第6話 厄災の影
4人一緒に裏山を捜索している中、オリヴィアが先頭にいるヴィンデル卿に話しかける。
「今、私たちはどこに向かっているんですか」
「ああ、俺たちが探し求めているエーテルユリは水辺の魔力を吸って成長する植物なんでな。まずは川を探すのが先決だ。ところで、オリヴィアはエーテルユリのことを知っているかな」
「教えてください」
「エーテルユリは根が食用になるほか香りが良く、肉や魚なんかの匂い消しに使っても体内の毒素を浄化し、腸内環境を良くする効果もある。エキスを採って香水として販売されていると聞いたことはあるが、化粧のことはよくわからん」
「すごいですね、エーテルユリ。でも、うちの薬草パンでそんな薬草を使ったかな?」
「薬草パンというのはよくわからんが、エーテルユリのもう一つの特徴はニセエーテルユリというのがエーテルユリの近くに生えるという問題だ」
「アタシの庭にエーテルユリを植えようとすると、その花が邪魔しますもの」
「どう邪魔するんですか?」
「ニセの方が花弁の色が少し薄いんですけど、見た目がそっくりなので、間違ってエーテルユリを裁断したことが何度も……あのイライラを思い出すだけで腹が立ちますわ!」
「ガーデニング大変そう」
「問題はそれだけじゃないのよ、オリヴィア。ニセエーテルユリは毒性を持っているから、知識のない人間が誤って食用に使った死亡事故が後を絶たないの」
「毒ですか……」
「ああ、だからこの課題は薬草を持って帰るだけでなく、正確な知識が問われているというわけだ。今回は花に詳しそうな女性陣が居て助かる。俺だけだったら、一か八かで持って帰るしかないからな」
「人間には誰しも不得意なところがあるから、得意な人がカバーすればいいのよ」
「単に知識不足だけでなくて?」
(う~む、二人とも美人だが、考え方がまるで正反対。この二人、そりが合わないだろうな)
ヴィンデル卿は奇妙な女性二人の関係に余計な口出ししないでおこうと心に誓う。そして、水が流れる音が聞こえ始め、木々の隙間から近づいてきた自分たちから逃げていくリス等の小動物の姿が見える。
そして、小岩の傍に白い百合の花が咲いており、自分たちの目標としているものか吟味する。
「この色合い、これとこれはニセですわね」
「課題は5本だから、残りが全てエーテルユリなら問題ないけど」
「そこですわね、ニセエーテルユリを持ってきたらおそらく減点対象。この判断はしっかりしないと」
「わ、私にも見せてください」
オリヴィアがそう言い始めたので、二人は採取した5本のエーテルユリを手渡す。すると、葉の一部を千切りとり、咀嚼するように口をもごもご動かす。
「う~ん、この青臭さと苦みは薬草だと思います」
「ついに生で食べ始めたわ、この娘……」
「それよりも、そういうので見分けがつくの?」
「女性二人が引くのもわかる。オリヴィア、毒草だとどうなんだ」
「毒で食べられない分、旨味が詰まっているので毒草の方が美味しいんですよ」
「それって身体大丈夫?」
「大丈夫ですよ、お姉さま。私、こう見えても毒には強いタイプなんです!うっかり入れた毒キノコのスープを口にしても、私だけ平気でしたとも」
自信ありげに言うオリヴィアに対して、「大丈夫か、この娘」といった様子で三人がため息をつく。毒殺されそうになっても「隠し味の毒が効いてて、まろやかでした」とにこやかに受け答えする場面が容易に想像できてしまったからだ。
