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それでもぼくは  作者: ピノキオ
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第5話 狼山 後編

第5話 狼山 後編


 「ケビン!ケビン!!私が、私のせいで、ケビン!!」


 奥へと進んでいた2人だったが、女が男に声をかけようと振り返ったとき、洞窟の奥から現れた1匹の狼に両足の腱を爪で切られ、男は大の字になって組み伏せられてしまった。

 女がもっと奥の方に注意を払っていれば、狼の接近をいち早く察知できただろう。この狼は風が流れ来ている洞窟の奥から現れたのだから。この狼はやけに匂いが濃く、女の後ろにいた男の方が先に気づいたほどだった。


 「なんだこいつ、力が異常に・・・!?」


 男の言う通り、この狼は他の個体に比べて異様なまでに力が強かった。彼らには知る由もないが、この狼は狼山でも最上位の強さを持っており、族長であるジャミルの2匹しかいない側近の片割れなのだ。交代で次代族長のジュマのお目付け役をしており、今日はジョアンという雌の狼が担当していた。


 「クソ!離せ!この!」


 男がどれだけあがいても狼の体はびくともしなかった。この狼はやけに呼吸が荒く、先ほどから涎が顔に垂れてきて気持ちが悪い。そしてついに狼は男の肩に噛み付いた。


 「ぐぁああ!!」


 「ケビン!!」


 わざと軽く噛んだのか、腕はまだ動いている。傷口から血が溢れ、狼の息遣いがさらに荒くなった気がする。


 「この、ケビンを離せ!!」


 女は無事な両腕で弓を構え、無茶苦茶な態勢ながらも弓を放った。だが、女が弓を構えるのと同時に、狼は男の反対側の肩を咥え、矢の盾にした。女が放った矢は男の背中に刺さり、そのまま女に頭を向けて仰向けに倒された。


 「ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃ!!」


 「わ、分かってる!安心しろ、今のうちにもう一度放て!!」


 女は言われた通りに次の矢をつがえようとした。だが顔を上げた時にこの狼と目が合った。恍惚に歪んだその目は、女に生理的な嫌悪感と、恐怖を与えるのには十分だった。女の体は震え、矢をつがえることができない。


 「ケ、ケビン、ごめんなさい、私、私・・・」


 歯をガチガチと鳴らしながら、女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。その様を見て、狼はさらに興奮しているようだった。


 「落ち着け!お前なら、ぐあっ!!」


 男がしゃべろうとすると、狼が傷口を舐めた。その後も顔を舐め、服を破き、牙で傷つけながら男の体を舐めまわした。まるで女に見せつけるように、この雄は自分の物だとアピールするように。その様は男が凌辱されているようにも感じられた。


 (こいつ、さっきから私のことをちらちらと、私のケビンなのに、私の・・・)


 女は本能的にこの狼が雌であることを感じていた。そしてこの狼が、雌として男のことを見ていることも。女は相手が狼であることも忘れ、この光景から目が離せなくなっていた。

 

 「うわあまたやってんのジョアン、もうそんな時期だったっけ?」


 奥から雌狼より小さい狼がやってきた。なぜか言葉を発しており、女は恐怖のあまり弓を手から落とし、顔を伏せた。まるでその時を待っていたかのように、ジョアンと呼ばれた雌狼の行為は激しくなり、ケビンの悲鳴が響き渡る。

 グチャグチャ、ビチャビチャ、ジュルジュル。


 「あぁ、ああ、あああああああ!!」


 (なんで、なんでこんなことに!!私はただ、ケビンと一緒になりたかっただけなのに!!)


