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【稲頭村案内 その二】ウメさんちの駄菓子屋

今日はウメさんの駄菓子屋にいこう!

「セイジー! 帰ろうぜー!」

「ぜー!」

「はい、じゃあ準備してー」

 県立稲頭東高等学校一年二組。今日も楽しい放課後である。幼馴染のケンタとコウスケとセイジは、今日も今日とて帰り支度と放課後の過ごし方会議を始める。

「そういえば昨日拾った魔道具、コウスケのお家の人の属性だった?」

「ううん、全滅。だから持ってきたよ」

 昨日の探検で、三人は古い手鏡のような魔道具を見つけていた。見つけた魔道具は、属性が合うものが使ってみるというのが三人の自然に出来上がったルールなのだが、今回は三人の属性……光、水、火、どれにも当てはまらなかったため、一番家族の属性の種類が豊富なコウスケが持って帰っていた。使える人にあげる、というのも三人のルールだが、残念ながら誰も当てはまらなかったようだ。

「じゃあ光、水、火、風が駄目か……土……あ、クドウ」

 セイジは近くにいた男子生徒に話しかけた。魔道具を掲げてみる。

「これ、何か分かる?」

「卓球のラケット?」

「……属性以前か……あ、いや、なんでもないよ。呼び止めてごめん」

「クドウが駄目なら土でもない……じゃあ闇だね!」

 嬉しそうなコウスケ。彼らの村に闇属性はひとり。そして彼らはそのひとりのことが大好きだった。

「よし、じゃあ今日はウメさんちだー!!」

 にっこにこしているケンタの決定に、他の二人も頷いた。


 ウメさんのお家は駄菓子屋さんである。

 ウメさんのご主人、ヨシゾウさんがお店を始めた頃は、酒とたばこと塩、それにおつまみになりそうな乾物類を売る小さな商店だった。だが、約十五年前。ケンタたち三人が生まれたころ、村待望のこどものために、駄菓子類も扱い始めたのだった。気が早いと言われていたヨシゾウさんだったが、十年前くらいには小さなお客さんがすっかり常連になっていた。

 ヨシゾウさんは八年前に亡くなったが、ウメさんが細々と続けている。駄菓子以外は扱わなくなったが、ウメさんの人柄と、酒のつまみになりそうなものも多いことで、大人にも人気である。

