第5話 初めての授業
朝日が差し込むと同時に目が覚めたシャルロットは、むくりと起きあがる。昨日の立食会でワインを飲みすぎたのか、すこし身体がだるい。
(あのワイン、美味しいのがいけませんのよ……どこで生産しているか聞いておくとしましょう)
手に入れる気マンマンである。
ちなみにお酒は15~16歳くらいから飲む人が多く、昨日の立食会が初めてお酒を飲んだ生徒も少なからずいる。つまり、加減を知らずに飲んだ彼らが今どうなっているかはお察しである。
二日酔いに悩まされながらベッドから降りて、すでに身支度させる準備は万全ですと顔に出ている程、自信に満ち溢れたアンナにその身をゆだねた。
「お嬢様の髪、ほんとうサラサラしててキレイです。いつもの縦ロールから髪型を変えるつもりはないのですか?」
「そうね。今はこのヘアスタイルが貴族間で流行りだけど、私がファッションリーダーになるのも面白いわ」
「はい。いつか、色々な髪型を試しましょう。不精ながらも私もお手伝いさせていただきます」
「ふふ、そうね。まずは貴女の髪型で試させてもらうわ。私、知っているのよ。貴女の髪質、私と同じくらい良いって」
「そ、そんなことありません。私なんか……」
「またそうやって自分を下げる。過信しろとは言わないけど、謙遜が過ぎるのも問題よ」
「は、はい。気を付けます!」
身支度が終わるころには、学生寮から教室に向かうには程良い時間。シャルロットが部屋から出た瞬間、オリヴィアの後ろ姿が見える。最初は話しかけまいと思ったが、オリヴィアの方向音痴は初日で痛感している彼女はオリヴィアに話しかけることを選ぶ。
「ごきげんよう、オリヴィア」
「あっ、おはようございます。シャルロットさん」
「相手が私だったからいいけど、貴族に話しかけられたら、スカートのすそを軽く持ち上げるのが礼儀よ」
「こうですか……」
慣れない手つきでたどたどしくカーテシーを行うオリヴィアをみて、シャルロットは貴族の真似事をしていた幼少期の自分もこんな風に見えていたのだろうかと懐かしく感じていた。
そんな時だ。聞いたことのある、シャルロットにとっては効きたくない高笑いが聞こえたのは。
「あら、しつけの行き届いていないお猿さんかと思いましたら、貴女でしたか」
「レオナ様、おはようございます」
「これはご丁寧に……シャルロットも大変ね。こんな子に貴重な時間を割くなんて」
「ですが、私も同じような時期があったことを思い出しましたわ。なんでも完ぺきにこなせる貴女には幼少期の苦労話などないのでしょうけど」
「つっ……」
レオナの顔が引きつる。レオナの幼少期はレオンハルト、すなわち男性として暮らしていたのだから、あれこれ苦労した話ができないからだ。女装しだした苦労話ならあるかもしれないが、少なくとも女性特有の苦労話ではない。
「今日はこれで失礼しますわ」
やや怒りじみた口調でレオナが立ち去るのを見て、オリヴィアがへなへなと座り込み、あからさまに安堵した様子を浮かべていた。
(まあ、あれだけギスギスしたオーラを放っていたらこうなるわよね)
「オリヴィア、さすがに教室に向かわないとまずいわ。貴女一人きりにさせると、またどこかに行きそうだから、私についてきなさい」
「はい、お願いします。シャルロットさん、いえお姉さま!」
「会って1日の人間にその呼び方はどうかと思うけど、まあ、好きに呼びなさい」
「はい、お姉さま」
シャルロットはオリヴィアがはぐれていないか時折、後ろを振り向くとそこには子猫のようにトコトコと歩いている姿があった。しかも、あちこち見ながら興味が出たら一瞬だけ立ち止まり、また歩き出すあたりも猫っぽい。
そんなオリヴィアを引き連れて、教室で待っていると緑色の髪でメガネをかけた知性的な男性が壇上に立つ。
「私の名はヨハネス・アークライン。君たちの担任と魔法学を教えることになっている。ここには公爵から平民まで幅広い立場の人間が混在している学級だ。それゆえ、私は相手が貴族だろうと平民であろうと同じように扱わせてもらう」
「おいおい、俺たちがこんなゴミみたいな女と同じ扱いなんて真っ平ごめんだぜ」
「だったら君が出ていくと良い。この魔法学園に入学した以上、彼女の学ぶ機会を奪う権利は誰にもない」
「へいへい、わかりましたよ」
口の悪い少年が観念したかのように、わざとらしく両手を上げて降参のポーズをとり、それ以降口を挟まなくなった。そして、ヨハネスに助けてもらったオリヴィアは、目を煌めかせながら彼を見つめている。
「話が脱線してしまったが、今日の午前は君たちの魔法の適性を測らせてもらう。そして、午後からは4人1組のチームに分かれ、軽いオリエンテーションを行う」
