第8話 光輝く世界で僕は生きる
そこは暗い場所だった。
辺りを見回しても、まったく景色は変わらなかった。
「ッ!」
声を出そうとしても、まったく出なかった。ただ闇がそこには広がっていた。
この景色を始めて見たわけではない。
それに気がついた時にはもう遅かった。
ピトッ
急に背中に何かが落ちた。触ってみるとそれは液体だった。
これは……水……ではないな。水だったらこんなにネバネバしていない。
僕は上を見上げてみた。
「……えっ」
そこには兜が割れ、そこから血が流れている鉄鎧の姿があった。その兜の中は想像もしたくなかった。
「オマエノ」
声は鈍く、そして歪んでいた。だが、明らかにあの男の声だった。
「オマエノセイデエエエエエエエエエエエ」
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「うわあああああああああああああああああ!」
目が覚めると僕はベッドの上にいた。顔が汗でグショグショに濡れていたのがわかった。
部屋の様子を見て、ようやく今のが夢だったことに気づく。
「ほぼ毎日だな」
僕は掛けれているボロボロのジャージを見た。さすがにあの出来事だけは夢にはしてくれないらしい。
当然のことである。僕の犯した罪は決して無くせるものではない。
僕は背負っていかなければならないのだ。
カーテンの隙間から漏れる日差しは、今が朝であることを伝える。 僕はベッドから立ち上がり、執事服を着る。
鏡で改めて確認すると何か緊張感というものを感じる。
「よしっ。行こう」
そして、自分の部屋を後にする。
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異世界にやってきてから、一週間が経過していた。さすがに館の構造は理解できてきた。
まだ、外の雨は止まず、少しの光だけが感じられた。
僕は洗面所で顔を洗うと、キッチンへ向かう。途中のエントランスに何か人の気配を感じた。
――また、クロエさんが来たのだろうか――
エントランスをのぞいてみると、そこには謎の男がいた。
その人は黒いフードを被っていたため、顔はよく見えなかった。だが、何かとてつもない威圧感を感じた。
「あの。どちら様でしょうか?」
「なるほど。お前がサクラザカか」
男は僕の名を言う。名前を知っていることに疑問を持った。
「どうしてあなたが僕の名前を?」
「お前のことはクロエから聞いている。確か、よく泣くらしいな」
いや、別によく泣くわけではない。確かに珍しく感傷的になってしまったが。……あの人、どういう伝え方してるんだ。
男はフードを取り、顔を見せる。鷹のように鋭い目つきと逆立った金髪が印象的だった。
「俺はライリー。ただの放浪人だ。確か……お前は強くなりたいんだってな。見る限りは貧弱だし、どうすればいいか、わかっていない……というところか」
正直、僕は確かに力が強くなりたいのだが、まだ不安なこともある。それは、重要な場面で決心がつかない時があることだ。
例えば、あの騎士との戦いで目を眩ませていた時、僕がちゃんと殺していれば、お嬢様に責任を負わせることにはならなかったはずだ。
きっと、ライリーさんは、やらなければいけない時、ちゃんと相手を殺す強さを持っている。
僕も戦いが強くなると同時に、心も強くなりたいと思った。
「ライリーさん」
「……どうした?」
「僕に強さというのを教えてくれませんか?」
その時だった。
「……えっ」
不意に腹の辺りに何かが向かってきた。
「がはっ!」
ライリーさんの蹴りが僕の腹に直撃する。あまりの痛みに悶絶しながら、床に座り込む。
「……そういうところだぞ。サクラザカ。……そういう一瞬の判断力というものが戦いにおいては重要になってくる」
すると、彼は僕の頭をつかみ、続けて言う。
「さっき強さを教えると言ったな。……当たり前だ。そのためにここにいる。クロエの頼みだし、俺の意思でもある」
二人の関係を知らないからか、あまりよくわからなかった。
「とにかく、俺にとって都合がいい。だからお前を強くして……全力で利用するってだけだ。もしも、お前が使えないゴミだったら……」
ライリーさんは突然目の前の床に剣を突きつける。
「すぐに斬りコロして他の人間を連れてくる。……いいな?」
「…………」
なんだろう。この恐ろしい人は。
なんていうか、さっきから殺気しか感じられないんだけれども……本当にこの人は大丈夫な人なのだろうか。
「……まあ、基礎的なところから始めていくか」
ライリーさんは背負っている荷物入れから布を取り出す。
「まずは、魔素探知から始める」
「魔素探知……ですか?」
