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それでもぼくは  作者: ピノキオ
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第1話 贈り物


「おじちゃんおはよう!」


「ああ、おはようリオネ」


 あれから4年の時が過ぎ、リオネは12歳になっていた。あの後、狼が襲ってくることもなく、おじさんはこの村で暮らすことになった。はじめは皆が警戒していたが、狼の習性や、撃退方法。さらには木の倒し方まで、おじさんは様々な知識を村人たちに教えた。

 今ではここで子ども達に勉強を教えながら、村の相談役のようなことまで担っている。

 彼は、なかなか他の人と話そうとはしなかったが、打ち解けてみると、案外思いやりに溢れ、自分のことを顧みずに他人のことを助けたり心配したりできる人だった。

 そのためか、村の皆はなにかあるとすぐに彼のところにやってきて、悩み事を話したり、食材を渡したり、はたまた勝手に部屋の掃除を始めたりと、大層気に入っているようだった。


 リオネはあの夜から、おじさんが家を構え今日に至るまで、一緒にいろんなことをやった。2人だけで木を倒し、半日ほど歩いたところにある湖で魚を釣り、よその家の浮気調査までやったこともある。

 リオネはすっかりおじさんに懐いて、信頼しきっていた。理由は自分でもよくわからないが、おじさんと一緒にいるのが楽しくて仕方がないのだ。



 今日はおじさんと遊ぶ日だ。おじさんとは毎日会っているが、こうして朝から遊べるのは1週間に2日しかない。 


 「お姉ちゃんに手づくりの櫛を送りたいです!」


 「急にどうしました?」


 「実は・・・」


 リオネはついこの間、リーネの大切にしていた櫛をなくしてしまったことをおじさんに伝えた。

 リーネは湯浴びの後によく髪をとかしており、リオネがよくやらされていた。でもリーネのお気に入りの櫛をリオネが失くしてしまった。その時は許してもらえたが、リオネは人生で一番大泣きしたのだ。

 そのことは置いといて。きっと櫛をあげれば、お姉ちゃんはとっても喜んでくれるに違いないとリオネは考えた。我ながらいい案だが問題はその作り方だ。いくらおじさんとはいえ、これは女性がよく使っている道具だ。40歳になろうかというおじさんが知っているとは思えない。


 「櫛か・・・加工はまだしも材料が・・・」


 「え!おじさん作り方知ってるの!?」


 「大雑把なことだけですよ。まっすぐな板を用意して、等間隔に溝を彫って、形を整えて、表面を仕上げればいいんだと思います。まあ口で言うのは簡単ですけど」


 「すごい・・・やっぱおじさんすごいや!」


 「いえいえ。今言ったことだってほとんど想像です。実際のとこは職人さんに聞いてみないと」


 「職人さんって?」


 「実は心当たりがあります」


 2人は家を出て、村の西の方へ歩いて行った。ここら辺はリオネがあまり近寄らない場所だ。他の人が仕事場を構えている場所で、いたずらに近づいてはいけないと、お父さんから言われているのだ。

 何軒かある家の中で、おじさんは櫛の形をした看板のある家を指さしてあそこだと教えてくれた。


 「ごめんください」

 

 「ご、ごめんください!」


 中に入ると、奥で1人のおじいさんがずっと何かを磨いていた。どうやらこちらの声が聞こえていないようで、作業に没頭している。

 リオネは初めて見る作業に目を奪われていた。


 「あれは、何をしているの?」


 「櫛の先端を丸くしているんのでしょう。木の板そのままだと角があって痛いでしょうから」


 「そっか!すごいや!」


 2人でひそひそと内緒の会議をしていると、おじいさんがこちらを振り返った。


 「待たせたな、いったい何の用だい」


 「ご無沙汰しています。コーンさん」


 「挨拶なんかいい。用件をいいな」


 いかにも頑固そうなおじいさんがおじさんとやり取りをしている。

 そしてリオネはコーンさんという名前で思い出した。確かこの村の女性は全員がコーンさんの作った櫛を使っていて、村だけじゃなく東町の人にはとても人気があるんだと、以前リーネが言っていたのだ。

 リーネが使っていたのはコーンさんのではなかったはずだが、それならなおのこと喜んでくれるに違いない。


 「あ、あの!」


 「あぁ?」


 「は、初めまして、グリオ・パルの息子のリオネです!僕に櫛の作り方を教えてください!」


 「グリオ・パル・・・ああ!あの坊主の息子か!なんだあいつもいっちょ前の父親になったのか!」


 どうやら父親であるグリオとは顔見知りだったようだ。だが彼はもう50歳になろうとしているはずなのだが、この人は一体何歳なのだろうか。おじいさんが70歳でいなくなっちゃったから・・・


