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それでもぼくは  作者: ピノキオ
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第3話 おじさん


 リオネとグリオが東町へ着いた頃。村に狼の群れが近づいていた。

 狼達が襲撃してくるのは、今までも何度かあり、その度に駐留している衛兵や、グリオのように腕に覚えのある者達が迎撃していた。

 狼達と主に戦っているのは北町だが、この村も狼山からそんなに離れているわけではない。狼達からすれば、いつここから人間たちが攻めてくるかわからないのだ。その偵察と、ある目的のために、狼たちはこの村を襲っている。


 「狼の数は」


 「11匹、"やつ"はいません」


 「そうか、なら俺たちでもなんとかなるな」


 ここは村の北側にある衛兵たちが駐留所。その中の本部と書かれた小屋に、10人の衛兵とリオネの兄であるグリシェがいた。いつもなら木こり達の代表としてグリオがいるのだが、彼が東町へ行っているため、代役としてグリシェが来ている。そして、狼達に不穏な行動がないかを判断するために、おじさんも呼ばれている。


 ここでいう"やつ"とは、過去にリオネ達を襲い、子ども4人、木こり2人、衛兵3人を殺した狼のことだ。"やつ"は他の狼とは動きが違う。飛び上がる高さ、走る速度、進路を替えるタイミング、角度、なにより顎の力が違う。


 この村の木こりは皆、楠流(くすのきりゅう)だ。楠流は、攻撃を受けるか流すかして、必殺の一撃を叩き込むやり方を好んで使う。そのため、正式に戦う場合、顔以外の全身が鎧に包まれている。

 過去に"やつ"が襲撃してきた時は、その動きが速すぎるため、腕に噛み付かせてでも倒そうとした者の腕が食いちぎられ、前足で押さえられていた部分の骨が砕けていた。どちらも鎧の上からである。


 "やつ"を倒すためには、動きを見切り、攻撃を除け、相手のスキを作り、そこに斧を叩き込む必要がある。そこまでの技量を持っている者は、衛兵はもちろんのこと、木こりの中でもグリオしかおらず、いつも警戒されていた。


 「今回もいなかったか」


 「グリオさんがいないから助かったぜ」


 「ああ、彼は英雄だからな」


 「いないからと言っても油断は禁物です。他に別動隊がいないか確認するために馬を出してください。私は南から来ているものがいないか確認します」

 

 「ええ、おじさんの言う通りです。衛兵を2人ずつ、左右から偵察に出してくれますか?おじさんにはうちから1人出します」


 「わかった。見張りは、ある程度で見切りをつけて我々と合流。何かあれば狼煙をあげよ。それでは、各員配置につけ!」


 「「「 おう!! 」」」


衛兵は首都から一時的に派遣されていおり、基本的には1つの村に10名、町には30名、残りが首都で防衛したり、各地を偵察に訪れたりしている。衛兵は獣からの防衛の他にも、警察としての役割も担っている。

 彼らの主武装は剣と盾で、鎧は全て同じものが支給されている。

 獣は5種類確認されているが、それぞれの獣に合わせたものでは生産しにくいためである。それでも各々で改造を加えやすいように、多少分解しやすくなっている。

 この村には10人の衛兵が派遣されており、木こり達の方が人数は圧倒的に多い。衛兵の数が少ないのは現地で戦える民が多いというのも理由の1つだろう。一応、現地の住民たちは衛兵の指揮下にあることになっているので、グリシェたちは彼らの命令に従っている。


 「それじゃおじさん、またあとで」


 「気をつけてくださいね、グリシェ。また新しいことを試そうとして、危ないことをしてはいけませんよ」


 「おじさんこそ、うっかり狼共に見つかって食べられないでよ?姉ちゃんが泣いちゃうからさ」


 「あまり、年上をからかうものではありませんよ」


 「へへへ、んじゃ行ってきます!」


 グリシェは今年で18歳になるパル家の跡取りだ。リーネとは6歳違いで、彼女がリオネに対して過保護になっているのは、いつも突拍子のないことをして困らせていた彼のせいだ。彼は小さいころから様々なことに疑問を抱いて、それを確かめる行動力を持っていた。

 どうすれば木を早く倒せるのか、どう戦えば一番安定して狼に勝つことができるのか、どうすれば父に近づくことができるのか。彼はいつも考えている。もちろん、"やつ"を倒すためにどうすればいいのかも。