 おまけに、ここにはウメさんの他にもうひとり、村の人気者がいる。

「あ! いたいた、おーい!!」

 自転車を立ち漕ぎして、コウスケはウメさんの駄菓子屋へ急ぐ。誰かが店先を掃いていた。

「皆さん、お帰りなさい」

 そこにいたのはウメさんではない。低音の落ち着いた男性の声だ。前掛け姿の声の主は、手にした箒を店のガラス戸に立てかけた。

「うん!」

 コウスケは急いで自転車を停めると、

「うりゃー!!」

 声の主に飛びついた。顔を胸元辺りにこすりつけている。

「ふふふ……くすぐったいですよ」

 されるがままの彼だが、どうやら嬉しいらしく、目を細める。

「あ、コウスケずりぃ!!」

 追い付いたケンタも、慌ただしく自転車を停めて、後ろから彼に飛びつく。

「お店のお手伝い、いつも偉いね」

 セイジがきちんと自転車を置いて、近寄った。背伸びして、頭一つ分以上高い位置にある彼の頭を撫でる。

「ふふ、当然のことですから」

 声とは別に、低音の唸り声のような音が彼の喉の奥に響く。嬉しい証拠だ。その振動を前後で挟んでいるケンタとコウスケは体で感じている。

「でも偉いよ。ケンタもコウスケも、あんまりおうちのお手伝いしてないからね」

「してるし! ……してる、し?」

「してるよ! えーと……してる?」

「はいはい」

 セイジは、今度は彼の耳の後ろやあごの下を掻くように撫でてやっている。

「二人とも、少しはポチを見習いなよ。えらいえらい」

「ふふふ、光栄です」

 そうして彼は、ふわふわでふさふさの尻尾をブンブンと振り回した。

 彼の名は、ポチ。

 二足歩行の狼の姿をした、魔物である。


 ポチは七年前、ウメさんが山菜を採りに行った際、巣窟の近くで鳴いていた。

 生まれたてらしい彼を、「あらまあ、仔犬がこんなとこに」と、ウメさんが大事に手ぬぐいに包んで、家に連れ帰ったのだった。

 連れ合いを亡くして一年ほどしか経っていなかったウメさんには、寂しさもあったのだろう。その「仔犬」をポチと名付け、まるで孫のように可愛がり始めた。

 常連になっていた小さなお客さんたち三人も、大喜びだった。かわいくて仕方なく、毎日ウメさんの駄菓子屋に寄っては、駄菓子を買う日も買わない日もポチと遊んでいた。

 だが、それから三か月ほど経った頃だろうか。三人がウメさんのお店の奥、居間に上がらせてもらってポチと遊んでいるときだった。

 不意にポチがウメさんに向かって「ばぁば!!」と言葉を発したのである。

 一瞬三人とウメさんは時が止まったものの、「……ばぅわん? だよね?」「いやいやいや、バウバウ……」「ばぁば!! すき!!」「シャベッターーーーーー!!!!??」と、現実を受け入れざるを得なくなったのだった。

 それからポチはすくすくと育ち、つかまり立ちもできるようなり、今では身長二メートルを超えた。

 早い時期に村長にも相談したが、動物好きの村長が「はぐれ魔物かもしれんが、犬と同じじゃろて。なによりかわいいからいいんじゃない?」と、おひざの上で甘えていたポチを撫でながらお墨付きを与えたので、なんら問題なく過ごしている。大らかなのだ、この村は。

 というわけで、ポチはウメさんの駄菓子屋の看板犬として活躍している。狼らしい野性的な魅力のある外見、素直で従順な犬のような性格、おまけに穏やかで物腰柔らかで力持ち。村の行事や老人たちのお手伝いも積極的にするので、老若男女問わず人気者である。


「そうだ、お土産があるんだ!」

 ポチの掌の肉球に顔をうずめてスンスンしていたコウスケは、本来の目的を思い出すと、ズボンのポケットに入れていた魔道具を取り出した。ちなみにポチの肉球はコウスケ曰く、「フライパンに、マーガリンをジュッてしたときのニオイ」がする。

 閑話休題。

「はい! あげる!」

「おやこれは……」

 スンスン、と鼻先を近づけた後、ポチは手鏡を受け取る。

「魔道具ですね。いつもありがとうございます」

 しっぽがブンブン揺れている。

 彼はこの村唯一の闇属性であった。

「ね、ね、今日のはどんな感じ?」

「そうですね……ああ、闇の密度が増しました」

 ポチは掌の上に小さな渦巻く闇の塊を生み出した。

「ああ、ホントだ! 今までより黒いっていうか、濃いね」

「ねー」

 興味津々に見つめていると、ポチはその塊を数匹の蝶の形にして、飛ばした。まだ明るい空に溶けるように消える。

 闇属性には謎が多い。光と同じく、それ自体が稀であるということもあるが、性質がまったく不明なのである。一般的に、ある程度の範囲を暗くできたり、夜目が効いたりという能力なので、こどもの寝かしつけに持ってこいだったり、夜間の作業や運転に有利である。遮光能力が植物の栽培にも活用されている。また、麓の町の小さな写真館は、主人が闇属性のため、フィルムの現像が得意という噂がある。

 ポチは幼い頃から、村でよく出土する闇の魔道具をもらっていたので、かなりの熟練者である。それにそもそも、魔物。誰も知らないことではあるが、魔物は人間とは段違いの魔力の下地がある。おかげでかなりの魔力と熟練度を誇るポチは、実はその気になれば国の一つや二つを闇に閉ざすこともできる。一点に暗黒を集中させれば……いや、黙っておこう。とりあえず今、ポチは魔法をウメさんの安眠のためと、こうやって三人に披露するくらいにしか使っていないし、それ以外の使い途など必要なかった。

 閑話休題。

「あ、そうだ。ポチ、今日はお菓子も欲しいんだ。入るよ」

「はい、いらっしゃいませ」

 ポチがカラリとガラス戸を開いてくれた。セイジに続いて、他の二人もお店に雪崩れ込む。週に二、三回はここで各々の好みの駄菓子を買うのが昔からの習慣である。

「おや、やっぱりあんたたちかい。よぅ来たねぇ」

 店のレジの前の椅子に、老婆が一人。ウメさんである。

「こんにちは!」

「こんにちはぁ! ねぇねぇウメさん、串カツ二本!」

「こんちはー! 俺はえびせんー!!」

「はいはい」

 店内の賑やかな声を聞いて寂しくなったのか、ポチも店内に入ってきた。三人とすれ違うときに顔や体をちょっと擦り付けるのは、多分無自覚である。ウメさんの近くに大きな体を丸めるように座ると、ぽすん、と顎をウメさんの膝の上に乗せた。

