこの時代。せめてこれくらいは必要だと思い、目標金額に設定していた10万ジラがついに貯まったのだ。これでようやく旅に出ることができる。


「ニア、準備はいいか?」


「大丈夫!」


 新品のバックパックを持ったニアは、室内をぐるりと見渡してからうなずいた。


 町への滞在中お世話になったこの宿とも今日でお別れだ。宿の主人に礼を言うと、寡黙な彼には珍しく「いってらっしゃい」と言われた。何か思うところがあったのかもしれない。


 俺たちはキセニアの街の東側の出口に立ち、行く手を眺めた。少し広めの街道がなだらかな丘に向かって続いている。


「俺たち『ビヨンド』の旅がついに始まるんだ……!」


 「ビヨンド」というのは、俺たち二人が所属するクランの名前だ。

 ニアもFランクに上がったことだし、固定パーティで旅に出るならクランを作ってみてはどうかとリルラに言われたので、結成してみたのだ。


 クランの最大の目的は、俺の両親が向かうと言った「世界の果て」へたどり着くこと。そこに彼らはきっといるはずだ。


「さあ行こう、ニア!」


「うん!」


 俺たちはこうして最初の一歩を踏み出した。目指すは次の町、ネルカプラだ。


 街道を歩くことしばらく、俺たちは大きな森に差し掛かった。

 ふた月前にこの森でジェニーと出会ったことによって、俺の人生は大きく動き始めた。そういう意味では、思い出の場所と言えるかもしれない。


 俺がいままでの様々な出来事を思い返していた、そのときだった。進路を塞ぐように現れたのは二匹のスライムだった。


「ニア、そっち頼む!」


「うん!」


 俺は左にいるスライムに駆け寄り、剣でめった斬りにした。するとスライムは全身バラバラになって倒れた。

 この程度の敵、ユニークスキルを使うまでもない。


 一方、ニアはもう一匹のスライム目掛けて杖を構えた。


「erif oreom!」


 放たれた火球がスライムの表皮を焼き焦がし、体液を一気に蒸発させる。最後にそこに残ったのは、小さなシミだった。


 一番最初にスライムと戦ったときとは大違いだなと思いながら、俺は剣を鞘に収めた。俺もニアも、自分では気がつかないだけで日々成長しているのだろう。


 その後も幾度か魔物が湧いたが、どれも俺たちの敵ではなかった。

 この程度の敵なら難なく切り抜けられる。俺たちは自分たちの実力に自信を得ながら進んでいった。


 どれほど歩き続けただろうか。ようやく森を抜けた俺たちの目の前に、辺り一面の湖が広がった。左前方にはネルカプラの街並みが見える。


「うわあ、きれいだなあ」


「きれい? ……きらい??」


「ああ。こういう景色のことを『きれい』って言うんだ」


「きれい!」


 俺はニアに新しい語彙を教えながら、湖に沿って湖畔を歩いていく。


 水気が多いせいか、湖畔にはスライムが多く出現し、俺たちを足止めしてきた。一匹ずつは弱くても、寄り集まって出てきたり一際大きい個体だったりすると、倒すのが大変だ。


 そんなこんなで、ネルカプラに着く頃にはすっかり昼になっていた。


「まずは寝る場所を探そうか」


 とにもかくにもまずは宿屋の確保だ。俺は通りすがりの男性に声をかけた。


「すみません、この辺に宿屋って――」


「宿屋? あんた冒険者か?」


「えっ、はい。そうですけど」


 俺がうなずくと、その男性はどこか残念そうな目つきで俺たちを見つめた。


「だったら、宿屋はよーく選ぶといい。長く泊まることになるだろうからな」


「それは一体どういう意味ですか?」


「この町とディクトルとの間にでかい魔物が居座っててね。いま街道を通るのは危ないってことで、一時通行止めになってるんだ。詳しくは冒険者ギルドで聞くといい」


 それからその男性はいくつかの宿屋の位置と、特におすすめの宿屋を教えてくれた。

 俺とニアは礼を言って別れると、早速その宿屋に向かった。


「でかい魔物ってなんだろうな」


「でかい?」


「大きいってこと」


「魔物……でかい……」


 ニアはなにやら妄想を巡らせているようで、顎に手を当てながら考え込んでいる。彼女の脳内ではいまどんな魔物が暴れ回っているのだろうか。


 歩くこと数分、宿屋「ラクス」についた俺たちは、その中へ足を踏み入れた。


 店内にはシックな木製の家具が並べられており、穏やかなマナランプの光も相まって、小ぢんまりとした隠れ家という雰囲気だ。

