血の卒業パーティー
「カミーユ・アキャール公爵令嬢!次期王妃でありながら、聖女認定されたグザン男爵令嬢アンナに嫌がらせをした。聖女への嫌がらせは神への不敬に等しい。そんな女を王妃にするわけにはいかない。カミーユとの婚約を破棄する」
本日は、一つ年上のクロード様の卒業式。
この貴族子息たちが通う学園では、卒業パーティーを行うことが恒例となっている。
私、カミーユ・アキャールはクロード様の婚約者として卒業パーティーに参加する予定だった。
しかし、どれだけ待ってもクロード様は迎えに来ず、仕方なく兄にエスコートしてもらい、パーティー会場にやって来た。
会場に入るなりいきなりクロード様に婚約破棄を言い渡されてしまった。
「そして、聖女アンナとの結婚をここに宣言する」
この一言に思わず眩暈がした。よろけた私を兄が支えてくれなければ倒れていたに違いない。
婚約破棄をしたあとに、結婚宣言って……
こんなのが、ついさっきまで婚約者だったなんて、一生の恥だわ。
ちらりと、クロード様に名指しされた聖女アンナを見ると、彼女は目を見開き驚きのあまり腰を抜かしていた。
「アンナ、もう心配しなくていい。私達を引き裂くものは何もない」
クロードの護衛騎士であるオレノに支えられながら、アンナはクロード様の隣に並んだ。そして、クロード様はアンナの両手を包みながらアンナに言った。
アンナの目には大粒の涙が浮かんでいる。
パーティー会場はそんなに二人を温かく見守っている者と冷ややかに見ている者に分かれている。
温かく見守っている令嬢の一人が「まるで、国王様と王妃様のようね」と、うっとりと呟いた。
そう、国王と王妃は「真実の愛」で結ばれた理想の夫婦。国王と王妃のようになりたいと、この国の女性なら誰しもが思う。
しかし、王妃様は色々あって男爵令嬢の身分だったが、きちんと隣国の皇族の血が流れているお姫様だ。王妃足るに申し分ない血筋だ。
それに、婚約解消を申し出たのは当時婚約者だった令嬢から。その婚約者は現在王太后。
王太后の後押しもあって王妃様は国王と結婚できたわけで、何の手回しもなく婚約破棄をしたわけではない。
きっと、冷ややかに二人を見ている令息令嬢は「婚約解消と婚約破棄を同じにするな」と思っているのだろう。私もそう思う。
「カミーユ、お前がアンナに行った嫌がらせの数々、私が知らないと思ったか?」
何も言わないでいると、どうやら「罪がバレて、動揺して何も言えないでいる」と勘違いしたクロード様は、アンナの腰に手を回して私を睨み付けながら怒鳴った。
「アンナに行った数々の嫌がらせですか?そんな事やった覚えはありません」
ため息混じりに言うと、クロード様は眉を吊り上げた。
「覚えがないだと!マナーの講義の時間にアンナに『マナーがなっていない』と大勢の令嬢たちと一緒になって罵ったではないか」
「えぇ、アンナのマナーを注意しましたよ」
「それに、アンナの私物を捨てたではないか」
「確かに、私物を捨てましたよ」
「一昨日は、私の目の前でアンナを突き飛ばした!」
「そうですね。一昨日はアンナの事を突き飛ばしましたね」
「これだけのことをやって、嫌がらせをした覚えないだとは!カミーユ、貴様は稀代の悪女だ!すぐに、父上に報告して、貴様を処刑してやる」
「あ、あの……クロード様」
私を「処刑してやる」と、ヒートアップしているクロード様に、アンナは遠慮がちに声をかけた。
「アンナ、安心してくれ。あいつ「クロード様と結婚できません」
アンナは、クロード様の言葉を遮り、強い力がこもった声でクロード様との結婚を否定した。
「な、何故だ。アンナ!夕焼けのような赤い髪が好きと言っていたではないか!」