 「おい坊主、誰に櫛をつくってやるんだ?」


 「えっお、お姉ちゃんです!」


 「あいつ娘までいやがんのか。んで、お前は姉ちゃんのこと好きか?」


 「たまにいじわるされるけど、自慢のお姉ちゃんです!」


 「なんで櫛をやろうと思った」


 「この間僕が失くしちゃったから、そのお詫びです!」


 「へっそうかい、なら教えてやる。こっちに来な。お前さんはどうする?」


 「細かい作業は苦手でして。時間を見計らって迎えに来ます」


 「なんでえつまんねえ男だ」


 正直なところ、リオネは少しショックだった。別に一緒に作るなんて言ってなかったし、お願いもしなかったが、自分と一緒にやってくれるのだとばかり思っていたのだ。寂しいのは本当だが、何より自分で思ったよりもショックを受けたことが、リオネは不思議だった。


 「いついる?」


 「いつできます?」


 「そうだな・・・2か月後だ」


 「そんな!」


 「短い期間で櫛が作れるもんか。材料の用意だけで1ヶ月かかるんだぞ」


 「そうだったんですか・・・」


 櫛を作るのがそんなに大変だなんて思っていなかった。きっとおじさんも知らなかったに違いない。

 確かに急ぐ理由はないのだが、さすがに2か月となると少し考えてしまう。


 「どうしてそれだけの時間がかかるんでしょうか」


 「男が自分で作ったものを女にあげるってんなら、最高の状態のものを渡さなきゃならねえ。俺の櫛は時間がかかる。なんせ仕上げに1か月だからな、お前が1か月で作って、俺が1か月で仕上げてやる。それでどうだ」


 「・・・それでよろこんでくれるでしょうか」


 「百聞は一見に如かずってやつだ」


 おじいさんは近くに置いてあった櫛を見せてくれた。


 「これが出来上がった櫛だ。ここまでの物を作れとは言わねえが、どうせならすげえやつを渡してあっと言わせてやりてえだろ」


 おじいさんが見せてくれた櫛はとてもつやつやしていて、肌触りもよく、自分がもらってもうれしくなってしまいそうなほどの物だった。

 なによりリオネの心を打ったのは、おじいさんの言ったすげえやつという言葉だ。


 「すげえやつ・・・やる。やりますおじいさん!」


 「よし!思いきりのいい奴は好きだぜ。材料は俺がやる。そうと決まればまずは木を削る練習だ!俺のことは師匠って呼びな!」


 「はい!師匠!」

 



 日が少し傾き始めたころ、おじさんがリオネを迎えに来た。


 「どんな具合ですか」


 「ああ、悪かねえなこいつ。手先の器用さもそうだが何より感覚が鋭い、そしてそれを感じ取る力もだ。どこに違和感があってそれが何なのかをすぐに感じ取りやがる」


 「・・・ええ、家族揃って勘のいい方たちですよ」


 「これから2か月間坊主の送り迎えをしてやれ」


 「・・・はい?」


 「あいつ姉の分だけかと思ったらもう1つ作りたいとか言いだしやがってな。あの年で隅に置けねえや」


 「しかし・・・」


 「止めようってんならあいつの目を見てみることだな。まあお前が来たことにも気づいていないようだからどっちにしろ意味はないだろうがな」


 「・・・仕方ないですねえ」




 その後、毎日帰りがいつもより遅いことをリーヤに心配されたり、そのことでちょっと喧嘩したりしたが、無事に2か月がたった。


 リオネの作った櫛は、この年の子どもにしてはいい出来栄えで、コーンさんはこのまま弟子になれと言っていたが、丁重にお断りさせていただいた。その後、おじさんの提案で職場体験というものをやり、この辺りが騒がしくなるのだが、それはまた別のお話だ。


 「お姉ちゃん!」


 「・・・なによ」


 ついこの間、心配ているリーヤに上手く言い訳することができず、少し喧嘩してしまったのだが、これでますます櫛を気に入ってもらえないとまずいことになってしまった。一抹の不安を覚えながらも、リオネは包装用の布地で包まれた小さな箱を、リーヤに渡した。


 「これ・・・」


 「その、僕の帰りが、遅かった理由なんだけど・・・」


 「私のために・・・?」


 「大分前に、僕が櫛、なくしちゃったでしょ?あの時も謝ったんだけどさ。それに加えて、いつも、ありがとうって、伝えようと思って。お、お姉ちゃんだけじゃないよ!お母さんとか、お兄ちゃん、お父さんにも容易してて、だから、」


 リオネは咄嗟に恥ずかしくなって色々とまくし立てたが、突然リーネに抱きしめられて続きを話すことができなくなってしまった。


 「お姉ちゃん?」


 「あなたが優しい子だって、お姉ちゃん知ってたのにね。ごめんねリオネ、ありがとう」


 リーネは少し涙声になっていたが、最後には笑って受け取ってくれた。前のようにリーネが笑ってくれて、リオネは嬉しくなったが、段々恥ずかしさがこみ上げてきた。


 「み、皆にも、渡してくるね!」


 「うん、あとでね」


 (やった、お姉ちゃん喜んでくれた!師匠の言ったとおりだった!)


