第51話 悪役令嬢シャルロット
レオナ、もといレオンハルトが座ると、シャルロットがむすっとした表情で彼を見ていた。普段よりも目つきが悪く、事情を知らない人間が彼女を見れば剣呑な印象を与える。
変な言葉をかけたら、今の彼女はそそくさと帰ってしまうだろう。そう思ったレオンハルトは不発弾の解体作業に挑むような気持ちで、慎重に話しかける言葉を選ぼうとすると、先にシャルロットが話しかけてくる。
「どうして、私をこんなところに呼び出したわけ?」
「ああ……ここのハーブティーは美容によくってね。君にも――」
「コーヒーで良いわ」
「って、人の話を聞いているの!?」
「昨日も言ったけど、そのオカマ口調やめてくれる。煩わしいのよ」
「くっ……」
急に正論を言い始めるシャルロットにぐうの音がでない。
だが、レオナとして初めて出会ったとき、驚きこそされたが口調云々までは言われなかった。そういう意味では彼女の器量の大きさが伺える。
それに対し、記憶の欠損はあれど、今の彼女はどうか。身分だの性別だのに文句をつけるほど、そこらの貴族と同じくらい器が小さい。
(事故で温厚な人が暴力的になるなんて聞いたことあるけど、ここまで変わるものかしら……)
目の前の人物とレオンハルトが知っているシャルロットはもはや別人と言って差し支えないだろう。少し険悪なムードが流れたとき、ウェイターが注文したコーヒーとハーブティーを持ってくる。この嫌な流れを断ち切るためにも、ここでの飲み物の提供は有難かった。
「…………にがっ」
「無理して飲むから……甘党だろう、確か」
「うるさいわね」
シャルロットが苛立ちながら、角砂糖をどかどかと入れる。それだけ入れれば、コーヒーが持つ本来の風味や味がわからなくなりそうだが、何事もなく飲んでいることから、彼女にとってはそれが一番いいのだろう。子供っぽいところを素直に見せる姿にレオンハルトは思わず苦笑する。
「なによ?」
「いや、別に」
「気持ち悪いわね。さっさと要件言いなさいよ」
「……オリヴィアと模擬戦、稽古をつけてほしいんだ」
「却下。なんで私が平民なんかに」
「口で説明するより実践に近い方が学べることが多い。それに、オリヴィアは君に好意を持っている。好きな相手から学んだほうが上達も早いと思ってね」
「したくない」
「おや。それともオリヴィアに負けるのが怖いのかな」
「なんですって!? 取り消しなさいよ、その言葉!」
「してほしいなら、やることはわかっているよ……な」
「分かったわよ。その平民にぎゃふんと言わせればいいんでしょう。いつ、模擬戦をするつもり?」
「そうだな。祝日で休みだから、明日の昼、ラプノス大平原でどうだろうか。細かいルールは後で伝えよう」
「それでいいわ。準備不足で負けたとか言い訳はなしよ」
甘ったるそうなコーヒーを飲みほしたシャルロットが席を立ち、学園へと帰ってしまう。座っていた席にコーヒー代が置かれているあたり、律儀なのか借りを作るつもりはないという意思の表れなのか判断が難しいところだ。
どちらにしろ、目的を果たしたレオンハルトは勘定を済ませ、オリヴィアたちにサインを送った後、わざとらしいが咳をしながら、その場から立ち去った。
「Vサインってことは」
「成功ですわ!」
オリヴィアとマリアンヌはひとまずの成功に喜ぶ。盗聴防止の魔道具のせいで何を話していたかは二人には聞こえなかったが、それでも戦える舞台を用意してくれただけでもありがたいというもの。
「凄いです、レオンハルトさん。今のお姉さまから、了解を得るなんて」
「そりゃあ、この国を支えている公爵家の長男よ。それくらいの交渉なら簡単なんでしょう」
「でも、帰るとき咳をしていましたが、大丈夫でしょうか?」