 カウンターにいる赤毛の女性に俺は話しかけた。


「あの、すいません。二人で素泊まりしたいんですけど、空き部屋ってありますか?」


「良かったね、あんたたち。たくさん空いてるから、好きなところに泊まれるよ」


「それじゃ角部屋でお願いします」


「分かった。角部屋がいいんだね」


 その女性は背後の棚から鍵を取り出して、こちらに差し出してきた。


「一泊980ジラだよ。何泊する予定?」


「とりあえず一週間で」


「分かった。それじゃあこの台帳に名前を」


 通行止めになっていると言っていたが、件の魔物が倒されでもしない限り、そう簡単には開通しないだろう。だから一週間の泊まりでも短いかもしれない。


 俺は台帳に名前を書き込み、部屋の鍵を受け取った。


「部屋は二階にあるよ。ごゆっくり」


「ありがとうございます」


 俺はニアを連れて泊まる部屋に上がり込んだ。キセニアで泊まっていた部屋に比べると少し狭いが、二人で過ごすには十分な広さだ。


 俺たちはいったん荷物を部屋に置くと、ベッドに腰掛けて休憩した。

 これからのことを話し合うためだ。


「とりあえず冒険者ギルドに行ってみようか」


「うん」


 先へ進もうにも、ディクトルに続く街道が通れないのではどうしようもない。

 まずはその魔物がどんなやつなのか、そしていつごろ通れるようになる見通しなのか、状況確認が必要だ。


 俺たちは最低限の荷物だけ持って宿を出た。

 湖畔にある街というだけあって、ときおり涼しい風が吹き抜ける。見晴らしもいいし、しばらく滞在してみるのも楽しそうだ。


 そんな風に景色を楽しみながらのんびり歩いていると、そのうち冒険者ギルドに到着した。


 俺たちがそっと建物の中をのぞくと、ギルドは驚くほど閑散としていた。

 こんなに冒険者の出入りが少ないのは、何かあったのだろうか。もしかして、その「でかい魔物」が原因なのか?


 俺は暇そうにカウンターに肘をついている三つ編みの女性スタッフに話しかけた。


「すいません、ちょっと聞きたいんですけど」


「ああ、何でも聞いてちょうだい。暇で暇でしょうがないの」


 彼女は若干ふてくされたように言った。よほど暇らしく、大欠伸をしている。本当に仕事中だよな、これ?


「えっと、俺たちディクトルに行きたいんですけど、大きい魔物が街道に居座ってるって話を聞いて――」


 俺がそう言った瞬間、彼女ははっと目を見開いて俺の腕をつかみ、ガクガクと揺すり始めた。


「そう! そうなのよ! あいつのせいでこっちは商売上がったり! 商人も冒険者も全然来てくれないのよ〜!」


「ちょ、落ち着いて! 分かりましたから!」


 俺は彼女の手を押さえながら苦笑した。

 人が来ないというのはおそらく、首都からの人流が途絶えたのが原因だろう。それにしても、街道が一本止まるだけでここまで影響が大きいとは。


「俺たち、どうしても先に進みたいんです。どうにかなりませんか?」


 すると彼女は、俺の質問に意味深なにやけ顔で答えた。


「あるわよ、いい話が」


 差し出された一枚のチラシを、俺たちはのぞきこんだ。そこには「グランドドレイク討伐隊募集!」との表題が書いてあり、下にはその詳細が書いてあった。


「いま、ここネルカプラとディクトルの冒険者で集まって、その魔物を挟み撃ちしようって計画が出てるの。どうしても街道を通りたいっていうなら、参加してみたら?」


 前線で戦う自信はないが、俺たちみたいな新米でも後方支援くらいなら出来るかもしれない。

 ニアの表情をうかがうと、やる気に満ちあふれていた。これなら大丈夫そうだ。


「ぜひ参加させてください!」


「若いっていいわね。いや、やっかみとかじゃなくてね。その勢いがいいわね」


「あはは、どうも」


「それじゃ、冒険者カードを貸してちょうだい」


 女性スタッフは俺たちの冒険者カードを受け取ると、さっと手続きを済ませた。


「はい、受注完了。詳しいことはこの紙に書いてあるから、よく読んでおいてね」


「ありがとうございます」


 俺は新たに手渡された資料に軽く目を通す。決行は一週間後。ちょうど俺たちが宿屋を出るかどうか決める日だ。そのまますんなり討伐に成功すればいいのだが。

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