第1話 奴隷の少女
私が目を覚ました時、熱は嘘のように収まり、むくりと起き上がった私を見たメイドたちがあたふたとしている。
(こんなにも心配してくれるメイドたちがゲームのモブ? どうでもいい存在? 笑わせてくれるわ)
私はメイドたちに着替えを持ってきてもらえるように指示し、少しの間だけだが一人きりになれた。寝たきり状態が長かったせいか赤ちゃんのようによたよたと歩きながら、姿見を見ると夢の時とは違い、病気でやせ細った自身の姿が映し出される。
(まずは流動食からでもいいから、栄養をつけるところからね。それから……)
私は机の引き出しから三日坊主になってしまった余白の多い日記帳を取り出す。そして、あの夢の出来事をできるだけ詳細に書いていき、問題解決の方法をメイドに着替えさせている間にも頭の中で考えていく。
あの夢で一番、大きい問題は2点。
1 婚約者予定の人間をどうするか。
(関わらないのは無理ね。あのゲームから察するにレオンハルトとの婚約は親が決めたもの。私がどうこうして逃げれるものじゃない)
そのため、私は婚約自体を何とかしてなかったことにするしかないと考える。その方法が思いつければいいのだけど。
2 災厄の獣アビスをどうするか?
倒したのではなく封印されていただけ。しかも封印個所は誰も近寄らない山脈の奥深く。はっきり言って何か無いと行くことすらできない。これは浄化の力がある主人公ちゃんに任せるしかないか。
そう考えると私の出来ることって、侯爵家の権力を使ったとしてもほとんどやることないわね。せいぜい、主人公ちゃんの活躍をアシストするくらいかしら。
彼女と会うまであと8年足らず、サボりがちだった魔法の勉強を真面目にして、体力をつけるしかないわ。
病気が完治してから、数か月がたったある日、お父様に呼び出された私は軽く会釈する。やせ細った身体もようやくハリやツヤが戻り、青かった顔も元の顔色に戻った。これでようやく人前に立つことができるというもの。
そして、親バカの父さまは私の元気そうな姿を見るや否や、抱き着いてくる。
「おお、私の愛しいシャル。私は心配で心配で」
「ええ、私もこうして父さまとまた相まみえることができてうれしゅうございます。父さま、私を呼び出したのはそれだけではないのでしょう」
「もちろんだとも。せっかくの誕生日が台無しになってしまった代わりというのもあれだが、シャルが欲しいものを買ってあげようと思ってな。ほれ、父になんでもいいたまえ」
「……奴隷でも構いません。私専属の召使いを一人。病気になってわかりましたが、私のためだけに働いてくれる召使いが必要だと痛感しましたわ」
「うむ、奴隷……少し早い気もするが、よかろう。市場で気に入ったものがあれば買おうではないか」
父さまに連れてこられた闇の奴隷市場では、仮面をつけてスーツを着た貴族たちが檻に閉じ込められている奴隷たちを値踏みしている。中には希少種のエルフまでもがいる始末だ。
趣味の悪い場所だが、主人を決して裏切られない隷属の首輪をつけられた奴隷は私の手ごまとしては最適だ。
(魔法に優れたエルフか武器の生産に優れたドワーフの男かそれとも……)
私が見ていく中で、ひときわ異彩を放つ赤と青のオッドアイの白髪の少女を見つける。オッドアイは不吉な象徴な上に、血のように赤い眼はたとえ血のつながりがなくとも魔族と同一視され、迫害の対象になっている。
私が気になったのはそれだけではない。あの子もゲームに出てきた攻略対象の女の子だったはずだ。確か百合ルートといって、貴族の男性から寝取り、首輪を外して自由を与えるそんな結末だったはず。
(……まあ、ここで見逃すのも癪に障るわね)
私は指をさして、父さまにこの子を買ってとねだってみる。不吉の象徴のダブルコンボのせいか父さまは非常に驚いた様子でその子を見て、他の子にしないかと勧められるほどだ。それでも折れない私を見て、父さまはしぶしぶといった様子で、奴隷商に金銭の取引を行う。
檻から出された少女は、ロクな食べ物を食べていないのか病気のときの私と同じくらい痩せている。これは料理長のギルガーの腕がなるわね。それにぼろぼろの衣服は私のメイドに似つかわしくないし、何より若干臭う。家に帰ったらやることが山積みね。
久しぶりの日の下、奴隷の少女アンナは新たな主人であるシャルロットの後ろをついていく。母親が死に、引き取られた教会で暮らしていたら盗賊に襲われ、奴隷商に売られ、そして、自分と同年代の見知らぬ貴族の女の子に引き取られた。
教会で読み書きをある程度教えてもらっていたこともあり、奴隷のいく末はわかっているつもりだ。ボロ雑巾のように扱われ、何の生きがいもなく栄養失調で死ぬ。それが私の結末だ。
だが、少女の家に着いた途端、連れてこられたのは何人もの人間が入れる大きなお風呂場。近くに川などが見当たらなかったことから、火と水の魔法を使っているのだろう程よい温度のお湯が獅子の口から流れている。
「あの、これは……」
「召使いたちも使うから、ここのお風呂場は広いのよ。他の貴族にもお風呂場があっても、私の家ほどではないと思うわ」
「そうではなく。私、奴隷ですよ」
「だからなに? 汚いメイドときれいなメイド、どっちがいいって聞かれたら答えは一つでしょう」
「でも、奴隷には人権がなくって……」
「人権が無い人間を人間扱いしてはいけないなんて決められてないわ。第一、私の所有物をどのように扱うなんて私だけが決めること。他の誰にも指図なんて受けるつもりはありませんわ」
「そ、そういうものですか……」
私は自分が知っているはずの基礎知識をひっくり返されたような衝撃を受けた。世界のどこに奴隷を人間扱いする貴族令嬢がいるのかましてや奴隷の背中を洗う様な令嬢など聞いたことが無い。
お風呂から出て、メイド服に着替えていく。さすがに小柄な自分の身体に合ったサイズを用意できなかったのか大分と袖が余っている。だが、さらりとした肌さわりと言い、このふんわり感と言い、少なくとも奴隷に与えるような代物ではないのは確かだ。
そして、着替えた後生まれて初めて食べるまともな食事に泣き崩れた。
「どうしたの!? なにかアタった?」
「お嬢、さすがにそれはねぇぜ。どんな連中が来ても美味しく安全に食べさせるのが俺のモットーだ。わけの分からん食材は使ってねぇよ」
「わ、私……こんなに幸せでいいのかなって」
「まあ、お嬢というか当主が変わり種だ。宮廷料理人を首になって浮浪者になっていた俺を、6歳児のお嬢が『美味しいもの食べたい』と言っただけで連れてくる変人だしな」
「去年は『きれいなお花を見せて』と言ったら、庭のガーデニングに力を入れ始めたわね」
「で、今年の奴隷ってわけ。ここはお人よししかいねぇから、安心して過ごすと良いぜ。俺も王宮の時とは違って俺の作ったメニュー、文句言わずに美味しそうに食うからここは天国だぜ」
「は、はい。このサラダもドレッシングの酸味が効いていて、口の中をさっぱりさせてくれます。それでいてこのお肉との相性がよくて……」
「ははは、ガツガツ食わんでも料理は逃げねぇよ」
笑いながら、ギルガーさんが厨房に戻っていく。この人たちに引き取られてよかったと私は心の底から思う。