 少し時間がたち、グリシェ達は狼と戦っていた。狼は2匹で1人を狙ってくるため、こちらは20人を3つに班を分けて応戦する。

 仮の防衛線を作り、盾を構えて直接狼とやりあう【壁班】。ここには10人。

 壁班がわざと内側に流した狼を倒す【とどめ班】。ここには6人。

 そして壁班の負担を減らしつつ、狼達が回り込んで来ないように包囲する【遊撃班】。ここには4人。

 遊撃班は馬に乗れる者しかなれないため、基本は衛兵がその班につく。

 グリシェも馬には乗れるが、彼は狼との戦い方を研究したいため、その日に応じて手伝う班を変えている。今日は壁班で戦うようだ。


 「2匹流せるかぁ!」


 「おう!」


 「任せろ!」


 【遊撃班】の掛け声と同時に、【壁班】がわざと無視した2匹が中へと入っていく。中には【とどめ班

】の6人の木こり達が、盾も持たずに待ち構えている。2人が狼の進行方向を誘導し、1人が一撃で倒す。

 この流れで狼達の数を減らし、やつらが逃げていくのを待つ。

 この戦法を作ったのがグリシェだ。これが定着してからは、狼との戦いで死ぬ人間の数は劇的に減った。


 「今日のやつら、やけに慎重じゃないか?」


 「狼達は賢いからな、このままじゃ埒が明かないって気づいたんだろう」


 【壁班】の木こり達が話す余裕があるほどに、狼たちの攻撃は緩い。先ほどの2匹だって、おそらくは様子見のためだろう。


 「くそっこいつら、逃げ回りやがって」


 「今日のはやけに連携がうまいぞ!」


 【とどめ班】の様子を見てみると、明らかに苦戦していた。1人目の誘導に従わなかったからか、6人で囲っているにも関わらずまだ倒せていない。


 「とどめ班!焦らなくていい!相手が慎重ならこちらも慎重に相手しろ!」


 「おうよ!」「言われなくても!」


 「総員!今回は長丁場になりそうだ!偵察に行っているやつらが帰ってくるまで持ちこたえろ!」


 「「「おう!」」」 


 皆の言う通り、今日の狼達はいつもとは違い、やけに慎重だった。まるで無理に相手を殺さず、このまま時間がたつのを待っているような・・・


 (時間稼ぎをしている?だとしたら何のために・・・)


 グリシェは、疑問に思ったことは確かめないと気が済まない性格だ。そして彼の勘は、家族の誰よりも鋭い。




 村の中では、楠流を習っていた女たちや、他の木こり達が、村に狼が入ってきていないか確認していた。村を囲っている柵は、狼が簡単には越えられない高さで、また体当たりされても壊れないよう、頑丈に作られている。それでも村人たちは、狼ならばなんとかして入ってきていてもおかしくはないと考え、いつも何人かで見回りをしていた。

 リーネもその中の1人である。父は東町の英雄、母は楠流師範の娘。そして彼女は、2人がまだ全盛期の頃の娘だ。当然、幼い頃からあらゆる斧の武術と、様々な知識を仕込まれている。

 だが、今日はいつもと違い、とある人物の家に来ていた。


 (おじさんは今、偵察のために村の裏から山を回って、表に向かっている。リオネは東町に行ってまだ帰ってこない。確かめるなら今しかない)


 リーネが単身訪れていたのはおじさんの家だった。彼女は、リオネを迎えに来る以外にも、時折ご飯を持ってきたり、家事を手伝ったりしているため、合い鍵を渡されていた。


 おじさんと出会ったあの日に感じた違和感は、何年たっても忘れることはなかったのだ。

 扉を開き、静かに中に入る。誰もいるはずがないのに、音を立てないように気を付けてしまう。間取りは覚えている。一度も入ったことがないおじさんの書斎に入った。


 部屋には本棚が2つと、机が1つあった。本棚には目もくれず、机を物色する。机の上には鉛筆と白紙の紙が置かれてあり、引き出しの中には、薄い木版に紐を通して、本の形に整えらえたものがあった。

 その表紙には、『日記8』と書かれていた。


 (にっき・・・?初めて見る名前だわ)


 この世界では木のパルプを使った紙の量産が行われていたが、それはあくまでも勉学や日用品を作るために使われており、個人が日々の出来事を書き記すために使うことはなかった。そのため、白紙の紙を束ねただけの本というのはあまり売っておらず、おじさんは自分でこれを作ったのだ。