「魔法適正など誰でも知っていますわ」
誰かがそうつぶやくのを聞いて、ヨハネスがコホンと喉払いをする。
「確かに貴族ならば、その財力を使って適性試験をするものもいるだろう。だが、子供の適性試験はぶれが大きい。そのとき測った適性と大人になってから測った適性が異なるケースも数少ないこそある。今、一度自分の適性を確認しておくのは有意義だと思うが、違うかね」
誰もがヨハネスの言葉に反論できずに沈黙が流れる。それを了承と受け取った先生は訓練場に出るよう指示し、外へと出ていく。
訓練場に設置された水晶玉は手をかざして、魔力を注ぎ込むと適性によって水晶玉の色が変わる仕組みだ。
火に適性がある者は赤く、水に適性ある者は青くといった具合にだ。複数の属性に適性がある者なら、混ざった色になるか色が交互に切り替わる。
実際、シャルロットがやったときは赤、青、緑、茶と変化していく様子が見れた。そして、オリヴィアが適性試験のため、水晶に魔力を注ぐと他の者とは異なる白い光が放たれる。
「光魔法適正……」
「あんな平民が……?」
「何かの間違いじゃないのか?」
一握りの天才のみが持つといわれる光魔法の存在に、クラスメートたちがざわつく。だが、それをみても動じない、それどころかやはりねといった表情でシャルロットは見ていた。そんな彼女にオリヴィアは子犬のように飛びつく。
「見てくれましたか、私、光魔法の使い手なんです!」
「ええ、見てたわよ。でも、それに驕らないこと。才能に驕った瞬間、それは足かせになるわよ」
「もちろんです!」
「こらそこ、まだ授業中だぞ。私語は慎め」
「すみません」
オリヴィアがしゅんと小さくなるのを見たヨハネスはそれ以上の時間をかけたくないのか、それ以上何も言わずに授業を続ける。
今度の授業は現状の生徒の魔法がどの程度のコントロール技術があるかを見るため、遠く離れた的に魔力弾を放つ練習だ。
「行くぞ!我が炎、眼前の敵を焼き払え、ファイアーボール!」
ヴィンデル卿が得意の火の魔法の1つを放ち、的にヒットさせる。オリヴィアを含む他の生徒がよろよろとした魔力弾を放ったり、早くても的からそれたりしている中で、彼は余力を残しているのが丸見えだ。
(最後はシャルロット嬢か。世にも珍しい四属性は何を見せてくれるか拝見させてもらおう)
シャルロットは値踏みするようなヨハネスの視線を感じつつも、頭の中で自身が得意とする呪文のイメージを想像する。右手で銃の形を作り、発射するイメージを強化。目標に向けて、それを放つ。
「喰らいなさい、サンダーバレット!」
人差し指から放たれた高電圧の弾がビリビリと音を立てながら、的の中心を焦がしながら撃ちぬいていく。その威力の高さに、いくら自分の庇護下にいるオリヴィアにちょっかいをかけにくくするための脅しで使ったとはいえ、ちょっとやりすぎたかもとシャルロットは後悔した。
そして、オリエンテーションの時間になる。内容は校舎の裏で指定された薬草を採りに行くこと。
4人1組ということもあり、お近づきになりたいと思われる魅力的な人間に人気が殺到していく。本来ならば、シャルロットも人気のはずだが、午前中の魔法攻撃で身の丈を知ったこともあり、積極的に仲間になろうとはしない。
そんな中、いかに光魔法の使い手の素質があっても平民ということもあり、ボッチになっていたオリヴィアがシャルロットを見つけ出し、パッと飛びつく。
「お姉さま、一緒に組みましょう」
「まあそうなるとは思っていたわ」
「あら、シャルロットはあたしのものと言ったでしょ」
「レオナさん、これだけは譲れませんよ」
バチバチと火花を散らす二人を見て、シャルロットは朝の二日酔いがぶり返してしまいそうだと感じ始める。
「はいはい、二人とも喧嘩しない」
「おっと、お嬢さん方。俺が入るスペースはあるかな」
「ええ、もちろん。何分、女が多いので貴方がいると心強いですわ、ヴィンデル卿」
「ははは、これで俺のハーレムパーティーだといわれてもおかしくない。それでも、俺が前衛で指揮をとれば、その汚名も晴らすことができるだろう」
「裏山にヴィンデル卿の手を借りるような凶暴な魔物などいませんわ」
「レオナ嬢。女の貴女には分からないかもしれませんが、そういった慢心が兵士を死に追いやるのです。だが、安心してください。俺が来たからにはチーム全員、生きて生還するとここに誓おう!」
「おー!」とオリヴィアが元気よくヴィンデル卿のノリに合わせる。遅れてシャルロットとレオナが恥ずかしそうに、片腕を上げるのであった。
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