「う~ん、何の病気かは知らないし、外に出れるくらいには回復していると考えられるけど、顔も少し青白いし、無理してきたのかも。早く治るといいわね」
「はい。もしかすると、指輪に凄い治癒魔法があるかもしれません。もしあれば、それを使ってレオンハルトさんを治しに行きます」
「だと良いわね。私たちも帰りましょう。シャルロット様の対策を考えないと」
「はい、頑張ります」
気合を入れなおしたオリヴィアたちは、夕方頃に戻ってきたレオナと一緒に作戦会議を開くのであった。
約束の時刻に、オリヴィアたちが着くとすでにシャルロットが仁王立ちで待ち構えていた。
「待ちくたびれたわ」
「貴女が先に来ただけでしょう……」
「それはそうとして。風の魔法を中心に戦えばいいのね」
「ええ、そうよ。命に危険のある魔法も禁止だからね」
「分かっているわ。いくら私でもそこまではしない。さあ、来なさい。格の違いってのを教えてやるわ」
「お姉さま……行きます!」
シルフ・フォームに変身したオリヴィアが猛スピードで突っ込んで行く。下手な小細工なしの一点突破だ。
「その程度のスピードに反応しきれないと思って。設置型魔法陣起動。スプレッド・マイン!」
「うわぁ!?」
オリヴィアは突如発生した爆風に吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。
「どうかしら? 昨晩、コツコツ準備しておいた魔法陣は?」
「ずるいです!」
「準備はしておくようにと言ったはずよ、トルネード!」
「うわわわわ!?」
出鼻が挫かれたところに、竜巻が襲い掛かり、巻き込まれないよう必死に逃げ回る。もはや一撃を加えるところではない。
最近手に入れた力ということもあり、慣れない高速移動をしたせいで、足元のくぼみに気づかずつまづいて転ぶ。
「チャンス!エアー・シュート!」
「あ、アトモス・シールド!」
凝固した空気の弾が見えない盾にはじかれ消滅していく。間一髪で防げて安心したのもつかの間、シャルロットが急接近してくる。防御系の魔法を唱えようにも間に合わないほどのスピードと距離だ。
「まず……」
「エアー・ハンマー!」
何倍にも圧縮された空気の塊がオリヴィアのどてっぱらにぶつけられ、大きく吹き飛ぶ。
「どうしたの? もう終わりかしら」
「つ、つよい……」
普段から一緒に居て、その強さをよく知っているオリヴィアでも、ここまで差があるとは思わなかった。
不慣れな力を使っているという理由はある。だが、今持ちうるすべての力を使ったとしても、風縛りのシャルロットに勝てるかと言われても、首を横に振るしかないだろう。
「でも、負けません!」
「ふ~ん、まだあきらめないの。だったら、もういち――」
「待って!魔物がこっちに近づいてきたわ。模擬戦は一時休止」
「ちっ、水を差すなんて無粋な真似をしてきたのはどこの魔物よ」
苛立つシャルロットの前に現れたのは女性の身体に羽の生えた魔物、ハーピィの群れだ。爪からの神経毒で獲物を動けなくさせてから巣へと持ち帰る習性を持ち、男性なら種馬生活に、家畜や女性なら餌に変えられる。
どちらにしても、ハーピィの眼に映る彼女たちはただの獲物に過ぎない。姿が人間に似ていても、意思の疎通などもっての他だ。オリヴィアが少しばかり攻撃を躊躇したのを叱咤するかのようにシャルロットが風の刃でハーピィを斬り裂く。
「人間に似ていようが、あれは魔物。滅ぼす必要があるの」
「は、はい」
ぱっと見は人間と見間違えるようなグロテスクな死体から目をそむきたくなりながらも、それを堪える。毒を使う以上、一撃でも与えればいいハーピィは急降下からの攻撃と離脱を行うヒット&アウェイ戦法でシャルロットたちを追い詰めようとする。