 リーネは日記を開き、その中を見た。


 『4年8か月16日 晴

   リオネが出かけてから3日たった。彼がいなくても教室には子どもたちが来るし、リーネも来てくれる。毎月のことだが、少しほっとしてしまうのは、まだまだ私の心が弱いからだろう。これからのことを考えると恐ろしくてたまらないが、私はすでに取返しのつかないことをしてしまったのだ。いい加減覚悟を決めなくてはいけない』


 「これ、昨日のことだ。ということは、おじさんがその日のことをこれに・・・?」


 『明日は彼との約束の日だ。匂いだけで知識を得ることができる彼は、やはりただの獣ではないのだろう。また新しい布を用意しなくてはいけない』


 「彼・・・、まさかこの獣のことを指しているの?まるで人みたいに・・・」


 リーネは日記を遡っていく。どうやら紙を捲れば捲るほど日付が古くなっていくようで、そこにはリオネやリーネと過ごしてきた日常が書かれていた。


 「あった。約束の日、3か月前ってことは・・・」


 『4年5か月10日 曇

   彼との約束の日だ。グリシェが考えた戦法は着実に結果を出している。これからはこちらの犠牲はほとんど出なくなるだろう。私にはできないとても素晴らしいことだ。リーネといいグリシェといいリオネといい、あの家族にはいつも驚かされる。彼が警戒するのも当然だろう。』


 「これ、前回の・・・」


 『今日もいつもの森で布を渡した。今回はジョアンが来ていたので、次回はジークが来るだろう。毎度毎度ご苦労なことだ。次回は3か月と7日後だったか。その頃には北町も危ないだろうし、そろそろ彼と交渉するための準備を始めなくてはいけない。せめてあの2人だけでも私が助けなくては。』


 「やっぱり、狼の襲撃があった日だ。でもこの名前、この辺じゃ聞いたことがない。それに北町が危ないってどういう・・・」


 「アォーーン」


 リーネがさらに読み進めようとした時、狼の遠吠えが聞こえた。山に帰る合図を出したのだろう。そろそろ戻らないと、おじさんが帰ってきてしまう。


 「これを持って行ったらすぐバレちゃうし・・・」


 リーネは、何としてもこの日記を読まなくてはいけないと考えた。これにはおじさんの全てが書かれている。なぜなら、日記に記されていた4年という期間は、彼がここにやってきたあの雨の日と同じなのだから。


 「日記1、これだ!早く家に帰らなくちゃ、お母さんにも怪しまれちゃう」


 リーネは先ほどまで読んでいた日記を元に戻し、自分がいた痕跡を極力消した。この日記は別の引き出しに入っており、おじさんが気づく可能性は低いと考えたのだ。

 彼女は本棚を見なかったため気づかなかったが、そこには『泉の女神』、『獣の正体』、『世界の真理』などと書かれた本がずらりと並んでいた。

 彼女が、この時に本棚を見ていれば。あるいは、日記をもう少し多く持ち帰っていれば、事態はもう少しだけよくなっていたのかもしれない。

 


 

 村近くの森。遠くでグリシェ達が戦っているのがうっすらと見える場所に、2匹の狼と1人の男が立っていた。その狼達は明らかに他の狼とは違った。1匹は顔つき、肉の付き方、牙の大きさ、その何もかもがこの狼の強さを表していた。その狼は男の方を向いておらず、ずっと辺りを警戒している。

