第7話 お茶会
シャルロットは学園の庭園に設置されたテラスで優雅にお茶を楽しんでいた。自分の家と同じくらい、もしかするとそれ以上に花が咲き誇っている花壇を見ながら、飲むお茶はオーク戦で受けた傷を癒してくれそうだ。
「お嬢様、今日のお茶はベルジャン草を使ったハーブティーなんですよ」
「火傷に効く薬草ね。オークの火炎攻撃をまともに食らったレオナにも飲んでほしいくらいだわ」
「お嬢様の出会った変異魔物の対策会議が終わるまで、実践演習が延期なんですよね。私としてはこうしてお嬢様と過ごす時間が増えて有り難いんですが、カリキュラムの遅れはどうなるのでしょう?」
「そこは平日の授業時間を延ばすしかないでしょう。休日に授業なんか入れたら、大ブーイングよ」
「それもそうですね」
「お姉さま~!」
オリヴィアが人懐っこい子犬のようにシャルロットの横に立つので、頭をなでてあげた後、開いている席に座らせる。まるで犬のトレーナーのような主人を見たアンナはクスリと笑い、ハーブティーを入れる。
「この渋み、ベルジャミンが入っていますね。あとは疲労回復にカモラン、ほんのり感じる甘さはネートルとみました」
「大正解です。よくわかりましたね」
「ふふふ。実家で薬草パンに使う薬草をつまみ食いしただけでなく、小腹がすいたらそこらに生えている雑草まで食べた私ですからね。草に関しては強いんですよ」
「……貴方の実家、パン屋だったかしら。よくここに入学できたわね」
「それが……家の郵便受けに差出人不明で小切手と入学証明書が入っていたんですよ。一体だれが入れたんでしょうね」
(話の流れから逆算すれば、それが可能なのは『彼』だけど、出会うのは当分先ね)
起こりうる事態を知っているシャルロットからすれば、その正体を言うのは簡単だ。だが、それを口にすれば、未来がどうかるか分からないため、言い出せずにいた。たった一言で変貌したレオナがいい例だろう。
「あら、これはシャルロットさんではありませんか」
「クリームヒルト様、ご無沙汰しております」
シャルロットより一つ年上で生徒会長を務めるクリームヒルト・クルーガー公爵令嬢が数人のお供を連れて、やってくる。
そのお供の女性も決して美貌が劣るものではなく、一般的に美人と呼ばれるものだろう。だが、クリームヒルトの身体全身から発せられる気品のある輝きの前では彼女らでさえかすんでしまう。
失礼のないように、アンナがハーブティーとスコーンをクリームヒルトに渡す。彼女が一口付けた後、ティーカップをソーサーの上に置く。
「オリジナルブレンドのハーブティーですわね。これは貴女が?」
「は、はい!」
「中々いいセンスを持っているわ。だけど、主人のために体にいいものを入れるだけでなく、全体の調和を考えたほうがいいわよ。ネートルは少し余分に感じるわ」
「悪かったわね。私、甘党なのよ」
「あらあら、これはご無礼を。そのお詫びとして、週末に開く予定のお茶会にお呼びしますわ」
「元からそのつもりだったのでしょう?」
「さあ、どうかしら。そこのお二人も連れてきても構いませんことよ。特に、メイドの貴女はウチに来てほしいくらい。その珍しい髪と目の色は私と一緒に居ても映えりそうだもの」
「いくら積んでも渡さないわよ」
「あら残念。ではお茶会楽しみにしてますわ」
優雅さを感じるような歩き方でクリームヒルトと取り巻きが去っていく。
さすがのシャルロットも緊張していたのか、安堵の息をつく。何もしゃべらなかったオリヴィアの方を見ると、クリームヒルトが手をつけなかったスコーンをジッーとみている。
「食べても構わないわよ。捨てるのももったいないし」
パァッと明るくなったオリヴィアがモグモグとスコーンを食べ始める。淹れなおしてもらったハーブティーもあり、満足そうにしている。
(この子、食い意地張るわね……どういう環境で育ったのかしら)
ゲーム知識でしか知らなかったオリヴィアをみて、シャルロットは彼女のバックボーンを詳しく知りたいと思い始める。
