第16話 捜索依頼(前編)
パン職人の朝は早い。鶏が鳴く前に起きたオリヴィアが起き上り、食堂へと向かう。夏休み中、暇を持て余していることもあり、パン作りに励もうとしていた。魔法の勉強? そんなの刹那で忘れている彼女である。
「困ったわ」
「ん~、困りましたね」
食堂のおばちゃんと一緒にアンナが神妙な面持ちで、何か悩んでいる様子であった。何かあったのかと心配しながら、オリヴィアは二人に話しかける。
「どうかしたんですか?」
「オリヴィアちゃん、実は昨日に届くはずの食材がまだ届いてないの」
「まだ食材の備蓄があるとはいえ、夏休み中にここの施設を使いたい学生が結構残っています。しかも、その行商人さんは日用品も取り扱っているとか。最悪、街まで買い出しに行っても構いませんが、高くつきますし……」
「それは一大事です!」
「でしょう。近くの街までは来ているみたいだから、様子を見てくれないかしら」
「分かりました!」
「どれだけの力になれるか分かりませんが、私も同行します」
(オリヴィアさんの方向音痴をなめてはいけないことは承知ですから。私だけでもついておかないと)
アンナの心情も知らず、オリヴィアは能天気に「ありがとうございます」と返事する。残った食材で今日のごはんを作る食堂のおばちゃんを残し、二人は近隣の街まで行商人の様子を見に行くことにした。
快晴の空の下、オリヴィアは元気そうに歩きながら、静かに歩いているアンナに話しかける。
「ところでアンナさんは、どうして食堂に居たんですか?」
「昨晩、お嬢様が『ここのところ、暑い日が続いて食欲ないわ。明日、何か冷たいものを作ってくれない?』と仰ったので、何か作れないかと食堂に来たわけですよ」
「何を作るにしても食材は必要です。足りなかったら、買い出しにいかないといけませんからね」
「そうです。ですから、まだ届いていないというのは非常に困るというわけです」
「行商人さんを探し終えたら、二人でお姉さまのための料理作るのはどうですか?」
「いいですね。お嬢様をあっと言わせましょう」
二人は今日作る料理を何にするかと話していると、目的地の街、キンリーンに着く。
朝方ということもあり、市場では採れたての野菜や近くの漁港から仕入れた魚を販売している。行商人の人が寝泊まりした宿に着くと、従業員からは既に出発した後だと言う。
「おかしいですね」
「昨日の朝に出発したら、昼には着きますよね」
「私たちが荷物を持っていないことを加味しても夕方には着くはずです。となると、何かの事件に巻き込まれた可能性があります」
「大変です。誰か呼ばないと」
「ですが、証拠がないと誰も動きません。もしかすると、行商人の人がとんずらこいているだけなのかもしれませんから」
「だったら、その証拠をみつけ『ぐぅ~』……うぅ、こんなときに」
「とりあえず、私たちがやることは朝食をとることですね」
顔を真っ赤にしたオリヴィアを連れて、近くのレストランへと足を運ぶ。頼んだのはパン、サラダとスープにドリンクがついた安価なセットメニューだ。
ちょっと固めのパンをスープに浸して談笑しながら食べていると、酒を飲んでいるガタイの良いモヒカンの男性数人がわめく。
「おいおい、いつからここは奴隷に餌をやるような場所になったんだ」
「申し訳ございません、お客様。当店はお金さえ支払っていただければ、誰でも美味しいお食事を提供する場でして……」
「ぐへへへ、聞いたか。人間だけでなく奴隷からも金をとるってよ」
「よっぽど金に困っているみたいッスね」
げらげらと笑う男性らに対して、普段温厚なオリヴィアでさえ露骨に嫌そうな表情をしてぷんすかぷんすか怒りだす。
「なんですか、あれ!アンナさんは良い人なのに」
「仕方ないですよ。奴隷は平民より下ですもの。早くしないとスープが冷めますよ」
「だって!」
「気持ちは分かりますが、こらえてください。ここで騒ぎだすとお嬢様まで迷惑がかかります」
「アンナさん……」
渋々と言った表情でオリヴィアは着席し、ぬるくなったスープを飲み干す。先までよりも美味しく感じないのは時間がたったせいだけではないだろう。
居心地が悪くなったこともあり、さっさと朝食を済ませて、行商人の手掛かりを探しに行くのであった。
「と言ったものの、どこから探せばいいのか分かりません」
「まずは聞き込みですね。魔物に襲われたのか盗賊に襲われたのかでも対処は変わりますから」
「わかりました。では最近、魔物か盗賊が出ていないか聞きましょう」
二人は街の人らに話を聞きに行く。聞く対象が偏らないように、老若男女関係なく、オリヴィアは質問を投げかけた。
「盗賊か魔物がでてないかって? 盗賊は知らんが、魔物にしょっちゅう畑を荒らされていて困っているんだ」
「盗みなんて、近所の子供たちが泥棒するくらいしか知らないわ……ああ、その子の親には弁償させましたけどねぇ」
「当ギルドで盗賊の依頼ですか。そうですね……数日前に西の洞窟に数名の男性が出入りしていたという目撃情報はありますが、盗賊の被害は出ておりません。もし、行方不明の行商人の捜索依頼を出す場合は、こちらの書類と報奨金の一部前払いが必要となっております」
こんな感じで聞き込みをした二人は、昼食の際にこれまで集めてきた情報を整理する。
「ギルドの受付のお姉さんが一番マトモな情報でしたけど……」
「とりあえず西の洞窟に行きましょう。そこが盗賊のアジトで、初めての被害が行商人なら、そこにとらわれているのかもしれません」
「はい。それではいざ、西の洞窟に出発!」
元気よく腕をあげて、二人はこの街の西にある洞窟へと向かうのであった。
一方、そのころ、シャルロットはレオナと一緒にテラス席で食事をしていた。
「あっ~ついわね。キンキンに冷えたレモネードを買ってきたけど、すぐ無くなるわ」
「あら、アタシの知っているシャルロットちゃんはもっとシャンとしているけど」
「今年の夏は異常なのよ、レオナ。魔法で自分の周りだけ涼しくしている貴方には分からないと思うけど」
「貴女でも出来るでしょうに」
「面倒なことはアンナに任せたのが仇になったわ。快適な温度にするって意外と難しいのよね」
「そういえば、今日は居ないのね」
「今日は朝から居ないわ。なんでも、オリヴィアと一緒に行商人の様子を見に行くとかで出かけたきりよ」
「大丈夫ですの?」
「オリヴィアだけならともかくアンナが入れば、大丈夫でしょう」
アンナの強さを知らないレオナは懐疑的な表情をしているが、彼女の強さを知っているシャルロットは彼女らの帰還と作ってくれる夕飯に期待を寄せていた。