 もう1匹の狼は、普通の狼よりも少し小さい。他の狼よりも幼い印象を受ける顔つきは、とても人を襲う恐ろしい獣とは感じられない。


 「まさか君が来るとは思ってなかったよ、ジュマ」


 ジュマと呼ばれたその狼は、男が片手に持った布の匂いを嗅ぎながら答えた。


 「久しぶりに君に会いたくなってさ。ほら、そろそろ君の売った商品の成果が出る頃じゃない?どんな気持ちで過ごしていたのか気になってさー」


 当然のように会話しているが、この世界の獣が、人間の言葉を話すことはまずない。ほんの一部の選ばれた獣たちだけが、人と同じ言葉を話すことができるのだ。


 「相変わらずいい趣味をしているね」


 「まあね。なんせあの人の後を継がなくちゃならないからさ。今のうちに色々と知っておかなきゃいけないんだよ


 「努力家だったとは意外だね。君は努力なんて無意味だっていうタイプだと思っていたよ」


 ジュマは、嗅いでいた布をくわえ、もう1匹の狼が下げていた小物入れに、鼻を使いながら器用に入れた。


 「そうかな。僕からすれば君の方が意外だよ、おじさん。いや、節枝さん?」


 「・・・その名前はやめてくれ」


 「そう、それだよ節枝さん。あの裏切り者の松木節枝が、次代狼族長であるこの僕に向かって、()()()()と、()()()してくるだなんて!」


 「・・・すま」


 「いいんだよ、謝ることはないさ。自身を持つのはいいことだ。君の場合は、大切なものを悪の手から守る方法を思いついたってところじゃないかい?」


 「・・・」


 「ああ、方法とかには興味ないから教えてくれなくていいよ?どうせ前みたいに他人を売って助かろうってんでしょ?今度は村1つだから・・・首都でも売るのかな?」


 「なっ!?」

 

 「どうやって分かったかって?簡単だよ。君とお友達を守るために、北町と近くの村を売らせたんだ。賢い君なら、村1つを守るためにはもっと大きな、それこそ首都の情報でも売らなきゃ釣り合いが取れないと言われるって考えたんだろう?

  ああ、なんで村1つなのかって?そりゃあんな布っ切れからあれだけ信頼と愛情の匂いがすれば、君が村の人たちのことを大切に思っていることくらいわかるさ」


 ジュマは彼の周りをゆっくりと歩き始めた。わざとらしく足を上げて、浮かれている子犬のように。


 「実際そこらへんが妥当じゃないかな?情報の中身は興味ないからどうでもいいや」


 小石を蹴飛ばし、声色をくるくる変えながら、小さな狼は続ける。


 「それにしても君は学ばない人間だねぇ。そうやって助けたお友達はどうなった?君にどんな態度を向けて、君はその後どうしたんだい?」


 「・・・てくれ」


 節枝と呼ばれた男は、耳を塞いぎ、下を向いてしゃがみこんだ。目は見開き、歯はがちがちと音を鳴らし、汗がぽたぽたと地面を濡らしている。


 「君は弱い、死を恐れすぎているんだ。きっと今までもそうやって、他人を売って生きてきたんだろう?自分だけは傷つかないるように、自分だけは助かるように、自分だけは死なないように」


 「・・・やめて、くれ」


 小さな狼は、自分よりも小さくなった男の背後で立ち止まり、耳元でゆっくりと囁いた。


 「君が殺したあの子は、とっっても、美味しかったよ?」


 「もうやめてくれ!!」


 男は勢いよく駆け出し、少し離れたところで膝をつき、そのまま嘔吐した。あの狼から発せられている獣臭さと、その吐く息から感じた血の匂いが、男の中で混ざり合い、忘れていたはずの記憶を思い出させた。この村に来る前の、あの激しい雨の日を。


 「ちょっといじめすぎたかな?まあいいや、そろそろ僕たちも帰らせてもらうよ。あそこにいる子たちもそろそろ限界だろうしね」


 それじゃあ行こうかジーク。男の全てを支配していた小さな狼は、もう1匹の狼にそう声をかけて、戦っているところからは見えないよう、森から出て行った。


 「大丈夫、大丈夫だ。今回はきっとうまくいく。あの子達はとてもやさしいんだ。僕なんかのこと好いてくれている。僕を裏切ったりしない、嫌ったりしないさ。大丈夫、大丈夫だ・・・」


 ここに来たばかりの男の姿は、もうどこにもなかった。そこにあるのは、いつかの雨の日に震えていた子どもと同じ、誰かがいないと壊れてしまいそうな、弱々しい姿だった。


 あの時、震えている子どもの傍には、その子を愛してくれている人がいた。

 抱きしめて、大丈夫と声をかけてくれる優しい人が。


 今、怯えている男の周りには誰もいない。

 男を愛し、抱きしめてくれていた人も、 いつも男に声をかけてくれた優しい人達も、ここにはいない。



 彼がもう少し強ければ。

 人を信じ、人を頼れる強さがあれば。

 今日のことを誰かに相談し、皆で協力していれば、まだ救われていたかもしれなかったのに。


 4年間、優しい人たちに愛され、信じられてきても、彼の心はあの雨の日のままだった。




 これですべてが、手遅れになった。



ここまでが前編になります。

残りは中編、後編と続き、それが最後になる予定です。

まああとの流れはある程度できていますから次は楽勝ですよガハハハ。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

気が向いたらこれからも投稿していきますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

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[良い点] 紙を捲れば捲るほど日付が古くなっていくようで 面白い表現です。本来の日記とは逆の順、伏線はなさそうですが、心に留まります。
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