そして、数日後の週末。クルーガー邸で開かれるお茶会に御呼ばれされた三人は、彼女の執事に挨拶をした後、庭園に向かう。テーブルの上には見事な装飾がされたケーキや、香りだけでも分かる高級な紅茶が置かれている。
(ギルガーに同じものを作れと言ってもここまで繊細かつ複雑な飾りつけは出来ないわね)
お茶会に出される料理やデザート1つとっても、それはその家の権力を指し示す指標となる。そのため、個人の味覚によって左右される味付けで勝負せずとも、クルーガー家は己の権力を十分に誇示できたと言える。
「お姉さま、このケーキふわふわでとろけて甘くておいしいです」
「本当ね。このしつこくない甘み、砂糖の原料が違うのかしら」
「クルーガー家の品種改良した新小麦が持つ甘みと甘辛鶏の卵とみましたわ」
「レオナさんも呼ばれたんですね」
「当たり前ですわよ。彼女と比べれば低いですが、アイニー家の令嬢ですもの」
(アイニー家って彼の母方の遠縁だったわね。辺境に居るとはいえ爵位は子爵。少なくとも、彼を馬鹿にするような貴族はいないわ。それに家に話は通しているだろうから、正体がばれることも少ない。考えたわね。考えてほしくなかったけど)
そんなシャルロットの複雑な心情を知らぬまま、レオナは他の令嬢とも話に花を咲かせている。そして、オリヴィアは2個目のケーキに手をつけており、招待されているアンナにも食べるように促されていた。
その一方で、シャルロットは主催者のクリームヒルトを探していた。もっとも、人だかりがある場所がすぐに見つけられたので、彼女を見つけるのには苦労しなかったが。
「クリームヒルト様、この度のご招待に預かり、誠に光栄ですわ」
「これはご丁寧に。貴方とはゆっくりと話をしたいと思っていましたの。さあ、こちらへ」
クリームヒルトに促され、他の参加者と少し離れた席に着く。
「この席には傍聴防止の魔道具があるので、誰にも話を聞かれることはありませんわ」
「わざわざ、この席に座らせたってことはよほど誰かに聞かせたくないことがあるのでしょう?」
「話が早くて助かりますわ。本題に入る前に光の巫女はご存知でしょうか」
「光の巫女……アルカンディア神と一緒に戦った女性をそう呼ばれていたとか」
「ええ。そして、数年前、神官長に『光の巫女の生まれ変わりを見つけだし、災厄を封じ込めよ』とお告げがあったそうです。貴女には心当たりがあるでしょう?」
「そうね……考えたくないけど」
クリームヒルトと一緒に彼女の方を見る。そこにはアンナと楽しく話をしながら3皿目のケーキを完食したオリヴィアの姿があった。それをみたシャルロットが今晩、体重計にでも載せてあげようかしらと意地汚い考えをするほどだ。
「貴女たちが遭遇した変異魔物……その存在は一部の者が秘密裏に駆除に当たっているもののバレるのは時間の問題。冒険者の間ではすでに実しやかに噂されておりますもの」
「で、私に何をさせるつもりかしら」
「レオナさんにも言いましたが、簡単なことですわ。彼女を支えて、一人前の光の巫女に成長させて欲しいのです」
「まあ、レオナは厳しく当たるだろうから、この際悪役でも引き受けて貰っ――」
シャルロットは自分の言葉にふと気付く。
もし、ゲームの世界のように『飴』のようにオリヴィアに優しいレオンハルトが居れば、間違いなく自分は『鞭』の悪役を演じるに違いないと。
(それならば、なんで『私』は転落人生を歩むの?)
もし悪役の度が過ぎて婚約破棄まで行くようなことがあれば、クリームヒルトが何かしらのフォローをするはず。それが無いのはあまりにも不自然すぎる。
「何かありましたか?」
「いいえ、なんでも無いです。その提案、引き受けましょう」
『悪役令嬢シャルロット』の死には何かある。シャルロットは陰謀めいたもの感じながらも、あのときと同じ誓いを立てる。
悪魔が作ったシナリオは絶対に壊す――と。