第10話 試験終了
「サンダーバレット!」
シャルロットたちが最前線で戦っている中、ゴブリンの勢いに陰りが見え始める。だが、彼女たちは汗を流し、息切れするほど疲労がたまっていた。
いくらクラスの中ではトップクラスの成績を修めている彼女たち(オリヴィア除く)でも、まだ学生なのだ。
「はぁはぁ……いい加減、援軍でも来ないとこっちが危ないわね」
「そうだな。これだけ派手に暴れていれば、ヨハネス先生も気づいてこちらに向かう頃合いだろう。よし、そろそろ引き上げて、防衛ラインを下げ――」
ヴィンデル卿が後退の指示を出そうとしたとき、ドスンドスンとゴブリンとは全く異なる重い足音が近づいてくる。
「オークか?」
「あれは……トロール!」
オークよりも一回り大きい巨人トロールが獲物であるシャルロットたちを見定めていた。そして、こん棒をぶんぶんと振り回しながら近づいてくる。
「あんなものが来たら、前線が崩壊するぞ!やむを得ん。ここで俺たちが時間稼ぎをする」
「レオナ、周りのゴブリンは任せた」
「わかりましたわ。ですが、無理だと悟ったら、急いで逃げること」
「言われなくても……アース・バインド!」
トロールの腕に鎖が巻き付けられるが、ギシギシと音を立て始める。うざったく思ったトロールが力を入れ、その腕の筋肉を膨張させると、鎖が引きちぎられてしまう。だが、わずか数秒も満たないとはいえ、魔法を起動させるには値千金の時間だ。
「私の魔法なら……ホーリー・バスター!」
光魔法の危険性を本能で察知したのかその巨体に見合わぬ動きで、半身分移動する。それでも、武器を持っていない左腕を消し去っていく。
片腕を失ったことで、激昂したトロールは怒り任せにこん棒を振るう。その衝撃で、地面に大きなクレーターが生じ、飛び散った土塊がシャルロットたちに弾丸のごとく降りかかる。
「ぐっ……トロールがあんなに機敏に動けるなんて聞いてないわ」
「まったくだ。トロールはトロールでも上位種のトロルキングに近い個体なのかもしれん」
前衛職として鍛えているヴィンデル卿や彼らよりも後方に下がっていたオリヴィアはまだダメージが少ないが、彼らの補助で中列に立たざるを得ないシャルロットにとっては土塊でも大きなダメージとなっていた。それは彼女から逃げるという選択肢を奪われた瞬間であった。
「お姉さま、私が回復を……」
「ダメよ!貴女の魔力も残りが少ないはず。次の攻撃で使い切るつもりでいなさい」
「でも、それだと私が失敗したら……」
「ヴィンデル卿は間違いなく動けなくなった貴女を負ぶって逃げるでしょうけど、私は死ぬでしょうね。だけど、ここで回復すれば誰も助からない。いい? もし、私が死んでもヴィンデル卿やレオナに頼りなさい。きっと貴女の力になるわ」
「い、嫌です!私、もっとお姉さまと一緒にお話して、魔法の訓練をして、食べたりして過ごしたい」
「だったら、貴女のやるべきことをするのよ。ヴィンデル卿、貴方にはこのままトロールと戦って時間を稼いで!」
「まったく簡単に言うぜ。だが、女の期待に応えられないようじゃあ、男が廃るってもんだ!いくぇ、トロール!うおおおおお!!」
ヴィンデル卿が吠え、炎の刀身でトロールを斬りつけていく。だが、見た目は脂肪の塊に見えるそれは、鋼鉄並みの強度を誇る筋肉であり、その刃が中々通らず、表面に傷をつけるだけである。
(といったもののこっちは岩と戦っている気分なんだがな。早く呪文の準備をしてくれよ)
ヴィンデル卿の内心の焦りを二人に感じさせぬまま、トロールの攻撃を紙一重でかわしつつ攻撃を重ねていく。そして、シャルロットの「下がって!」という声とともに、すぐさま後退する。
「喰らいなさい、アース・バインド!」
「待て、その攻撃は奴に効かん!」
トロールの胴体、両足に鎖が巻き付いていく。先ほどよりも魔力を込めている分きしむ音はするが、切れる気配はない。だが、トロールがニチャリと笑った後、その鎖をブチブチと地面から引き抜いていく。じゃらりじゃらりと音を立てて進むそれは破壊の化身だ。