 「ああそういうことか、そりゃジョアンが理性を失うわけだ」


 すぐ隣でその声がしたため、女は慌てて顔をそちらに向けた。いつの間にか先ほどの小さな狼が隣に座っており、その顔の下には小柄な男の腕らしきものが落ちていた。


 「嘘・・・嘘よ・・・」


 「ん?ダメだよきちんと見てなきゃ」


 女はうつぶせになっており、小さな狼はその上に乗った。そして前足で女の顔をはさみ、無理やり正面に向けた。雌狼とケビンの行為を見せつけるように。


 「や、やめ・・・」


 「ジョアンはね、他の雌から好意を寄せられている雄ほど気に入るんだ。君は彼に告白でもしようとしたんじゃないかい?こんな狭い洞窟で君が雌の匂いを充満させるからジョアンが我慢できなくなっちゃんだよ。なんていうんだっけ、寝取りってやつ?」


 ケビンと呼ばれていたすこし固めの肉は、顔をこちらに向けたまま、全身の力が抜けているようだった。当然だろう。ジョアンに生きたまま臓物を食われたのだから、とっくに死んでいる。それにも関わらずジョアンは固めの肉の四肢を押さえつけている。もう骨は砕けてしまっているが。


 「発情期のジョアンに食い殺される人間の雄たちはね、なぜかわからないけど興奮して死ぬみたいなんだ。雄としての本能が子孫を残そうとしているのかな?」


 血まみれのジョアンが顔を上げて、こちらを見てきた。目が合うと、見てみろとでも言いたげに顔を下げる。いわれるがままに視線を下げると、そこには・・・


 「いや、いや・・・」


 「いいねえ君、なかなかいい表情だ。ジョアンが盛り上がるのもわかっちゃうなあ、本当に彼のことが好きだったんだね?かわいそうに。大好きな彼を他の雌、しかも狼に先に食べられちゃうなんて」


 舐めまわし、喰いちぎり、味わうように噛む。私はお前よりも雌として優れている、お前の獲物は私が奪ってやったとでも言いたげな、勝ち誇った笑みを浮かべている。


 「なんだか僕ものってきちゃった。たまにはジョアンの真似でもしてみようかな」


 意識を失うことができればどれだけ幸せだっただろうか。彼女は初めから最後まで狼達に弄ばれ、脂ののった肉になった。


 


 「うーん、たまにはいいもんだねぇこういうの。なんだか段々人間っぽくなっちゃうなぁ僕。このままいったらどうなるんだろ」


 待機していた狼達と一緒に肉を平らげ、骨を洞窟の分かれ道の左側に捨てる。血の跡は雨で流されるから放置でいい、なんなら他にも似たような場所があるから次はそこに誘導すればいいだけだ。外に出てみれば、すでに日はのぼっており、とてもいい天気だ。お天道様は昨日のことを見ていないだろうから、きっと今日もいいことがあるだろう。


 「彼らは本当に学ばないよな。僕らは計画的に逃がしているってのにさ、人間達が怯えすぎず、僕らが舐められ過ぎず、もしいなくなっても、周りからはいわんこっちゃないとしか思われないぐらいの人間が来る程度に調整してさ。そのために村への襲撃だって控えめなのに」


 ジュマと呼ばれた狼は血で汚れた体を洗うために近くの池へと向かっていた。ちなみに今日はジークもジョアンもいない。ジョアンが丁度昨日から発情期に入っていたらしく、2匹でよろしくやっているのだ。

 池につき、喉を潤してから水に入る。犬かきしながら池の端の方を泳ぎ、体を洗う。次代族長になってから自分が人間のようになっていくのを意識しない日はない。これも知識を手に入れ、感情に目覚めたせいだろうか。最近ではジョアンもその節があるので、もしかしたら他の狼達もそうなってきているのかもしれない。


 (代が変わるから?変化、それとも進化、はたまた退化かな。生きるためだけに殺しているわけじゃないものね。もはや欲望を満たすために殺しているのと変わらないや)


