第4話 ゲームキャラとの邂逅
入学式が無事に終わり、シャルロットは食堂で開かれる立食会に参加していた。料理に使われている野菜の鮮やかな色と艶、立ち上る湯気から漂う胃袋に直撃してくる匂い、食べなくても腕の立つ料理人が1流の食材を使ったものであるというのがよくわかる。
シャルロットが横を見ると、アンナが喉を鳴らし料理に釘付けになっている。普通であれば、咎めるべきなのだろうが、シャルロットは家名に傷つけるようなよほどのことをしない限り、アンナが何をしようと咎めるつもりはない。
「食べたいのであれば、食べても構わないのよ」
「よろしいのですか!?」
「ええ。自分の分を従者に取らせている令嬢もいるでしょう。あそこでグレイドル卿と話しているメアリー嬢とか。私の分もとってくれるのであれば、多少つまみ食いしたところで咎めはしません」
「はい!お嬢様の分、取らさせていただきます」
元気よく返事したアンナは、大皿にあれやこれやといろいろな種類の料理を、食欲を失わないようにきれいに盛り付けていく。アンナがとってきた料理からサンドイッチをひとつ食べた後、残りの料理は好きにしては良いわと言い残して、シャルロットはワイングラスを片手に大柄な男性に近づく。
「ヴィンデル卿、ご無沙汰しております」
「おお、これはご丁寧に。シャルロット嬢」
カチンと乾杯し、互いにグラスに注がれたワインを一口飲む。
攻略キャラの一人で伯爵家の長男、ヴィンデル・マウアー卿はこの国の軍備を支えているマウアー家の跡取りで、大人が裸足で逃げたくなるほどの厳しい訓練を幼少期から受けている。
だが、それほどの訓練を受けているにもかかわらず性格がねじ曲がったようなものにならず、包容力のある男性になったのは彼の素養の良さが伺える。
「こうして面と向かって話すのは初めてかな」
「ええ。私が拝見した際は他のご令嬢に囲まれていましたわ」
「ははは、そうだったな。どうだい、あのときのわびとしてここいらで夜の散歩としゃれこむのは?」
「遠慮しておきますわ。話したばかりの男性と二人きりなんて何をされるか分かりませんもの」
「そうか……気分が変わればいつでも言ってくれ。俺はいつでもウェルカムだ!」
(そういえば、オリヴィアはどこかしら? まさかとは思うけど、わずかな距離の移動さえ迷うなんてことないわよね……)
ヴィンデルと別れたシャルロットは、オリヴィアがパーティー会場にいないことに気づく。心の中によぎった不安を解消させるため、アンナに探させようと思った時、グラスがパリーンと割れる音と彼女の悲鳴が聞こえ、慌ててアンナの下に駆け付ける。
そこには、銀髪でメガネをかけた男性がアンナの腕をとり、今にも乱暴なことをしそうなところであった。周りの子息・令嬢は我関せずと遠巻きでひそひそと話をしている。
「放してください」
「お前みたいな奴隷がなんでこんなところにいるんだ!しかも僕らのために用意された食事を食べるなんて、身の程を知れ!」
「あら、アラン卿。私の所有物に何かご不満でも?」
本来のゲームならば、アンナの主になるはずだったアラン・ローヴァインは子爵家の次男だ。奴隷とはいえ侯爵家のしかも公爵家から一目置かれているシャルロットの所有物に口を出すほどの権力は持ち合わせていない。
しかもローヴァイン家の長男の評価は悪くなく、順当に行けば跡取りは彼になるだろう。それゆえのコンプレックスが自分より格下の身分のものに八つ当たり気味に接しているのだろうとアタリをつけていた。
「げっ……」
「その様子だと自己紹介をする必要はないようですわね。今日はめでたい日。ここで事を起こすような真似はしませんわ」
広げていたセンスをバチンと音を立てて、たたむと青ざめていたアランがビクッと委縮する。
「今後、私の者によからぬことをするのであれば、いかようにもお相手いたしますわ。今日は酔った勢いということで見逃してあげますから、私の眼前から消え去ってくれます?」