「まあ、毒のスペシャリストがそういうなら、問題ないのでしょう。早く帰り――」
「GHAAAAAAA!!」
森の奥から現れたのは黒いオーラを纏った巨人、オーク。動きこそ鈍いもののその怪力は岩を容易に砕くことから討伐するには複数係でないと危険な魔物だ。
ここまで接近を許してしまえば、逃げるという選択肢はない。ヴィンデル卿が素早く剣を抜き、オークに対峙する、
(なぜ、オークの接近に気が付かなかった。あれだけの巨体、枝が折れる音で気づくはず。それが無いということは誰かが転送でも……いや、ありえんな。とにかく、今はあのオークを倒すことだけに集中しろ)
ヴィンデル卿が雑念を振り払うかのように剣を振るうが、黒いオーラに阻まれ、皮膚にすら到達できぬままはじき返されてしまう。
「なんだ、あのオークは!?」
「あのオーク、まさかあのときの魔物と同じ」
「知っていますの、オリヴィアさん」
「はい。黒い魔物に襲われたとき、お姉さまに助けてもらったんです」
「ええ、そうよ。黒いオーラは、魔物が攻撃をする一瞬だけ、弱くなる箇所があるわ」
「オーク相手にその一瞬のカウンターを狙えというわけか。こちらは一撃を喰らえば、戦闘不能だというのに」
「それができないヴィンデル卿ではないのでしょう」
「当たり前だ。炎よ、我が剣に宿りて敵を焼き尽くせ!ファイアーソード!!」
ヴィンデル卿の持っている剣が高温の熱を帯びて赤く灼熱する。それを見たシャルロットとレオナは互いに目を合わせ、頷いた後、魔法陣を展開していく。
「大地よ、敵を縛り付ける鎖となれ!アース・バインド!」
「水よ、凍てつく波動を放て!アイシクル・スローダウン!」
オークが地面から出てきた鎖に雁字搦めにされ、さらに体温を奪われたことで動きが鈍る。それを破ろうと力を入れた瞬間、オーラに揺らぎが生じたところを逃さず、ヴィンデル卿がが叩き切る。
「まずはその右腕貰ったぞ!次は――」
「GIAAAAAAA!!」
「待ってください、その魔物様子がおかしいです」
オークの纏った黒いオーラが体内に吸収されると、無くなったはずの右腕がにょきっと生えてくる。
それだけではない。脂肪の塊だった腹部が割れ、その巨体はさらに大きくなり、顔つきはさらに凶暴なものへと変貌を遂げる。
それはオークよりも上位種のオーガに近いものであった。
(ゲームでは勝っても負けても進む『強制負けイベント』だったのはこういうことね。ゲームでは変貌しなかったけど)
シャルロットはモデリングの都合など知る由もないが、この戦いの結末がどのように終わるかは知っている。だが、手を抜くなど彼女のプライドが許さない。たとえ、負けるとわかっていても、それにあらがうのだ。
「オーガなど討伐隊を組むレベルだぞ。ここは俺が殿を務める。君たちは学園にこのことを伝えて逃げるんだ」
「貴方、一人で何ができるっていうの? それにオリヴィアの方向音痴は貴方でも知っているでしょ」
「ならばレオナ嬢、君がオリヴィアを連れて――」
「あら? あたしもシャルロットと同じ意見。ここで逃げたらお……女の名がすたるってもんよ!」
「全く君たちは女だというのに男らしいな」
(ちょっと待ちなさい!レオナはともかく私は女よ!)
