第二話:ダチョウ肉のステーキ3
「なにをしておるか、貴様っ!」
思わず腰の刀に手をかけたが、素浪人はそんな様子がまるで見えていないかのようににこやかな笑顔を向けた。
「駝鳥の肉の鳥わけをしようとおもっているのでござる。そういえばお見かけしたところ駝鳥奉行のかたのようですな。それならば駝鳥肉を食べたこともござろう。拙者残念ながら駝鳥の肉をどうこうしようという知識はござるが、実践の所はからきしでござってな」
そう泰然自若に言いながら大きな手が次々と駝鳥の羽を引っこ抜き、側に控えていた乞食達がそれをひょいひょいと集めていく。
「な……なにを、なにを……」
すっかり役人は素浪人に気を飲まれてヘドモドし始めた。
「いやあ、こんなデカイ羽根は始めて見まさぁ、旦那ぁ」
とこの中の長らしく、ひときわ大きな体格の、前歯の欠けた乞食がにんまりと笑う。
「だろうなあ。ついでだから内臓も持っていけ」
「食えますかねえ?」
「まあ食えるだろう。鳥のワタと区別は無い。多分駝鳥だけに足が速いだろうから今日のうちに中身を洗って煮て食っちまうか、醤油漬け、わさび漬けにしてしまうかしておけ」
「へえい」
「いいか、小まめに内臓を洗うときの水は替えるんだぞ」
「へいへい、旦那あっしら残飯食っても生き延びるんですぜ? 何がヤバいかは判っておりヤスよぅ」
「おおう、それは野暮だった……そういえば味噌漬けにするという手もあるな」
そう言いながらカラカラと素浪人は笑う。
「きさまあっ!」
そこでようやく役人は気合いを入れなおし、今度こそ刀を引き抜いた。
「恐れ多くも上様のお駝鳥さまをなんだと心得おるかぁ!」
「はて?」
振り向いた素浪人の顔からは一切の表情がはげ落ちて、不気味な能面を思わせた。
「もしやお役人は、その上様お声がかりの駱駝牧場から駱駝が逃走したと仰る? そしてその駱駝がこれだと仰る?」
「当然だ馬鹿者!」
その奇怪な雰囲気にまたも飲まれそうになりながら、役人は刀を青眼に構えた。
「お前がいまやっている行為はお狩り場で勝手に猟をするのと同じこと、そこへなおれ! 成敗してくれる!」
「となりますと、お役人は不手際で駱駝を逃し、しかも殺されて羽までむしられてしまったと上役にご報告為されるので?」
素浪人が言い置いて数秒、役人は自分が何を言われ、そして何を口にしたのか、頭の中で整理した。
「う……」
顔色が青くなる。
それは「上様の大事な駝鳥を逃し、しかも通りすがりの素浪人に殺されて羽根までむしられてしまった」無能さを報告するのか、という意味だった。
「さてお役人、これは駝鳥かな? 儂には大きな鶏にしか見えぬのだが」
「に、鶏……」
「左様。道ばたで大きな鶏を見つけ、ちょいと〆て羽根をむしり取り、これから皆で鳥鍋としゃれ込もうと思うておるのだが、どうだろう、お役人「数えまちがえた」駝鳥のことなど忘れて、ここは我らと飲み食いせぬか?」
素浪人の申し出の意味を、役人は理解した。