第2話 未来の婚約者
アンナが私の家に来て、もうすぐ半年が過ぎようとしていた。
もの覚えの早い彼女はメキメキとその頭角を現し、今では私が指示せずとも何をすべきか考えてくれるので大助かりだ。怖いくらいに先読みされるので、少し恐怖を覚え始めるこのごろ。
そして、あと数か月もすれば私はもうすぐ9歳になる。今回は私のわがままを聞くのではなく、父さまがサプライズプレゼントをしようと画策しているらしい。
(おそらくそれがレオンハルトの婚約話よね)
私はため息をついた後、本を読みながらティーカップに手を伸ばし、ゆっくりと紅茶を飲む。そして、気が付く。さきほどまで、そこにティーカップなかったわ。
振り向くと、そこにはニコニコとおかわりどうですかと言わんばかりの笑顔を浮かべているアンナの姿があった。
(私の知らない間に準備万端ですよと言わんばかりだから、気が利くを通り越して怖いのよね)
私のそんな心情を知らずも、私のティーカップに紅茶を注ぐ。子供でも扱えるような初級の水魔法でポットの周りを冷やしているから、私の飲みやすい温度まで冷めてて本当助かるわ。冷めすぎていたら、火の魔法で温め直せばいいもの。
私がティータイムを楽しんでいると、この国では珍しい黒髪の一人の少年が私のところにやってくる。
「シャル。少し早いが、こちらはシャルの婚約者となる――」
「レオンハルト・ヴォーダイムだ。君に名乗るのはこれで2度目かな」
「ええ、以前は2年ほど前だったかしら。パーティー会場でお会いしたかと」
「君のような可憐な子が居れば、話しかけるのは男としての義務というもの。ましてや同年代ならば猶更」
(妙に大人びた雰囲気があるけど本当にこの子、私と同じ8歳児かしら)
私がそう考えていると、父さまが気を利かせて退席し、この場にいるのは私とアンナ、そしてレオンハルトだけになった。むしろ、これは婚約をうまいことなくすチャンスではと私の脳がフル回転し始める。
目指せ、悪役令嬢回避!
「せっかくこうして出会えたも何かのご縁。当家、自慢の庭を案内しましょう」
私は庭の色とりどりの花壇や花迷路などを見せていくが、その辺の造形に詳しくないのかつまらなさそうな態度をとっている。
「花は見るだけでなく香りも楽しむもの。アンナ、香り袋を」
「はい。こちら、当家の花を使用した香り袋となっております」
アンナから2種の香り袋を嗅いでいるが、その違いがさっぱり分からないと顔に出ている。
「どうです、私どもの香り袋は?」
「すまん、さっぱり分からん」
「こちらはあの紫の花を中心にしたもので、心を落ち着かせる効力があります。こちらは白色の花を中心にしたもので、集中力を高めてくれます」
「そうなのか……」
「私が婚約者として相応しいと思う人間は、このわずかな違いを嗅ぎ取り、花を愛でるような精神を持つものですわ。剣を振るい、魔物を打ち倒して手柄を挙げるような男性はもう古いと考えております」
「だが、男としてはそれが普通ではないのか?」
「普通。たしかに便利な言葉ではありますが、普通というものは時代と共に移りゆくもの。今は受け入れられずとも十年先では魔物が居なくなり、それが普通になっているかもしれません」
「君は魔物が居なくなると本気で思っているのか?」
「ええ」
「信じられん。馬鹿げている。だったら、婚約者に相応しいと思った人間が獣人や女性だったとしても、婚約するつもりか」
「相応しいと思うなら、女性でも付き合いましょう。こんな風に」
私は横にいたアンナに口づけをする。女の子同士のキスだから、ノーカンということで。
その様子を見たレオンハルトが顔を真っ赤にする。当然だが、突如キスされたアンナもレオンハルトと同じく真っ赤だ。
その後も色々と話しかけてみたが、オーバーフローを起こした二人ともうんともすんとも動かないでくの坊になっていた。
レオンハルトは馬車で屋敷へと帰宅している最中、執事から話しかけられる。
「四属性魔法適正、通称エレメンタルマスターの少女と出会ったご感想はどうでしたかな」
この世界にある魔法は火、水、風、地の4つの属性と一握りの天才しか扱えない光と闇の属性がある。人は必ず1つの属性を持ち、その属性に見合った魔法を習得するのがルールだ。
だが、ごくまれに複数の属性を持った人間が生まれることがある。今までの文献では3性が限界だと思われてきたが、シャルロットは火・水・風・地の4つの属性が扱える。これを人間の限界値と勝手に定め、エレメンタルマスターの称号を得ている。
エレメンタルマスターが遺伝するとは限らないが、過去に2属性の親から2属性の魔法属性が遺伝したことがあると古い文献に記載されている。ならば、エレメンタルマスターもうまくいけば遺伝するのではと考えている貴族は少なからずいる。
シャルロットの父、ヨハンも信用できない貴族に娘を任せるわけにはいかず、ヴォーダイム家に白羽の矢が立った。
「破天荒だとは聞いていたけど予想以上にすっ飛んでいたよ」
「では諦めると?」
「まさか。あれだけ拒絶されると俺はますます欲しくなる。どんな手を使ってでも彼女を手に入れるさ」
「では必要なものがあれば、何なりとご命令を」
「わかったよ、セバスチャン」
レオンハルトの目には彼女がどのように映ったのか、それは彼自身しか知らない。