 彼は賢い狼だった。自己分析と他種族の観察が好きで、腱の存在とその位置を自分で見つけたほどだ。そのせいでこうなったともいえるのだが。

 池から上がり、全身を振って水を飛ばす。そのうち石鹸とやらでも使いだすのだろうかと考え、1人笑う。


 「今日はやけにご機嫌じゃねえか坊主」


 すぐそばの草むらから声がする。姿が見えず、風下になっているため種族はわからない。


 「その声はスーウェルかい?久しぶりだね」


 「おうよ、ちょっと王都まで行ってたもんでな」


 ジュマは声の主のことを知っていた。人間達からは認識されていない最後の獣、獣たちの中で唯一あらゆる場所で暮らし、あらゆる情報をもっているとされている。


 「相変わらずだね、何回死んだの?」


 「3回だったかな、全部不慮の事故さ」


 「獣に食べられて?」


 「俺は仮にも族長だぜ?今更獣ごときに喰われるもんかい」


 「流石、何度も食べられているだけあって説得力がちがうや」


 「ヘマをして食べられたんじゃない、不慮の事故さ」


 「そういうことにしておこうか」


  ジュマは虫が集まっているのを見つけ、そこに座った。小さな虫の周りにはその虫を食べる虫が5匹いて、小さな虫はそいつらを威嚇している。


 「他はどんな感じだい?」


 「鹿は穏やか、猪は準備中、狸は相変わらず、狐は漁夫の利を狙っているってな具合だな」


 「狸はまだ2代目が現れていないのかい?」


 「俺が知っている限りではな。族長が行方不明になっているのにどうして現れないのかは謎だな」


 「君たちなら知っているじゃないかい?なんせ獣たちの中で最も代替わりが激しいんだ。生き物は世代が変わるごとに生態も変わる。今の君たちは、何割が言葉を話せるんだい?」


 「これだから狼ってやつらは嫌いなんだ。どこにも話してもない情報を自分で気づいて、それを堂々と答え合わせしやがる。しかも答えようが答えまいが全部筒抜けだってんだからな。商売あがったりだよ」


 小さな虫に2匹の虫が近づく。他の虫は静観したままだ。


 「それでもこの山にいるだけじゃ他の獣の動向はわからないよ。君たちがいないとね」


 「こうでもしないと喰われちまうからな、あんな喰われ方はまっぴらごめんだね」


 「あれ見てたんだ、覗きなんて趣味が悪いよ?」


 「あんたに言われたかないね」


 「僕らの間じゃいい趣味っていうんだよ。そのためにあちこち用意してるんだからさ」


 小さな虫は必死に抵抗し、2匹のうち片方を手負いにしたが、結局は残りの4匹に殺されてしまった。


 「ああおっかねえや、喰われたくねえからそろそろ行かせてもらうぜ」


 「死なないんだからいいじゃん」


 「死なないからって好き好んで喰われるほど、俺は物好きじゃないんでね」


 「それじゃ仕方ない。他のとこのによろしく伝えといてよ」


 「またな坊主、次会うときが楽しみだよ」


 音もなく声の主の気配が消えた。どうやら相当体が小さいようだ。


 (猪もそろそろ動きだすってことはこっちと動きを合わせるつもりなんだ。となると・・・)


 ジュマは先ほど聞いた情報を整理し、族長であるジャミルの元へと向かう。彼のことだからただ猪とタイミングを合わせて人間達を襲うわけではないだろう。彼は全ての獣に間者を忍ばせている。それは人間だって例外じゃない。先ほどの声の主が得ている情報はほとんどジャミルも知っているはずだ。であれば答え合わせは彼とすればいい。

 歴戦の彼が3回も、それも不慮の事故で死ぬとは考えられない。おそらく情報を探っているうちに殺されたのだろう、同じ相手によって。それはおそらく彼らが唯一情報をもっていない相手だ。なんせ感づかれているのがわかっているのにも関わらず臆病者の彼が探りを入れるほどなのだから。

 これは思ったよりも楽しいことになりそうだ。ジュマは不気味な笑みを浮かべて、山頂へと向かう。彼が見ていた虫たちは上から潰され、無残な姿になっていた。先ほどまでの争いは全て無駄だとでもいわんばかりに。


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