「ちっ、バインドの射程範囲外は鬱陶しいわね」
「上空にいるときは、こちらの攻撃を悠々と回避。カウンター狙いしかないけど、当たったら終わり。なかなか厳しいわ」
「こうなったら、空中戦に持ち込むしかありませんわ」
「やめなさい。それこそハーピィの思うつぼよ。毒を持っている以上、空中で全ての攻撃をかわせるはずがないんだから」
「毒ですか……私、行きます!」
「待ちな……」
シャルロットの制止の声を振り切り、オリヴィアはハーピィの群れの中へと突っ込む。ケタケタと笑いながらハーピィが、彼女を取り囲んでいく。
「エリアル・ブレード展開。スローイング・ブレード!」
手に持った半透明の剣を高速で投げつけて、ハーピィの胸元を貫く。だが、仲間を犠牲にした背後からの攻撃をかわすことができず、斬りつけられてしまう。
ふらふらと飛ぶオリヴィアを見て、勝ったと確信したハーピィは動けないはずの獲物に不用意に近づいていく。
「……引っかかりましたね。私に毒は効かないんです。エリアル・ブレード再展開。スピンブレード!」
再度出現した剣がオリヴィアを中心に回転斬りし、ハーピィを一刀両断する。運よく生き残ったハーピィも、数が減ったこともあり退却していく。
「勝ちました」
「とんだハプニングだわ。気乗りしないから、模擬戦の続きは後日よ」
「わかりました、お姉さま。うわぁ!?」
あの時と同じく突風にあおられ、傷を負っていることもあり、バランスを崩して墜落していくオリヴィアはシャルロットとぶつかる。
「あたたた……大丈夫ですか、お姉さま?」
「大丈夫よ、オリヴィア」
「お姉さま!」
「何よ、急に抱き着いて!?」
シャルロットから名前を呼んでもらったことにオリヴィアは思わず抱き着く。ハーピィから受けた傷で痛みはあるにも関わらず、その顔はものすごくうれしそうである。何が起こったのかイマイチわかっていないシャルロットは彼女をぐいぐいと引き離そうとする。
「レオナ、一体何があったの!?」
「ちょっと悪い夢を見ていたのよ」
「ひとまず一件落着ですわ」
「あとでちゃんと教えなさいよ。って、貴女ケガしているじゃない。手当しに行くわよ」
オリヴィアを背負って、シャルロットは学園へと戻るのであった。
「お嬢様の記憶を取り戻してくれて、ありがとうございます」
「別に構わないわ」
アンナがレオナに礼をする。事情が分かっているとはいえ、彼女が涙を浮かべていることから、このわずかな時間でさえ、心苦しいことがあったと想像するには難くない。アンナが踵を返そうとしたとき、レオナは呼び止める。
「1つ質問しても構わないかしら?」
「構いませんが」
「記憶の無い彼女と話したけど、醜態をついているとはいえ、貴族の常識に当てはめればまだわかる範囲だったわ。今、思えば弱みを見せないようにふるまっていたのだと思うわ」
「それが何か?」
「でもね、あたしが初めて会った時、すでに今の破天荒な性格だったわ。そういう風に教えられたのだろうと思っていたけど、記憶の一部を失ったからとはいえ、そこまで価値観がひっくり返るものかしら?」
「何が言いたいんですか?」
「普通の貴族の価値観を教えられていたにも関わらず、あんな性格になるなら、何が彼女を変えたのか知りたいのよ。貴女、ご存じなくて?」
「……申し訳ありませんが、お答えすることができません」
「そう。知らないのではなく答えられないのね。悔しいけど、安心したわ。でも、辛くなったらアタシにもそのことを話しなさい。アタシは彼女の婚約者なんだから」
「はい。きっとお嬢様もいつかは話すと思います」
「その時を待っているわ」
レオナとアンナはそれぞれの自室へと戻っていく。




