1話「家なき子になりました」
「それじゃあ、達者でやるんだよ」
「あばよアケビ」
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
俺は叔母のロザリーとその息子ロニーに一礼すると、慣れ親しんだ家を後にした。
俺は元々、この家の生まれではない。
生まれて間もない俺をこの酒場に預け、両親は行方不明になった。それ以来、俺は下働きの居候として暮らしてきたのだ。
叔母とロニーは俺のことをよく思っていないようだったが、叔父のローランだけは優しく接してくれた。
しかし、そんな叔父が昨年急逝してからというもの、叔母とロニーの当たりは強くなる一方だった。
そして俺が成人である14才を迎えた先日、とうとう「家を出ていけ」と言われてしまったのだった。
銭食い虫であることに加えて、ユニークスキルを持たない「技なし」の俺は、邪魔な存在だったのだろう。
こちらとしても、もはや居心地の悪いこの家にいつまでもお世話になるつもりはなかった。そういう意味では、お互いに合意の上での離別といえるかもしれない。
そんなわけで、俺は今日をもって根なし草となったのである。
「どうすっかなぁ」
いちおう小遣いとして貯めておいた30000ジラはあるが、生活費として使えばそんなものはすぐに飛んでいってしまうだろう。
どこかで働き口を探さなければならない。それと、安全な寝床もだ。
「とりあえずキセニアに行ってみるか」
俺はひとりごちると、てくてくと歩き出した。考え込んでいても仕方がない。行動あるのみだ。
俺が今日まで暮らしていた家は、キセニアの町から歩いて10分ほどの位置にある。まさに目と鼻の先だ。
そんな立地のおかげもあってか、ローランの酒場といえば、キセニアの住人がよく通う盛況な店だ。
もっとも、今度からは「ロニーの酒場」になるみたいだけどな。
キセニアの町に着くと、活気のある街並みが見えてきた。小さいながらパワフルなこの町では、朝から多くの人たちが行き交っている。
求人の貼り紙を探しながら、どうしたものかと街を練り歩いていると、誰かに呼び止められた。
「ちょっと、そこのお兄さん!」
きょろきょろと周囲を見渡した俺は、道端の占い師がこちらに向かって手招きしているのを見つけた。
それはフードを目深に被り、あごひげをたくわえた、いかにもといった風貌の老人だった。
「どうかこちらへ来てくださらぬか! さあさ、こちらへ!」
名指しで呼び止められた俺を周りの通行人たちがジロジロと見つめてくる。
このまま知らんぷりするのはいささか心が痛む。全く、妙なことに巻き込まれたものだ。俺は嘆息しながらそちらの方へ歩み寄っていった。
その老人は俺に座るよう勧めると、懇願するような表情で語りかけてきた。
「どうか手相を見させてくださらんか。お代は取りませんゆえ」
「変な詐欺とかじゃないでしょうね?」
「いえ、そのようなことは全く! ただ見せていただければそれで結構! よろしいですかな?」
「まあ、見せるだけなら……」
俺はあまり乗り気がしなかったが、占い師の勢いに負けて手を差し出した。
彼はしばらく俺の手をじろじろと眺めた後、滔々と語り出した。
「お前さんには受難の相が見受けられる。これから波乱万丈な人生を送ることになるでしょう」
「はあ」
「それから、手のひらを縦に貫く線。これは必ずや大成するという証です。将来お前さんは大物になる」
「そうなんですか」
なんともまあ、ありきたりなことしか言わない男だ。
少し茶目っ気が出た俺は、この老人を試してみることにした。
「あなた、占い師なんですよね? それだったら、俺のユニークスキルとか見通せます?」
「……はい?」
「まあ、出来ませんよね。俺『技なし』ですから」
ないものを当てることはできない。
少々意地悪な質問をしたかもしれないと思い、謝ろうとした俺の右手を、占い師は両手で握ってきた。
「お前さん、もしや自分のユニークスキルを知らなんだか……!?」
「ええっ?」
「落ち着いてお聞きなさいよ……お前さんのユニークスキルは現在四つある」
「はあ?」
困惑する俺を前に、老人は興奮しながらさらにまくしたてる。
「〈身体強化〉、〈速算〉、〈質量操作〉、そして〈超越模倣〉」
前三つはそれぞれ叔父、叔母、ロニーのものだからよく知っている。
しかし、最後のは一体なんだろう。
「メタコピー? なんですかそのスキル」
「そう! わしも聞いた試しがない! しかもこれが恐ろしいほど優秀なスキルだ」
話の種にはなるかもしれないと思い、俺は老人の戯言に耳を傾ける。
「よく聞いてくだされ……〈超越模倣〉は、スキルの発動を30回見るだけで、それを我がものとできるスキルです」
「30回見るだけで? そんなバカな」
ユニークスキルは基本的に一人一つしか持たず、二つ以上あれば超優秀なエリートだとされている。
それを制約付きとはいえ無尽蔵に習得できるなんて、ずるいにもほどがあるだろう。
しかし老人はあくまで真剣に俺の目を見つめる。
「嘘だと思うなら、わしの〈能力視認〉を習得できるかどうか試してくだされ。お前さんはただわしの顔を眺めているだけでいい」
「分かりました」
半信半疑、いや、十中八九嘘だと思いながら、俺は老人の顔をじっと眺めた。
彼はどうやら街の人々のユニークスキルを確認しているようで、通行人をちらちらと視線で追っている。
五分ほどそうしていただろうか。やがて頃合いとみたのか、老人は再び口を開いた。
「さて、では〈能力視認〉を使おうと念じてみてくだされ」
「えっと、こう、かな――」
俺が言われた通りに念じた瞬間、老人のユニークスキル〈能力視認〉が彼の頭上に表示された。
「うわあっ!?」
俺は驚愕のあまり、大きく背を反らした。
まさかこの占い師の言っていることが本当だと思わなかった。
「これで信じていただけましたかな?」
「ええ。身に染みて分かりましたよ」
自分の手を見ると、老人が先ほど示した通り、四つのスキルが表示された。
これは便利なスキルをもらったものだ。
「それにしても、なぜ会ったばかりの俺にここまで親切にしてくれるんですか?」
「こんなに珍しいスキルと運勢の持ち主に出会えた礼ですよ」
「礼?」
「わしにはのぞき趣味みたいなところがありましてな。ユニークスキルも占い師もそのためみたいなもんです。今日はお前さんに会えて本当に良かった」
「いえ、こちらこそありがとうございます。おかげで色々目星が付きました」
この〈超越模倣〉でスキルをたくさん集めれば、冒険者として成功できるだろう。
そうして名を馳せることができれば、行方不明になった両親が見つかるかもしれない。
こうして、俺の目的と目標は決まった。
目的は両親を探すこと、目標はスキル集めだ。