第3話 悪役令嬢爆誕
大きな病気になることもなく、シャルロットは服の上からわかるほど大きな胸と細いくびれ、はっきりした意思を感じる釣り目の女性にへと成長していた。その付添人であるアンナも外見はたおやかな女性へと変貌していた。
そんな彼女たちが華やかな正門ではなく、うす暗い森が見える裏口にいる。
「ここから主人公が出てくるんですか?」
「ええ、そうよ。主人公ちゃんが魔物に襲われているところを攻略キャラの一人、レオンハルトが助けに来て話が進むのよ」
「でも、レオンハルト卿、あの日以来見かけませんが」
「そうなのよね……表舞台で彼を見た者は誰も居ないのが不気味。一応、まだ婚約者らしいけど、実質形骸化しているようなものだもの」
シャルロットはあの日以来会っていない婚約者のことを考える。あの子供同士のキスで諦めていれば、まだ婚約を解除するはず。だとすれば、まだ自分を諦めていないと考えるのがベストだと。
ここまで放置されていると、ジェラシーなんか感じないから、さっさと主人公ちゃんに手渡したいほどだ。今なら支援金もつけてもいい。
「今、物音が聞こえませんでした?」
「レオンハルト卿はいまだ来ず……仕方ないけど、私たちで彼女を助けるわよ!」
森の奥から、ドタバタと人が走る音と血に飢えた獣の遠吠えが聞こえる。いつでも魔法が撃てるように、シャルロットが魔法陣を空中に待機させておく。
自分たちと同じ制服に身を包んだ茶髪の少女とシルバーウルフの姿が見えた瞬間、魔法陣を起動させる。
「風よ、水よ、炎よ、裁きの雷となりて、敵を撃ちぬけ!ライトニング・ボルテックス!」
シルバーウルフの頭上から雷が落ちていき、丸焦げになるまでその身体を焼いていく。複数の属性魔法を使って、自然現象を再現するには複数の熟練の人間が必要だが、属性魔法を一人で賄えるシャルロットにとっては造作もないことだった。
(主人公ちゃんはアンナに任せれば問題なし。問題はこの後、チュートリアルボスよ)
そして、チュートリアルボスである長いかぎ爪をもったガーゴイルが黒いオーラを身に纏いながら、現れてくる。そのあからさまにおかしい様子から、アンナは主人公の周りにバリアを張る。
「気を付けてください。あの魔物に攻撃が通用しませんでした」
(覚醒した貴女ならともかく、現段階だと特定のタイミングでのカウンターでしかダメージを与えられないという設定だもの。問題はカウンターって現実でもできるのかということよ。チュートリアルではわざわざ赤く発光していたけど、多分無いだろうし)
そして、空中から強襲してくるガーゴイルがするどい爪でシャルロットを斬り裂こうとする。寸でかわしながら、ファイアーボールを叩き込むも全く効いていない様子だ。
「魔法攻撃だとラグがあるから、カウンター攻撃は無理ね。ならば、大地よ、我に従い鋼鉄の剣を渡さん!アースブレイド!」
地面から剣を生成したシャルロットは空中で旋回して再度襲ってくるガーゴイルの動きをよく観察する。自分の前でわざわざその手を大きく振りかぶった瞬間、黒いオーラにわずかな揺らぎが見える。きっとこれがカウンターのチャンスだと判断したシャルロットはその個所を斬り裂いていく。
「GUWAAAAAA!!」
断末魔をあげながら、ガーゴイルが地に落ち、何もなかったかのように消滅していく。シャルロットが辺りを見渡すも魔物が出てくる気配はない。この窮地を切り抜けたことに安堵しながら、主人公に話しかける。
「大丈夫?」
「はい!えっ~と、私と同じ学園の人ですよね」
「そうよ。私はシャルロット・エスカルドよ。同じクラスメート同士シャルロットと呼んで構わないわ」
「私はお嬢様の奴隷のアンナと申します」
「あっ、それはご丁寧に。私はオリヴィアと申します」
ぺこりと頭を下げるしぐさに、どこかペットのような可愛らしさを感じさせる。そのあたりがゲームの世界で男が惚れた要因の一つなのだろうと思わせる。とりあえず、ゲームでは知っているとはいえ、シャルロットは初めて出会った彼女から情報を聞き出すことにした。
「オリヴィアさん、なんで魔物に襲われていたの? そもそもここは裏口よ」
「はは。私、方向音痴なんで必ず寄り道してしまうんですよね。あの黒い魔物、どうしようもないから逃げていたらシャルロットさんに出会えたというわけです!」
「ええ、あれは強いわ。今度、父さまに対策をしてもらいましょう」
「お願いします」
目をきらきらと輝かせながら、シャルロットを尊敬のまなざしで見つめる。このまま彼女との親密度を高めれば、断罪ルートを回避できるのではと思った矢先、黒髪でウェーブのかかった背の高いスレンダーな女性が現れる。
「ふふ、あたしの可愛いシャルロットちゃんがどこに行ったのかしらと思ったら、こんなところで何をしているのかしら」
「え~と、どちら様ですか?」
シャルロットは見覚えのない女性に名前を問いかける。今まで参加したパーティーに彼女がいれば、話の話題になっていただろう。
ほのかに香る甘いにおいがする彼女がシャルロットを抱きかかえ、オリヴィアをギロリとにらめつける。その様子はまるで悪役令嬢。
「あたしを忘れたの~貴女の婚・約・者よ。今はレオナって名乗っているけどね。きゃは」
「「…………」」
2人があまりのことに開いた口がふさがらず、頭がフリーズする。そんな二人をオリヴィアはぼけ~と見つめている。
(落ち着きなさい。クールになるのよ。フリーズしてもクールよ、私。なんて言った!?)
先ほどの女性とゲームに出てくる彼の絵を照らし合わせてみる。女生徒の服を着せ、化粧をし、髪を伸ばせばレオナになるのではないか。もはや別人と化した彼に恐る恐る質問を投げかける。
「なんでそんな恰好をしているのでしょうか?」
「あの日から、アロマの勉強したんだけど。予想以上に奥深い世界だったから、生半可な覚悟はだめだなと思って勉強していたらこうなっちゃいました。テヘッ」
(違う。そうじゃない。努力の方向音痴)
シャルロットの脳内に彼を罵る言葉が泡のように次から次へと浮かび上がりながらも、口には出さずに消えていく。
「そういうわけだから、シャルロットちゃんは渡しません」
「え、え~と、私も初めて出来た(多分)友達です。よくわからない人に渡しません」
大岡引きになっているシャルロットを触らぬ神に祟りなしと言わんばかりで遠くから見ているアンナ。シャルロットは主人公と攻略キャラがなぜか元悪役令嬢の自分を狙う奇妙な関係に深い溜息を吐いた。