そんなシャルロットの心の叫びなど知らず、ヴィンデル卿が立ち向かう。それを先ほどと同じく、二人が援護していくが、オーガもどきの動きが鈍ることはなく、鎖が容易にちぎれ、ヴィンデル卿がオーラの圧によって吹き飛ばされ、大木のぶつかり気を失ってしまう。
「ならば電撃で身体をしび――」
「BUHAAAAA!!」
オーガもどきが口から火炎の弾を吐き、魔法を放とうとしたシャルロットに襲い掛かる。それをみたレオナが射線に割って入り、水の盾を作るが、それすらも貫通していく。
「うっ……」
「これは駄目ね……」
「お姉さま!」
吹き飛ばされた三人に近寄ろうとするオリヴィアだったが、オーガもどきの黒い影が彼女に覆いかぶさる。
(私、ここで死ぬの……)
その手にはそこらで生えていた木を引き抜いただけの丸太が握られており、今にもそれを振りかざそうとしている。
(いやだ、死にたくない……)
この場で助けることができる三人はいずれも重傷を負っている。この騒ぎに気が付いた人間が助けを呼んでいるかもしれないが、人が近づくような音は聞こえない。
(神様、助けて……)
オーガもどきが丸太を振り下ろした瞬間、彼女の身体が光りだしていく。
茶色の髪は金色に。魔物が纏っていた禍々しい黒いオーラとは対となるような温かみのある白いオーラを纏ったオリヴィアがそこにいた。
「今度は私が守ります!」
オーガもどきが丸太をオリヴィアにぶつけるが、白いオーラに丸太がぶつかった瞬間、丸太が木っ端みじんに砕け散る。それを見たオーガもどきが一目散に逃げようとしたとき、オリヴィアの手に膨大な魔力が集まっていく。
「大いなる災厄よ、浄化の光に消え去れ!セイクリッド・バスター!!」
オリヴィアが放ったビームと呼ぶべき魔力の奔流はオーガもどきを飲み込み、跡形残らず消し去っていく。そして、あとに残ったのはえぐり取られた地面だけだ。
戦闘が終わるや否や、オリヴィアのオーラが消え去り、髪色が金色から茶髪に戻っていく。力を使い果たしたオリヴィアは振り返ることもなく、その場でばたりと倒れる。
「なんですの、あれ……」
(これが主人公の覚醒イベントの一つよ。さすがにこの攻撃で異変に気づくでしょうから、私たちはここでおとなしく待つとしましょう)
異変に気付いたヨハネス先生が目を見開きながらも、ダメージが深いヴィンデル卿とオリヴィアを医務室へと運び出す。正体がばれたくないレオナは軽傷ということもあり、自室での治療が許可された。
悪夢のようなオリエンテーションから数日後、オリヴィアはリハビリ兼魔法の特訓のため、訓練場の的に向けて魔法を放っていた。何発か撃っているうちに違和感に気づく。
「あれ? 私の魔法、前よりも強くなっている」
オリエンテーション前のへろへろとした弾道ではなく、弾はまっすぐ飛んでいき、それなりの速さを持っている。コントロールはまだ低いが、鍛えれば直せる範疇だろう。
「見てられませんわね」
「お姉さま」
「魔法を撃つときはイメージが大切なのよ。手の中で弾を作るイメージ。作った弾がまっすぐ飛ぶイメージ。それで的に当たるイメージ。それらを想像したうえで魔法を使いなさい」
「はい。イメージ。イメージ……」
オリヴィアが魔法を放つと、先よりかは遅くなってしまったが、的の中心部にヒットする。偶然かもしれないがうまくできたことにぴょんぴょんと跳ねる。
「まだ喜ばない。このイメージを常に頭の中で描き続けて、より早く、より正確に放つのよ」
「わかりました。えい。やぁ!」
何発か魔法を使うとへとへとになったオリヴィアを見て、シャルロットは彼女がオーバーワークしないように訓練を切り上げさせた。
そんなオリヴィアたちを訓練場の陰から、ヨハネスは見守っていた。
(ここ数日で自主的に訓練しにきたのは彼女くらいだな。貴族は才能に溺れるから嫌いだ)
もし、彼女が一人で非効率的な訓練を続けるつもりであれば、横から口出しするのもやぶさかではなかったが、シャルロットの登場でそれすら必要はなかった。
(オリヴィア君のことは彼女に任せれば、問題ないだろう。必要以上に干渉すれば、生徒と先生の垣根を超えかねん)
ヨハネスは誰も居なくなった訓練場から姿を消し、オリヴィアとの恋愛フラグは露となって消えるのであった。