第38話 ポーション作り
2年生に進むにあたっての進級試験は筆記試験と実技試験の総合成績で構成されている。
筆記試験の成績が下から数えたほうが早いオリヴィアにとっては、この実技試験の成績次第では留年が決まってしまう。そうなれば、大好きなシャルロットとは疎遠にならざるを得ない。天下分かれ目の天王山と言ってもいいだろう。
ヨハネス先生が皆にポーションの製造方法について書かれているプリントを配布し、説明していく。
「今回の実技試験はファイアー・ポーションと呼ばれるポーションの製造だ。使ったものはいるかもしれないが、作るとなると原料の中には取り扱いの難しい素材が要求される。2年生になれば、このような素材を取り扱う機会が必然と多くなるがゆえに、今回の試験でそれらを作ってもらうことにした」
「先生。原料の中に使ったことがないものがあるんですが」
「いい質問だ。君たちにはこれから2日の猶予を与える。その間に調べるもよし、採取するもよしとする。言わなくともわかると思うが、完成品を購入することは禁止とする」
不安の声がざわめくものの、すでに実技試験は始まっている。真っ先に図書館で本でその取扱いを調べることだった。オリヴィアはたまたま持っていた薬草の本があったので、事なきを得たが、閉館ギリギリになってようやく借りられる者がいたという。
「きれいな水にサラマンダーの尻尾、天空草のエキス……天空草は高山草よりも高い場所に生息しているみたいですから、早く取りにいかないと間に合わないかもしれません。夜の登山は危険ですがやらないと……部分点だけでは留年に待ったなしです!」
いつもなら、シャルロットやレオナと一緒に出掛けるところだが、これは試験。今回ばかりは、彼女たちの力を借りずに、単独で行動することになる。
準備を終えて外に出ると、うす暗くなりつつある空のもと、すでに何人かの生徒たちが出かけていた。考えていることは皆同じらしい。
「あっ、サラマンダー発見。尻尾もらいます。ホーリー・ショット!」
「PIGYAAAA!?」
飛び出てきた赤いトカゲに魔法を命中させ、気絶しているうちにサラマンダーの尻尾をはぎ取り、アイテムポーチの中に入れる。短時間ならば、鮮度を保てるこのポーチは、ハンターだけでなく一般人にとっても生活必需品と言って差し支えのないものだ。
「水はあるから、あとは……」
順調に素材を集めている彼女の様子を茂みの奥からこそこそと、マリアンヌが見ていた。さすがに試験中は取り巻きはいないようだ。
「探索中にトラブルがつきもの。ちょっと崖から転落しても事故扱いですわ」
マリアンヌの目の前には崖近くに生えている薬草をとっているオリヴィアの姿がある。ちょっと後ろから押してやれば、転落するだろうとそっと忍び寄る。さすがに命を取るつもりはないので、風の魔法で落下速度は低下させるが。
「失敗することも考えてあともう少し採っておこうと」
(オホホ、まったく気づいていないですわね。このままぽんっと押して……えっ?)
「「キャー!」」
崖先が崩れ、二人の体が宙に浮く。マリアンヌが慌てながらも魔法を発動しても、落下速度は緩めるが防ぐことはできない。地面にたたきつけられたオリヴィアは回復魔法を放った後、落ちてきた場所を仰ぎ見る。
「高いから登るのは無理。そうなると、回り込むしか……」
「あいたたた……」
「大丈夫ですか、マリアンヌさん。今、治しますね」
「触らないで。失格になりたいの!」
そう、これはあくまでも試験。他人を手助けすれば、他人へのほう助行為とみなされるかもしれない。だが、そんなことは関係ないといわんばかりにオリヴィアはマリアンヌの捻挫を治す。
「私がこのことを言えば、留年ですわよ」
「かまいません。やらないで後悔するよりもやって後悔したほうがずっとマシです」
(なによ、この子。平民の分際で……)
「待ってください」
マリアンヌはイラつきながらも、ずんずんと森の奥へと向かい、オリヴィアもその後を追う。どのみち、山道に戻るためには、道なき道をあるくしか方法はないからだ。
静寂に包まれた真っ暗な夜の森の中、ランタンの明かりを頼りにオリヴィアは少しおびえた様子で進んでいく。その一方で、マリアンヌは時間が経って不安が増してきているが、平民の前で情けない姿を見せないように奮い立たせている。
「いたっ!」
「大丈夫ですか、マリアンヌさん?」
「大丈夫よ。きっとあの枝に引っかかったのね」
ランタンを頭上に掲げると、うっすらと枯れた木の枝がぼんやりと浮かび上がる。進んでいる方角からしてもう少しで山道に出られると思うが、その気配は一向にない。そんなとき、獣の遠吠えが静寂を割り、鳴り響く。その声は次第に大きくなり、その数からして1匹や2匹ではないようだ。
「まずいわね。ここで迎え撃つわ」
「はい。フォーム・チェンジ、ウンディーネ・フォーム!」