 リーネは、受け取った箱を丁寧に開けて中身を確認した。それは丁寧に何重にも表面をコーティングされ、独特の艶を放っていた。歯の間隔が少し違うところがあるが、リーネにとっては些細な事だった。


 (可愛い弟にもついに反抗期が来たかって、寂しくなって八つ当たりしてしまった自分がバカみたい。あの子は昔から変わらずに、私のことや、家族のことを大切に思っている優しい子だったのにね)


 「2か月前から用意していたんですよ、その櫛」


 「え!?そ、そんな前からですか!」


 リーネはおじさんがいることをすっかり忘れていた。おじさんの人柄を知る度に、警戒するだけじゃない、別の感情が芽生えてきているのを、彼女は感じていた。


 「ええ、櫛をなくしちゃったから作りたいと頼まれまして。幸い、コーンさんと会ったことがありましたので頼んでみたんですよ。どうやら大成功のようですね」


 「しかもコーンさんが手伝ってくださっていただなんて・・・何から何までありがとうございます」


 「むしろ私の方がお礼を言いたいくらいですよ、彼の純真さにはいつも助けられています。」

  

 「父に似たんでしょうね。まっすぐに育ってしまって。どこで折られてしまうじゃないかと心配です」


 リオネやリーネの父、グリオは、元々木を切ることしか能のない単純馬鹿だった。ところが、狼との腕試しに訪れていた今の妻であるシェーネと出会ってから人生ががらりと変わった。

 シェーネの家は元々東町で斧の武術を極めようとしている一族で、時折門下生が腕試しに狼山へやってくる。

 東町から一番狼山に近いのがこの村なので、ここで1泊し、野宿しながら向かうのだ。場合によっては生きて帰ってこれないほどの試練なのだが、彼女は単身で5日間山にこもり、これを成し遂げた。毎日見合いの話をされてうんざりしていたので、具体的な功績をあげて、これを超えられない男に興味はないと突っぱねたのだ。

 グリオはその話を聞くと、7日間狼山にこもり、毎日シェーネにアタックして見事、意中の女性と結ばれたということだ。


 リーネは他人事のように言っているが、彼女は家族の中で最も両親の性格を濃く受け継いでいる。リオネのことになると、姉として色々心配するが、彼女自身のことになれば、両親ほどではないにせよその頑固さからくる数々の伝説があるほどだ。


 「そんな、いつもリオネを心配して、気苦労の絶えないあなたへ」


 「え・・・?」


 リオネの背中を見ていたリーネには思わぬ不意打ちだった。

 おじさんの手の中には、きれいな模様の入った布にのせられた、糸が何重にも編み込まれた細長い紐だった。


 「え、あれ、何、え?」


 「髪を纏めるための結い紐です。狼の毛を使っていて、この小さい牙に縛って止めてください。」

 

 リーネは茫然と、その結い紐を見ていた。彼女の髪の色は明るい茶色だが、ここいら辺の狼の毛は灰色だ。それをいかようにしてか薄い銀色に染め上げ、牙はよく磨かれ艶がある。


 「リオネにかこつけて、たまにはこういうことをしてみようかと思いましたが、やはりなれないことはするものではないですね。それではリーネさん、また明日」


 リーネが事態を呑み込めずに茫然としている間に、おじさんは自分の家へと帰っていってしまった。

 今日は一体どうしたというか。誕生日はまだ先だし、他になにかあったわけではないのに、なぜここまで私を揺さぶろうとしてくるのか。


 「それでも、私はまだ・・・」


 おじさんの背中が見えなくなるまで、彼女はそこに立っていた。

 決して彼の疑惑が晴れたわけではないが、日に日に、彼を疑うのとは別の感情が、リーネの中で大きくなっているのをは確かなのだ。


 彼女は両親の性格を一番濃く受け継いでいる。

 自分の目的のためなら、死ぬかもしれない山に数日間こもり続ける度胸を。

 好きになった人のためなら、自分はそれ以上に無謀なことをやろうとする、思い切りの良さを。

 そして一度決めたら絶対に曲げない、その頑固さを。



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