この問いに選択肢などないと鈍い彼でも理解し、「お、覚えてろぉ!」と三下張りの捨てせりふを吐いて、海上から姿を消した。それとちょうど入れ替わるかのようにオリヴィアがやってくる。
「はぁはぁ、皆さん。移動するのが早いです。また道に迷いました」
「やっぱりね……時間にルーズなのは駄目よ」
「すみません」
「わかればよし。料理は少なくなっているけど、アンナがキープしている分もあるから、一緒に食べ――」
「シャルロット、貴女はいつからそんなに甘くなってしまいましたの?」
「レオ……ナ嬢。彼女は平民です。右も左も分からない彼女に道を教えるのも貴族の役目だと思われますが」
「甘い。はちみつよりも甘いですわ。オリヴィアさん!」
「は、はい!」
レオナのすごみのある発言にオリヴィアが小動物のように震えている。下手な助け船を出しても、こちらに火の粉が降りかかるだけだと理解したシャルロットは主人公とこの悪役令嬢との戦いの行く末を見守ることにした。
「ここにいるのは平民の貴方よりも位の高い者しかいませんわ。そんな彼らを待たせるような行為、失礼と思いませんこと!」
「は、はい……」
「その返事ではまたあなたは同じことを繰り返すだけですわ。やる気が無いのであれば、荷物をたたんで、ママのいるお家に帰ることですわ。オーホホホホ!」
言いたいことをすべて言ったのか、すれ違いざまにシャルロットにウィンクして色目を使ったレオナが会場から出ていく。元気が取り柄のオリヴィアもあれだけきつく言われたせいかしょんぼりとしている。
見知らぬ美女に対しアラン卿のように言い返さなかったシャルロットの様子もあり、周りの貴族の話題はレオナのことで持ち切りになる。
そんな中、ヴィンデル卿がオリヴィアに近づいていく。このままお持ち帰りでもしなさいとシャルロットは心の中で思いながら、ヴィンデル卿の動向を伺う。
「ひどい言われようだったな、オリヴィアさん」
「えっ~と、どなたですか?」
「おっと失敬。俺はヴィンデル・マウアー。名の知れた伯爵家の長男坊なんだが、平民だと知らないのか」
「はい、まったく!」
「う~む、こりゃあ領民との接し方を変えないといけないかもしれんな。ここであったのも何かの縁、夜空を眺めながらの夜の散歩というのは?」
「ぎゅるる~」
オリヴィアが答えるより先に彼女のお腹が答えてしまう。どうやら、彼女のお腹はそんなものより何か食わせろとのことだ。さすがにこれは恥ずかしかったのか、オリヴィアは顔を真っ赤にする。
「ぷっ……アハハハハハ。そうか、お腹も空くわな。よし、俺が食べてみて美味しかったものを取って食べるとしよう。シャルロット嬢も一緒にどうだい? この娘の知り合いなのだろう」
シャルロットも彼の後をついていき、料理を取っていく。適当につまんだ後、仲良く食べているオリヴィアとアンナから少し離れたところで、シャルロットはヴィンデル卿と話す。
「私を平民のおまけ扱いにするとはいい根性がありますわね」
「そりゃあそうさ。俺は美人よりも愛くるしいタイプの方が好みなんでな」
「ならば、さっさと告白すればよろしくて」
「おいおい、それだと俺が権力で無理やり付き合わせたみたいになるだろう。それだと俺の筋が通らない。彼女の方から好かれるように努力するさ」
「男は面倒くさい生き物ですわね」
「男と言えば、シャルロット嬢の婚約者、レオンハルト卿をここ最近、見かけないが、病にでも伏したのか?」
さっき会ったばかりだというのに気づいていないのかとシャルロットはこの男の節穴を気にした。彼女がレオンハルトであることを伝えたとしても笑い話になるだけだと思い、彼の話に合わせることにした。
「まあ……厄介な病ですわね。感染しないのが救いですけど」
「うむ、やはり噂とおりか。もし、いい医者を見つけたら君に連絡しよう」
「それは助かりますわ」
口止め料を払って門前払いするとは口が裂けても言えない。シャルロットは薄笑いしながら、この場をなんとか切り抜けることに成功するのであった。