赤く光る眼光を持つ2足歩行すう狼、ワーウルフが暗闇からその姿を現す。仲間に獲物の位置を教えるかのように遠吠えをあげると、鋭い爪を向けながら走り出していく。
「まずは足止め。バブルランチャー!」
「WOOOOON!」
「跳んだ!?」
オリヴィアが撃ちだした泡をワーウルフは空高く跳躍することで回避する。そして、腕を振るったことで生じる衝撃波ですかさず攻撃することで、反撃を与えるすきを与えないようにした。衝撃波を受けたオリヴィアが立ち上がると、仲間が来たのかすでに3体に増えている。
「1匹だけでも強いのに……」
「エアカッター!」
風の刃がワーウルフに襲い掛かる。先ほどの泡よりも速い攻撃なため、ワーウルフにかすっているものの致命傷には至っていない。じゃりじゃりと背後から近づいてい来る音に気付いた二人が振り返ると、そこには同じ数だけのワーウルフが差し迫っていた。
「万事休すね……」
「ま、まだです。フラッシュ!」
突如放たれたまばゆい選考に暗闇に慣れているワーウルフは思わず目を瞑る。光が収まると、そこには二人の姿は消えていた。逃げ出した獲物を先に捕まえるか競争するかのように、邪悪な笑みを浮かべたワーウルフたちは駆け出す。
「エアーダッシュしているから、そう簡単には追いつかないけどどうするつもり!?」
「どうしましょう?」
「何も考えてないの? これだから平民は!」
マリアンヌに背負われているオリヴィアは必死で考える。後ろから猛追してくるワーウルフがいるのは音でわかる。彼らには夜でも見通せる目と鋭い嗅覚、そして、土地勘のある森と不利な条件がてんこ盛りだ。
「まずは地の利を減らすことが先決です。ホーリー・ライト、続いてバブルランチャー!」
あたりが昼間のように明るくなり、爆発する泡に触れた周りの木々が次々に倒れていく。回り込もうとしたしたワーウルフがひるんだすきに、運悪く木々に押しつぶされてその命を落とす。
暗闇は取り除かれ、倒れた木々によって通いなれたはずの森は一転し、自慢の俊足を生かせない障害へとなり果てる。潮目が変わったことを感じ取った1頭が身をひるがえして、その場から立ち去る。残り4頭。
そのうち一体が、先ほどと同じく跳躍し、二人の距離を詰めようとする。
「二の舞は受けませんわ。エアスラッシュ!」
あまりにも単調だった動きに合わせて、マリアンヌがワーウルフを一刀両断する。残り3頭がそれぞれ分かれて、正面と左右から攻めようとしたとき、右手に分かれたワーウルフの足元から水の高圧カッターが噴き出てその命を落とす。
「倒した木に目を向けている間に水の球1つを地面に這わせていました。名付けてウォーター・トラップです」
遠隔操作できる最大のメリットを生かした攻撃にワーウルフが後ずさる。数で優位に立っていたはずが、いつの間にやら同等まで減らされていたからだ。さっき逃げたワーウルフのように逃げればよいのだが、彼らのプライドが邪魔したのか、襲い掛かることを選ぶ。
「1on1なら負けませんわ。エアカッター!」
マリアンヌの放った無数の風の刃がワーウルフの足を止めている間、追い打ちの魔法を放つ準備をしていく。
「食らいなさい、エアロブラスト!」
ワーウルフに向かって旋風を引き起こし、その身体を宙に浮かせる。いくら早くても、足が使えないのであれば、格好の的だ。抵抗するように腕をぶんぶんと振り回して衝撃波を放つが、エアスラッシュに引き裂かれ絶命する。
「GARUUUU!」
「ウォーター・カッター!」
最後の一匹になったワーウルフはすべての元凶になったオリヴィアを殺そうと、その手を振り上げる。だが、邪魔な木々を飛び越えたのは失策だった。その場から逃げ出すことができない空中では彼女の高水圧の刃から逃げ出すことができず、その両腕を切り落とされて崩れ落ちる。
せめて噛み殺そうとするも、激高してまっすぐ向かう相手を外すこともなく、胸元を貫かれてしまう。
「ふぅ、なんとかワーウルフ倒しましたわね」
「あとは天空草を採りに行くだけ――」
オリヴィアがそう言いかけたときに気付く。木の上から1頭のワーウルフがいることに。さきほど逃げ出したワーウルフが戻ってきたのかたまたま近くにいたワーウルフかなのかは分からないが、油断しきっているマリアンヌにその鋭い爪の切っ先を向けて、襲い掛かろうとした。
「危ない!」
「えっ?」
「KISHAAAAA!!」
「リヴァイア・レーザー!」
オリヴィアがワーウルフの五体を撃ち抜き、どさっと倒れる音を聞いてマリアンヌは何が起こったのかようやく理解する。
「大丈夫ですか、マリアンヌさん?」
(なんですの……この胸の高まりは?)
手を刺し伸ばしてきたオリヴィアを見て、マリアンヌはどくんどくんと胸の高まりを抑えられずにいた。罵ることもなく、初恋をした少女のような顔で手を握り立ち上がる。
それから、二人は天空草を採るまでの間、一緒にいたのだが、マリアンヌはこの奇妙な気持ちに答えを出せずにいた。




