第71話 二者択一
シャルロットたちはエルフの里の入り口まで戻ってきたが、その顔は暗い。翌日改めて、火が消えた後の屋敷跡に向かったが、隠し通路があった場所ががれきで埋まっており、中に入ることすらできなかった。
つまり、彼女たちは秘宝のかけらさえもが回収することができなかったのだ。
「事情を説明しましょう。意思の疎通ができるなら交渉できるはずよ」
「そ、そうです。私たちは悪いことしていません」
「あれはやむを得なかったからな」
「問題は話し合いのテーブルについてくれるからね。エルフの私が言うのもなんだけど、頭が固い人が多いから」
「何事もやってみましょう」
シャルロットの言葉を聞いて、アーシャが門番のエルフの青年たちに話しかける。警戒はされているようだが、いきなり攻撃を仕掛けてくる様子はなさそうだ。
「またお前らか。前も言ったが、ここを通すわけにはいかん」
「さよう。我らの秘宝でも取り返してくれたのなら、考えてもいいがな」
「そのことなんだけど…………………壊しちゃった」
「「………………はぁ?」」
アーシャの暴露に唖然とする門番の二人。あまりの事態に飲み込むまで時間がかかるせいか、しばらくの間壊れた機械のように固まる。
「はああああああ!? 貴様、あれの価値、いやどれだけ重要なモノか分かっているのか!」
「見つけ出した時点で我らに話しかければよかったものを!」
「見つけた時点って言われても、あそこから逃げ出すのは無理!とにかく、事情を説明したいから、モルト様と話をさせて」
「どうする?」
「どうするって言われても……」
「なんだ、朝から騒がしい」
門番のエルフが報告すべきか迷っていると、奥から厳格そうなエルフが現れる。年は人間の50代ほどだろうか、実際の年齢より年若く見えるエルフでは珍しいともいえる男性だ。
「はっ!モルト様、実はアーシャとそこの人間どもが我らの秘宝を壊したと話しておりました」
「うむ……」
(この人が長老? 随分と若いわね)
(はい、もっとひげを生やしたお爺さんかと)
(いや、まあ……エルフだからなぁ。私たちと比べるのがそもそもの間違いか)
長老がなにやら考え込んでいる間に、シャルロットたちは細々と喋る。少ししてから、長老が口を開ける。
「事情を知っているにもかかわらず、なぜ壊したのか、その理由を聞いてからでも、処罰を与えるのは遅くなかろう」
「わかりました」
背後から木の上にいた見張りのエルフが降りてきて、シャルロットたちの後ろをついてくる。歓迎というより連行だと思いながら、里の中央にある巨大な樹木をくりぬいたような家の中へと入っていく。
中には長テーブルと椅子があり、質素な台所もある。内装からするに、寝泊まりするところというよりかは集会所みたいなところだ。
扉の前には先ほどのエルフが見張っており、長老の指示があるまでは逃がさんぞと言わんばかりの視線をシャルロットたちに送る。渋い茶を出されたところで、アーシャが幽霊屋敷の件について話し出した。
「……というわけで、秘宝の回収は不可能だったと考えております」
「うむ、事情は分かった。つまり、お前たちはたかが死体漁りの老人1人の命を奪うために、天災でなくなるかの知れない何万人もの命を天秤にかけたというわけだな」
「待ってくれ!あの老人がいれば、下手すればこの地が呪われた土地になっていたかもしれない。そうなれば……」
「だが、それは可能性の話だ。我らの秘宝はこの地の平穏を維持してきた実績がある」
「しかし――」
エルマが反論し、霊がいかに危険なものか説明するが、現実主義者の長老は頑として聞き入れない。常人には見えない精霊が見える分、彼らの眼には見えない悪霊の類は余計に信じることができないのかもしれない。
「ふむ、このまま議論しても平行線になりそうだな。ならば、私の質問に答えたら、この件については不問としよう」
いきなりの大幅譲歩にエルマたちだけでなく、後ろにいた見張りのエルフさえもが驚く。そして、長老がその質問をするまで全員がその瞬間を固唾をのんで待つ。
「自分の目の前に人間がいる。そのものは肉親でもなければ親しい間柄でもない。しかし、その者を助けようとしてその場を離れたら、魔物の手によって数万人の命が失うことなる。目の前の人間を助けるか、より多くの人間を助けるか。さて、お前たちはどちらの命を救う?」
「トロッコ問題……!?」
「なんですか、それは?」
「ブレーキの壊れたトロッコの進行上には人間が数人いる。もう片方のレールには1人の人間がいる。貴方はトロッコのレバーを操作してどちらを助けるかっていう問いよ」
「そんなの決められません!」
「ええ、その通りよ。だから、トロッコ問題には答えが無い」
トロッコ問題では一人の犠牲に多数を救ったとしても、その犠牲は本来出なかった犠牲となり、正しいとは言えない。だが、逆であったとしても犠牲になることを見過ごしている以上、それも正しい答えとは言えない。つまり、正しい答えは存在しない。
「だが、トロッコ問題に置き換えるのであれば、進行上にいるのは一人だけだ。つまり、見捨てるのが……」
エルマの口からその先の言葉が出ない。一人でも悩める者を救う彼女の立場からして、その答えを言うわけにはいかないのだろう。そして、アーシャも顔色から同じ意見のようだ。
「どうした? 答えは2つに1つだぞ。子供でも分かることではないか」
「くっ……」
(言うべきなの? たとえ正しくなくても決断すべきだと……!)
シャルロットたちが言うべきかどうかで悩んでいるとき、オリヴィアが手を上げて答える。
「わかりました。どっちも助ければいいんです!線路を魔法で壊せば、脱線してトロッコが止まります」
「……私の質問にトロッコは関係ないが。お前ひとりで両方助けるのは不可能だ」
「はい、私だけでは無理だと思います。でも、お姉さまやエルマさん、アーシャさんにレオナさん、みんな居ればできるはずです」
「ふふ、そうね。トロッコ問題と違って助っ人や仲間の存在まで言われていないわ」
「そういうことか。二者択一に見せかけて、両者を救える第三の道を答えろというわけか」
「私たちがいれば、一人くらい居なくなっても持ちこたえられるわね」
「それがお前たちの答えというわけだな」
「「「「ええ!」」」」
4人が力強く答える。迷いなき言葉に長老はしばし沈黙した後、急に笑い出す。
「いやあ、すまない。これほど、笑ったのは久しぶりだ。約束通り、この件は不問としよう。ジン、村の者にそう伝えてくれ」
「承知しました」
見張りのエルフが外に出ていき、この場にはシャルロットたちと長老だけが残る。そして、人払いが終わったと言わんばかりに長老が話しかける。
「第3の道とはな……彼が生きていたら喜んでいたかもしれん」
「彼?」
「かの災いの獣を封じ込めたという光の巫女。そのパーティーに居た人物だ。呪いに弱くなると言って真名こそ知らないが、短い間とはいえ、付き合いさせてもらった」
「それじゃあ、この指輪のこと知っていますか?」
オリヴィアが指輪を長老に見せると、少し驚いた顔をする。リアクションからするに、何らかの情報は知っているようだ。封印の解除への期待が高まる。
「時が来たというわけか。ならば、昔ばなしでもしよう」
長老の口から、ゆっくりと昔の、今となっては神話となっている出来事が語り継がれる。




