第13話 宿での一幕
身体にタオルを巻いた二人は、褐色が薄くついた湯の中へと入っていく。
「透明じゃないお湯って初めて見ました」
「そうね。魔法でもお湯は出せるけど、効能やこういった色合いまでは再現できないもの。自然の恵みよね」
「はい。それになんかにゅるりとした感じです」
「はぁ~、こういうのが肌に良いのよ」
「わかります。これでタマゴ肌ですね」
二人は肩までお湯につかり、これまでの疲れをとるかのようにゆっくりと目を瞑る。
(身体の余分な力が抜けて、ほぐれている気がする。こんなに気持ち良いなら毎日浸かりたいくらいだわ)
(売店でミルク売っていたから、風呂上がりに飲みたいです)
しばらくすると、オリヴィアが普段見せないようなとろけた表情のシャルロットに話しかける。
「やっぱり貴族って美容とか服にお金をかけたりするんですか?」
「私はあまりしないけど、する人はするわよ。効き目があるのかどうかわからない美容の薬はともかく、私が知っている貴族で高い宝石をカラスよけみたいにじゃらじゃら付けたドレスを着ているけど、あれのセンスだけは理解しがたいわ」
「カラスよけって……」
オリヴィアはくすくすと笑いをこらえるので必死だ。もし、この話を貴族の誰かに聞かれたら、大騒ぎになっていただろう。そんな様子にもお構いなくシャルロットは話を続ける。
「なんでも高ければ良いというわけじゃないわ。一本一本は安い花でも花束で渡せば、豪華に見えるわ。要は素材をどう生かすが重要なの」
「なるほど」
「それにしても……そういったことを聞いているってことは好きな人でもいるのかなぁ?」
オリヴィアの顔がほんのりと赤くなっているのは決して温泉のせいだけではないのだろう。ちょっと冗談めいたニヤついた顔でシャルロットが彼女の口から話すのを待つ。
「……いますよ、片思いですけど。でも、その人と私とじゃあ、釣り合わないから」
「何言っているのよ。身分の差なんて、気にすること無いわ。私なんて婚約者に女でも愛してやるわなんて言ったのよ」
「本当ですか!」
「本当の本当よ。当主は兄様らに任せて、私はのんびりと暮らせれば良いもの。結婚相手なんて、私が気にいるような相手なら、父様も反対しないわ」
「はい、頑張ります」
(ヴィンデル卿が貴族、しかもこんな大きな宿を貸し切れるほどの力を持つ……気後れするのも当然よね)
シャルロットが元気になったオリヴィアを見て、間違いなくヴィンデル攻略ルートに向かっていることを確信する。
だが、彼女は安堵した故に気づいていない。先ほどからオリヴィアから熱い視線が注がれていることに。
身体が十分に温まったところで、二人は湯船から出て自分の体を洗う。
「背中と髪、洗いましょうか?」
「お願いするわ」
(やわらかい……それに肌もきめ細かくてキレイ。髪も私なんかよりサラサラしてる。お金をかけていないって言っていたけど、してるよね?)
オリヴィアはシャルロットの背中を洗いながら、貴族の金銭感覚の違いを見せつけられていた。そして、今度はオリヴィアが背中を洗ってもらう番となる。
(見た目よりかは筋肉質ね。パン屋の娘だから、小さいころから手伝っていれば、こうなるのかしら?)
シャルロットは彼女の背中を洗い、髪を洗う。ここに備え付けられているシャンプーは上等な物らしく、くせ毛のある彼女の髪もさらりとした感じとなる。
身体を余すところなく洗ったところで、再度湯船につかるのであった。
温泉から出て、部屋でくつろいでいると夕食の時間になったことをヴィンデル卿が告げにやってくる。
「きっと美味しい料理がいっぱいなんですよ」
「そうね、趣のある宿だもの。上等なものが出てくるはずよ」
そして、部屋に懐石料理が運ばれてくる。一皿一皿は一見、量が少なく見えるが、これ以上多いとしつこかったり、多すぎたりと文句がでないだけの取り分がある。
三人でそれらの料理を味わいながら食べているとき、ヴィンデル卿が話を切り出す。
「ああ、そうだ。二人の足のサイズを教えてくれないか」
「足? また珍しいものを聞くわね?」
「明日は火山にでも登ろうと考えている。体を鍛えている俺ならともかく、女性陣が歩くのはきつい。そこで、魔道具を使って二人の負担を減らそうと思ってな」
「そんなことできるんですか!」
「できるぞ。魔法でも肉体強化の術があるだろう。あれを靴に埋め込んだ魔石で発動させておくんだ。すると、自分は魔法も使っていないのに、身体能力が上がったかのように感じる。軍でも鎧の負担を軽減するのにつかわれている技術だ」
「でないと、全身鎧なんて、着ているだけで体力を消耗するだけよね」
「だな。魔法があるから、城壁も強固になり意味を成す。大砲で崩れる程度なら、ここまで流行りはせんよ」
「そう言われると歴史の時間で習った気がします。父さんが腰痛で悩んでいるから、そういった魔道具が安く手に入れれば良いんですけど」
「まだ庶民には高いわね」
「なら、俺が手配してみよう」
「良いんですか!?」
「それくらいはお安いご用さ。オーダーメイドになるが、夏休みが終わるまでには出来るだろう」
「ありがとうございます、ヴィンデルさん」
惚れている彼女から包み隠すことなく感謝されたことで、恥ずかしくなったのかヴィンデル卿の顔が少し赤くなる。
その様子を見ていたシャルロットはお似合いのカップルになりそうねと思いながら、箸をすすめるのであった。
夕食を食べ終わり、トランプやボードゲームでひとしきり遊んだ後、就寝のためヴィンデル卿は部屋から出ていく。騒いで遊んでいたこともあり、オリヴィアが大あくびする。
「もう寝ましょう。明日、早いみたいだし」
「はい、一緒に寝ましょう」
「……布団、2つあるでしょう。なんで横にくっつけるのよ」
「別に良いじゃないですか」
「まあ、暑苦しくないなら良いけど」
横に居るオリヴィアに構うことなく、シャルロットは布団に入るとすやすやと寝始める。
しばらくしてから、オリヴィアは彼女の飴細工のような金色の長い髪をそっと触れてみる。そして、彼女は決して実らない、でもあの人なら実るかもしれない気持ちを伝える。
「私の好きな人は…………ですよ、お姉さま」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いたそれは、静寂な夜に消えていくのであった。