「言わんこっちゃない」
「良いのよ。これで奴の腕と両足に鉄が巻かれていることが重要なんだから。ライトニング・ボルテックス!」
上空から雷が飛来し、トロールの胴体に直撃する。だが、それすらも肌をこんがりと焼く程度でしかなかった。人間の攻撃を耐えきったことで勝利を確信し、トロールがその足を動かそうとしたとき、異変に気付く。足が動かないことに。
トロールの脚が引っ付き、残された右腕も胴体にくっつこうとする。その力に抗おうとすると、それに精一杯となり、その場から動くことさえままならない。
「鉄に電気を流すと磁石になる。そして、もう片側は電気を流していないただの鉄。鉄と磁石があればどうなるかは子供でも分かりますわ。さしずめ、4属性魔法を使用できる私専用の束縛魔法、マグネティック・バインドとでもつけさせてもらいましょうか」
「それで奴は動きが封じられているというわけか」
「ええ、あとは彼女が決めてくれるはず」
お膳立ては整った。最後を決めるのはやはり、主人公しかいない。
オリヴィアはいつもより集中して、魔法の制御に専念していた。あれだけの巨体を一撃で倒すなら、今の自分の魔力をすべて使わないといけないだろう。それと同時に先のやり取りを思い出す。
(失敗したら、お姉さまが死ぬ……)
見ず知らずの、貴族でもないただの平民の自分を助けてくれた彼女を。
放課後、レオナと一緒に魔法の訓練に付き合ってくれる彼女を。
誰よりもやさしく接して、でもどこか陰のある彼女を失いたくないと思った。
(だから、この一撃は外さない。まずはイメージ)
イメージするのはトロールに攻撃を当てる自分。
(目標を見定める。そして、未来位置に撃つ)
相手がどうやって攻撃をかわすかを想像する。つまり、イメージだ。
魔法の力とはイメージする力。数か月前のオリヴィアなら全くイメージできなかったかもしれないが、死線を潜り抜けたことで少しはイメージできる。
そして、放つ。自分がイメージした未来へと。
オリヴィアの手に収束していく魔力の光を見て、先ほどと同じ、もしくはそれ以上の攻撃が来ると察知したトロールが空高く跳躍する。
「なにっ!?」
「うそでしょ!」
2人が唖然とその行動を見る。油断はしてない。慢心もしていない。だが、トロールが奥の手を隠していたことに気づかなかったのだ。
跳躍し、鎖+自身の体重で術者のオリヴィアを押しつぶそうとしただけだ。このパーティーで唯一、致命傷を与えることができるのは彼女だけなのだから。あとの人間はゆっくりと戦えばいいと思っただろう。
「DROOOOL!!」
勝った!と思いながら、トロールが下を見ると、その顔つきが変わる。オリヴィアの手がすでに空中に向いていたからだ。
「わかっていました。逃げられないならジャンプするって。だから、ここに待ち構えていたんです。ホーリー・バスター!」
白い光がオークの身体を貫き、断末魔を上げながらドサリと地面に堕ちてくる。魔力切れと同時に緊張の糸が切れたこともあり、倒れたオリヴィアをゴブリンを掃討したレオナが支える。
「よくやりましたわね」
「は、はい……」
いつもよりも優し気な口調に、オリヴィアは上ずった声で返事をしてしまう。だが、今のレオナはそれについては気にも留めなかった。やることをきちんとすれば、褒めるのは当たり前なのだ。
「さてと、もう魔物も出てこないみたいだし、帰りましょう」
「そうだな。オリヴィアさん、歩けないようなら俺が背負いましょうか?」
「いえ、大丈夫です。前で戦ってくれたお姉さまやヴィンデルさん、一人でゴブリンと戦っていたレオナさんと比べればこれくらい平気です」
「そうか、これは失礼した。よし、凱旋としゃれこむか!」
万が一のため、まだ多少の余力が残っているヴィンデル卿とレオナを先頭に平原を進む。そこらかしこに魔物のしたいと疲労困憊の生徒の姿がある。そして、ヴィンデル卿に気づいた先生が駆け寄ってくるのはそれから間もなくであった。




