第8話 試験勉強
(『悪役令嬢シャルロット』が誰かにはめられたのであれば、オリヴィアやレオナと良好な関係を続けても、私の死は避けられないかもしれない)
シャルロットが難しい顔しながら、目の前の参考書とは別のことを考えていた。しかし、それは自室の呼び鈴によって中断される。アンナが扉を開けると、気品もなくドタドタとオリヴィアが駆け寄ってくる。
「お姉さま、勉強教えてください」
「そういえば、来週テストだったわね」
「そうです。赤点取ると夏休みが減ってしまいます。そうならないためにも勉強教えてください」
「別にかまわないわ。何が分からないの? 植物学は問題ないでしょうから、物理や魔法学あたりかしら」
「全部です」
「…………はい? 聞き間違えたかしら、もう一度言ってみて」
「全部です。お願いします、分からないところだらけです」
シャルロットの胸元で、子供のように泣いているオリヴィアをよしよしと慰めたあと、図書室で勉強することにした。
二人を出迎えたのは、無数の本によって埋め尽くされた空間。年々増え続ける図書に対応するため、魔法で空間を広げており、見た目以上に中は広い。
試験前ということもあり、いつもより多くの学生が机で勉強している姿が見受けられる。
(図書室独特の匂いってあまり好きじゃないのよね……)
そう思っているシャルロットがここを勉強場所に選んだのは理由がある。
ゲームではたまたま遭遇した攻略キャラと勉強することで親密度を上げることができるのだ。
つまり、ここでヴィンデル卿と勉強してもらえれば、オリヴィアがヴィンデル卿とめでたくゴールインする。
そして、レオナは『悪役令嬢シャルロット』のようにオリヴィアに嫉妬して暴走するようなこともなく悪役令嬢の役目も終え、レオンハルトに戻ってくれれば、誰も損しない円満なハッピーエンドを迎える。
これが現状のシャルロットが描いている理想図だ。
(なんでか知らないけど、レオナが元に戻る未来が描けないのが怖いわ)
一抹の不安を抱くが、今は目の前の問題を片づけることに集中する。それは……
オリヴィアは頭が悪い
ゲームではさらりと終わる上に、今後は話題として出てこないイベントだが、現実問題、ちょっと勉強したからってすぐに成績が伸びるわけでもなく、ましてや維持することはできない。それが出来るのは一握りの天才だけであり、残念ながら彼女はそっち側ではなかった。
(なんというか要領が悪いのよね。これは勉強方法から変える必要があるわ)
この試験を乗り越えた後、彼女の勉強スタイルを変えさせることを決意する。だが、それよりも目先のテストが肝心だ。
このままではラスボスのアビスに倒されるのではなく、テストによって倒される主人公が生まれてしまうだろう。同じ3文字の敵なのにずいぶんとスケールが違うものである。
「この問題はえっ~と……」
「そこはヘイホーの公式を使うと簡単に解けるぞ」
「あ~、そういうことですか」
後ろから話しかけられたヴィンデル卿のヒントによって、すらすらと行き詰っていた最後の問題を解いていく。
「人の集中力は長く持たないわ。一度、休憩をとりましょう」
「良かった~ヴィンデルさんも勉強ですか?」
「まあな。俺もそうだが、貴族が赤点をとったら、家に傷がつく。なにぶん、貴族には見栄っ張りが多いものでな、それを何より恐れるから、テスト勉強に必死になるのさ」
「といっても、普段の態度から、貴方が赤点になることはないでしょう」
「それでも高い点をとりたいと思うものさ」
「二人とも凄いんですね。それに引き換え私はどれもこれも……」
「なら、俺も勉強を教えるとしよう。そっちの方がシャルロット嬢の負担も減るだろう」
「それもそうね。時間の都合も考えて文系科目はマシだから、貴方には理系科目を、私は魔法学全般を教えるわ」
「お互いの適性をみるにそれがベストだな。よし、オリヴィアをテストという戦場から無事に生還させるミッションスタートだ!」
「図書館では静かにしてください!伯爵家だろうと許しませんよ!」
ヴィンデル卿の大声に司書さんから注意される。何はともあれ、オリヴィアの勉強週間が始まるのであった。
「時間を有効活用するために朝はいつもより早く起きるわよ」
「大丈夫です。実家のパン屋で働いていたときは鶏が鳴く前に起きるのが習慣でしたから」
「実技は今のままでも対処はできると思うから、座学中心よ。さあ、教科書開きなさい」
「はい、お姉さま!」
ある程度、勉強を教えたところでシャルロットは自分が作製した問題用紙をテストをオリヴィアに渡し、同じ時間を測定する。これはどれだけの配分ペースで解いたら良いのかを身体で覚えさせるためだ。
また、少しずつ点数が伸びていけば、それだけモチベーションも高まるという利点もある。
そして、放課後はヴィンデル卿がアンナの立会いの下、勉強を教えている。さすがに女の子1人に男1人の密室では粗相が起こっても困るからだ。
「よし、やればできるじゃないか!よし、次の問題だ」
「ひぃ~、いつになったら勉強終わるんですか!」
「大丈夫ですよ、オリヴィアさん。睡眠防止に頭をはっきりさせるハーブティーも用意しています」
「普通のときに飲みたかったよ、アンナのハーブティー」
シャルロットとの勉強がいかに優しかったか身を知りながら、『こんな目に合うくらいなら、普段から真面目に勉強しておくんだった』と後悔するオリヴィアであった。
そして、試験当日の放課後、そこには歴戦を潜り抜けて真っ白な灰になったオリヴィアがいた。
「燃えたよ、燃え尽きたよぉ……」
「燃え尽きられたら困るわ、明日は実技試験が残っているのよ」
「……お姉さま、夏休み、どこか、一緒に、遊び、行きたいです」
「現実逃避な上にもう言葉になってないわ。私の別荘も良いけど、マンネリ化しているから、別の場所に行きたいわね」
「だったら、俺のところに来ないか? ウチの領土にはバーレル火山があって、掘ったら温泉が出るほどの……」
「「温泉!」」
(温泉と言えば、お肌がすべすべになって美容にいいと聞くわ。ここのところ、疲れもたまっているし心身共にリフレッシュも悪くないけど……これ、デートイベントよね)
(温泉パン、温泉まんじゅう、温泉卵……どれも美味しそうです)
「でも、私がいたら二人の邪魔にな……」
二人のために身を引こうとしたシャルロットだったが、オリヴィアが目を輝かせながら、袖をくいっとひっぱている。一緒に行きましょうと無言の圧力をかけてくる。
(あの目を裏切ることはできない。これは断れないわ……)
シャルロットは渋々と了承し、ヴィンデル卿の誘いに乗ることとなった。