「甘えん坊さんねぇ」

 ウメさんが鼻の上辺りをカリカリと掻いてやると、唸り声と共にしっぽが激しく揺れた。その範囲に商品を置いていないのは風圧で飛ばないようにするためである。

「ポチはまだ七つだもんなー」

 ついでに三人も寄ってたかってポチをモフり始めた。魔物と人間の年齢はどう対応しているのかなどは全く世界中の誰も知らないのであるが、少なくともポチは七年生きている。七歳だ、というのが村のみんなの共通認識である。

 そう、彼こそが村で一番小さなこどもだった。身体は村一番大きいけれども。

 撫でられてぐでんぐでんになりつつあったポチの耳が、急にピクリと反応した。鼻をスンスンさせて入り口の方を見る。

「お客さんが来るみたいだねぇ」

「はい。このにおいは、イチノセさんですね。ばぁば、僕がお出迎えします」

 お手伝い大好きな親孝行なポチは、すっくと立つと、足音もなく店先に出る。まもなく、誰かの足音が他の四人にも聞こえてきた。

「いらっしゃいませ。お好きな酢イカ、入ってますよ」

「あ、あ、ありがとう……」

 ポチにエスコートされ、客が入ってきた。若くて小柄な女性だ。

「いらっしゃい、イチノセさん。ゆっくり見てって」

「は、はい」

 彼女はイチノセ・カオリ。一年ほど前から村役場で働いている。

「あ、役場のおねーさん! こんちゃー!」

「こんにちはぁ!」

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 彼女は先客に気付くと、ビクッ、と身を震わせた。どうも内気な人物だ。

「じゃあウメさん、俺たちお会計ね」

「はいはい、毎度あり」

「じゃあまたね! ポチと、おねーさんも!」

「はい。また」

「ど、どうも」

 三人は駄菓子を手に店を出た。晩御飯の前に食べる背徳感を味わうか、寝る前に食べて至福を味わうか……そんなことを考えていた。

「あ、あの、あの三人は、今日はどうしたんです?」

「お菓子を買ってくれたよ」

「僕に魔道具も持ってきてくれました」

「! そ、そう、ですか……」

 イチノセさんはいつもの酢イカを買うと、足早に店を出た。

 すぐに家に帰り、厳重に鍵を閉め、パソコンを立ち上げる。ついでに冷蔵庫からビールを持ってきた。

(また巣窟に潜ったのね、あの子たち……おまけに魔物に魔道具を……)

 イチノセ・カオリ。彼女は村役場に新人として派遣されてきた……というのは表向き。

 彼女の本当の所属は稲頭村役場ではない。

 特別環境省世界樹・巣窟調査局国内巣窟調査課。

 その中でも、隠密裏に国内の巣窟や魔道具などの調査を行っている特別調査員。

 それが彼女であった。

 もっとも、新人であることには間違いはない。

(この村には危機感がなさすぎる……全く……)

 彼女の指先がキーボードを滑る。この稲頭村は、実は国内でも特に活動性巣窟が多い。その割には村民の生活がこれといった変化もないことに、本庁は疑問を抱いていた。おまけに巣窟や魔道具を村興しに使いたい、といった呑気な要望もあるという。どうにもおかしい。そのため調査員を送りこむことになったのだ。

 ここに来て一年。毎日調査内容を事細かに記録し、定期的に本庁に送る。それが仕事。

 村の住民たちはとても大らかで親切だが、常識がちょっとズレていた。彼女のこの一年は、驚きの連続であった。

 普通、巣窟がこれほど地域に密着していない。

 普通、山菜のついでに魔道具は拾わない。

 普通、世界でも超上級魔法使いクラスの魔法使いが三人もいない。

 なにより普通、魔物が駄菓子屋さんの看板犬をやっていたりしない。

 そういったことを調査しては報告しているというのに、本庁もなんら反応を示さないのである。魔物が! 駄菓子屋さんの! 看板犬なのに!!

(でも……)

「ポチさん、今日も最高だったなぁ!!」

 ビールと酢イカを嗜みながら、彼女の頬は思い切り緩んだ。

 パソコンの横のフォトフレームでは、実家の愛犬(ジョンソン・♂・シベリアンハスキー)が真面目な顔をして鼻提灯を膨らませていた。


(了)

俺たちの冒険はこれからだ!

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