「そうだ。これが魔法の基本になる」
魔法の基本……。てっ、ちょっと待て。
「僕に魔法が使えるんですか?」
「ああ。少しぐらいは使えるだろ」
てっきりクロエさんには、まったく使えないと言われていたので、もう魔法を使う機会など無いと思っていた。
「この布で目を隠せ」
「はあ……わかりました」
意図はわからないが、自分の目に布を当て、後ろで結ぶ。視界が真っ暗になったので、今朝の夢を思い出したが、考えないようにした。
すると、ライリーさんは声を出す。
「いいか。自分の中にある力を想像しろ。それを光だと思え」
「自分の……力……光……思う……」
僕の中から熱い何かを感じる。それを光だと考える。
「次に、周りにもその光がある。お前はその光を今、音で認識している」
「光を……音で……認識……」
なんだか、非常に曖昧な表現な気がした。
しかし、その光が周りにどんどん繋がっていくのを感じる。まるで、それは僕が空間を感じ取っているようだった。
なぜ、突然こんな感覚が芽生えたのだろうか。
「そのまま目隠しを取れ」
言われる通りに目隠しを取る。まだ焦点があわないからか、視界はボヤけていた。
やがて、目のピントが合っていく。
「…………これって。何ですか?」
辺りには光の粒子が散らばっていた。様々な色を発し、触れると暖かい感触がした。
「これが魔素だ。魔素は常に光を放ち、俺たちの周りにある。魔素の種類によっては違う光を放つ」
「綺麗ですね」
魔素の光はまるでイルミネーションのようだった。
「俺もこれを初めて見た時は、すごく美しいと感じたよ。ただ、これとは違い、醜い物もいろいろと見てきた。世界は都合のいいことばかりじゃない。時には誰かを守りたいなら、誰かを見捨てなければならない時もある。そのことはわかるな?」
「…………はい」
「それならいい」
僕はあの騎士のことを思い出す。そう考えると結果的に僕は正しいことをしたのだろう。だが、決して良い気分にはなれなかった。
やがて、その光は消えていった。
「魔素探知は次に来る時までに使えるようにしておけ。それができないと話にならないからな」
「はい。必ず使えるようにしておきます」
ライリーは館の外へ行った。
僕はキッチンへ向かいながら、早速、魔素探知を使ってみた。イメージするのが少し大変だが、できないことでも無かった。
周りに広がる魔素はまるで僕を守ってくれているようだった。そのことは、僕にまた違う世界を見せたかのようだった。
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ライリーは門までの道を歩く。門の前に傘をさした人がいるのに気づく。
「よう。クロエか。集会所はいいのか?」
「こっちの方が心配だしね。ちゃんと教えられたのかな?」
「まあな。とりあえず、あいつには素質がある。感情が豊かだからか、魔素探知もすぐにこなした」
すると、ライリーはクロエにあることを聞いた。
「あの少年は純粋な人間なんだよな?」
「うん。そうだよー」
「いや。それは違う」
ライリーはすぐにそれを否定する。
「あいつは魔素探知をしっかりと使えた。しかし、もしあいつが純粋な人間ならば、魔素を見ることすらできないからな」
「そうだねえ。正確に言うと純粋な人間だっただね」
「どういうことだ?」
クロエは話し続ける。
「彼はアリアちゃんに血を吸われたんだよ」
「なんだと!」
ライリーは驚いた表情を見せる。
「たぶん、アリアちゃん自身も知らないことなんだけどね。吸血鬼に血を吸われた者は同じく吸血鬼になるんだよ。つまり彼の肉体は吸血鬼に近づいているんだ」
「……あいつはどうなるんだ?」
「このまま生活する分には影響は無いよ。あるとしたら、ちょっと日焼けしやすくなるぐらいかな」
ただクロエは最後に付け足す。
「でも、強くなりたいなら、むしろ良いことなんじゃないかな。彼がそれを望んでいるかはわからないけど。……要は彼次第なんだよ」
「……そうか。だが……あいつと同じ目には合わせたくないんだよ」
雨はやがて、強さを増して降り続ける。
「……ねえ。ライリー君やい」
「どうした? 突然」
「君は……彼が間違った道へ進んだら、本当に殺せる?」
ライリーは何も答えなかった。
「……そうなんだ。ねえ、ライリー」
「なんだ?」
「月が綺麗だねえ」
「……は?」
彼女がそう言うと、彼は……。
「月なんて見えないだろう。曇ってるどころか、雨も降ってるし……」
「……ちょっとした言い換えだよ。どう受け取ったかは君に任せる」
クロエはその後は何も言わずに空を見つめる。そんな彼女にライリーは言う。
「……明日は、晴れるといいな」