驚いたクロード様はアンナの両肩をつかみ、アンナを問い詰めます。
「クロード様、アンナ様が痛がっています」
両肩を掴む力に、アンナが顔を歪めていると、クロード様の護衛騎士であるオレノ・モンテスキュー卿が、クロード様とアンナの間に割り込みます。
「王子、落ち着いて下さい。王子はアンナ様から好意を寄せられたのですか?」
「いや、アンナが他の令嬢と話している話を聞いた。しかし、この学園で赤髪は私だけしかいない」
流石、護衛騎士。クロード様に落ち着くよう言うと、なぜアンナが自分に好意を寄せていると勘違いしたのか聞いています。クロード様より五歳上と言うこともあり、まるで出来の悪い弟を諭す兄のように見えます。
クロード様は、おずおずとモンテスキュー卿に話しました。
「あははは!」
モンテスキュー卿はクロード様の話を聞き終えると、お腹を抱えて笑いだしました。
しかも、笑いだしたのはもう一人います。
「クロード、アンナの話を最後まで聞きましたか?」
クロード様の次期側近である宰相の息子マクシム・サフィール伯爵令息である。
銀髪に宝石のような青い目をしている彼は、この学園に通う令嬢たちの憧れのまとです。
「アンナが好意を寄せている男性は『空のように澄んでいる青い目』。つまり、青い目を持ち、夕日色に染まる銀髪を持つ私です。モンテスキュー卿、よくクロードからアンナを助け出してくれました。クロード今すぐアンナから手を引きなさい。勘違い男は嫌われます」
「マ、マクシム!!私にそんな口を利いていいと思っているのか!?今までは、幼馴染で私の側近だからと大目に見ていたが、王族にそんな口きいてもいいと思っているのか!!不敬だぞ!死刑だ!処刑だ!」
マクシム様は傲慢にクロード様に言い放った。クロード様はマクシム様の言葉に激怒し、マクシム様に炎をうち放した。マクシム様は風を起こし、炎をそらした。
いきなり始まった魔法戦に、今まで熱い視線を向けていた令息・令嬢の半分は顔を引きつらせ一歩、また一歩と下がり冷たい視線を向けた。
うん、気持ちはわかる。神聖な魔法戦を宣誓なしで始められたら誰だって不愉快だ。魔法が使えるものは将来が約束されている。魔法が使えるものは魔法により恩恵を授かる。その分責務と義務を背負う。そのため、この学園の生徒は魔法を安易に使ってはいけないと教わるし、法律にもそのことが明記されている。
魔法が使えることにより、平民でも貴族と同等の立場に立てる。それほど、この国にとって魔法はかけがえのないものだ。
怒り狂い魔法を放つクロード様の姿に、アンナは体を震わせ大粒の涙をこぼした。
「アンナ様、安心してください。俺が貴女を守ります」
その涙をモンテスキュー卿は、優しく親指で拭う。
「クロード様、マクシム様。お二人とも、言い争いをやめてください。アンナ様が怯えております」
モンテスキュー卿がそう言うと、二人はピタリと動きを止めアンナを見る。涙を流すアンナの姿に、気まずげにクロード様とマクシム様は顔を見合わせます。
「クロード様もマクシム様も間違っております。アンナ様の好きな男性は『この国で一番剣が強い』男性です。つまり、第一騎士団団長でクロード様の護衛騎士である俺のことです。アンナ様、俺の一生をあなたに捧げます」
モンテスキュー卿は二人を鼻で笑う。そして、アンナの手を取り誓いのキスをした。
「オレノ貴様。騎士の身分のくせに王子である私を笑うか!!」
「魔法も使えない、下等な存在のくせに貴族に盾突くのか!!」
「身分も魔法の有無も関係ない!!俺こそがアンナ様の思い人だ」
モンテスキュー卿の誓いのキスに激怒したクロード様とマクシム様は、魔法をモンテスキュー卿に打ち放つ。モンテスキュー卿は剣で応戦する。さすが近衛騎士団団長のだけあり、魔法を剣で斬るという離れ業を行います。
「クロード様、マクシム様、オレノ様お止めください!!私はお三方の誰も愛しておりません!!」
アンナが悲痛な声で三人に向かって叫ぶも、戦に夢中になっている三人には聞こえていないのが、戦いをやめる気配がない。
実力者である三人が戦っているため、パーティー会場は破壊されつくし、クロード様に熱い視線を向けていた残り半分も冷めた目で見つめています。
何を言っても戦を止めない三人の姿に、アンナは膝から崩れ落ちました。そして、人目もはばからず号泣してしまいました。
「アンナ、泣かないで」
「ギー様……」
号泣してしまったアンナを慰める男性は、私の兄であるギー・アキャール次期公爵。金髪家系の我が家で、唯一先祖返りで夕焼けのような赤髪の兄。そして、空のように澄んだ青い目。つい最近まで、剣術や戦術のため隣国に留学していた。
「アンナごめんね。せっかくのパーティーなのにエスコートできなくて」
「大丈夫です、ギー様。それよりもごめんなさい。次期公爵夫人なのにこんなところで泣いてしまって。せっかくカミーユ様たちに礼儀作法を教えてもらったのに」
兄はアンナの手を取り立たせると、アンナを強く抱きしめました。アンナもそれに応えるように抱きしめ返しました。
何を隠そう、アンナは私の兄の婚約者なのです。将来私の義姉になります。本当は、この卒業パーティーで正式に発表されるはずでした。
アンナ曰く、「自分は移転者」であると。「こことは違う世界で事故にあった拍子にこの世界に飛ばされてしまった」とのこと。飛ばされた先がグザン男爵領だったそうだ。右も左もわからず彷徨っていたところをグザン男爵に保護され子供のいなかった男爵の養子になったそうです。男爵により光の魔法を見出され、教会により聖女認定を受けてこの学園に入学しました。
兄とアンナの出会いはロマンチックなものでした。何回も兄から聞かされている私は、何回も惚気られました。
アンナが聖女であることは兄の周到な根回しがあり、兄が留学する前には二人の結婚は決定していました。しかし、男爵令嬢もとい元平民だったため公爵夫人になるにはマナーも知識も何もかも足りません。そのため、アンナは学園在学中魔法の勉強と並行して公爵夫人になるための勉強をすることになりました。
マナーの授業では、マナーがなっていないアンナを何回も注意し、意識しなくても頭の先からつま先まで完璧な次期公爵夫人にしました。私の義姉になるため、多少甘くなってしまう私の代わりに、何回も同じ派閥の仲の良い令嬢に協力してもらいました。
また、穴が開いた靴下を「穴を塞げば、まだ履ける」と主張するアンナを説得し、穴の開いた靴下を捨て、最高級の靴下を兄からプレゼントさせました。
一昨日は、下級生が練習で放った魔法がアンナにあたりそうだったので、思わずアンナを突き飛ばしてしまいました。
「アンナ、ここはもう危ない。逃げよう」
パーティー会場は、クロード様達の魔法で今にも崩れそうです。
兄は、アンナの手を取りました。
「はい、ギー様。ギー様とならどこまでも一緒に逃げられます」
アンナは嬉しそうに微笑み、兄の手を握りました。
「さぁ、行こう」
二人は微笑みながら手をつなぎ、パーティー会場から出ていきます。私やパーティー会場にいた令息・令嬢たちも続きます。
こうして、私たちは夜の街にくりだしました
***********************
次の日の新聞の一面に、兄とアンナの結婚が載りました。その裏面には、ひっそりと卒業パーティー会場が崩壊し、クロード様・マクシム様・モンテスキュー卿の生存が絶望的なことが書かれていました。