第25話 何だって捨てられる
「……メルメル」
その名前を呼ぶだけでも、心が豊かになった。
その少女の笑顔を見るだけで、俺も笑顔になれた。
そいつと手を繋いでいくだけで、世界が明るく見えた。
「だから……」
タクトは目の前にいるサクラザカに言う。
「ここでお前を殺して、俺の守りたいものを守る。ただ……それだけだ」
「……僕も……同じです」
サクラザカは、じっとタクトを見つめながら言う。
「人は、何かを守るために戦っている。みんな同じ。だから……強い方で決める。それしか、解決のしようが無い悲しい生き物だから……」
そして、彼は自分の持つ剣に手をかける。
「だから……ここで決めましょう」
「ああ。わかっている」
瞬間。
二人は真ん中で激突する。風圧が周りの砂ぼこりを激しく飛ばす。
サクラザカの剣をタクトがつかみ、押さえていた。
「…………」
サクラザカは無言でタクトに向かって蹴りを向かわせる。しかし、それを予測し、その剣を離して、距離を取る。
同時に、サクラザカに向かって小石を蹴る。その小石をサクラザカは斬って跳ね返し、タクトに向かう。
「……っ!!」
サクラザカはタクトと共に浮かび上がるのに気づく。
どうやら、地面の石板にタクトの能力が与えられているようだった。
そして、タクトの蹴りがサクラザカを弾き飛ばした。空高くまで飛んだ石板からサクラザカは落とされる。
がぶりっ!
サクラザカは自らの左手に噛みつく。すると、その背中から黒い翼を羽ばたかせる。
同時に翼が夕日により、赤く燃え上がるが、飛ぶのには大して影響が無かった。
「……まだだぜ!」
タクトはその浮いた石板を、今度はサクラザカの方に向かわせる。
「……くっ」
氷の剣を白く発光させ、石板を叩き折る。
そして、翼を広げ、タクトに向かう。
だが……。
「言っとくが……能力だけが俺の特技じゃねえんだぜ」
「……!?」
タクトは拳銃を取り出し、サクラザカに撃ち込む。
「……うぐっ!」
サクラザカの肩にその弾丸が食い込む。
そんな彼をタクトは見上げる。
「悪いな。苦手なことをそのままにしておくほど……俺は怠け者じゃないんだ」
「まだだ!」
「……っ!」
サクラザカは剣をタクトに突き立てたまま、落ちていく。
「くそっ!」
タクトは自らの肉体に能力をかけ、避けようとする。
しかし……。
バシュンっ!
「なっ……」
タクトの脚が魔素で作られたロープに捕まる。魔法を発動するほど、サクラザカに余裕は無かったはずだった。
……よく見ると、それは地面の方から伸びていた。
「まさか……」
カゲロウが意識を取り戻し、それを作っていたのだ。
「お前!!」
「さっきやられた分、思いっきり受けるがいいぜ。もっとも……お釣が出ちまうかもしれねえがな……」
瞬間。
サクラザカの剣がタクトの腹に突き刺さる。
「うがあああああああああああああああああああああ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
タクトを貫いたサクラザカは、彗星のごとく加速する。そして、地面に落ち、激しくひび割れを起こした。
「がはっ……」
サクラザカは地面に達するやいなや、弾き飛ばされ、地面に倒れる。そして、そのまま意識を失った。
「サクラザカ!」
地面に戻ってきたサクラザカのそばにカゲロウは向かう。
「……大丈夫だ。まだ生きてる」
とはいえ、体の損傷は激しかった。しかも、太陽の光をじかに浴びたことで吸血鬼としての力も弱っていた。
「だが、もうじき日が沈む。そうすれば、すぐに回復できるはずだ」
ふと、カゲロウはタクトの方を見る。
タクトは真っ白に輝く氷の剣ごと地面に固定されていた。
「がっ……はあっ……」
血を吐き出すタクト。その姿を見て、カゲロウはタクトがもう戦えないことを察した。
それでも、タクトは突き刺さった剣を抜こうとする。
「……やめろ。もう勝負はついている。お前はもう戦えない」
「いいや、まだだ。まだ俺にはメルメルを守るっていう使命がある。それを達成しない限りは戦う! そうしねえと、あの世にいるグロウブに顔向けできねえからな」
「……自分で殺しておいて……何を……」
カゲロウには理解できなかった。
誰かを殺してまで、誰かを救いたいなど。
「…………」
だが、カゲロウ自身も今までそれをやってきていたことに気づく。
だから……タクトに強く反対することなどできなかった。
「なあ……頼むから、もう戦わないでくれ。そうしなければ、お前は……」
カゲロウにはただ願うことしかできなかった。
だが、その言葉に対して、形相を変えて返答する。
「無理に……」
タクトはその剣を抜き、地面に投げ捨てる。
「決まってるだろ!」
「さすがですねえ」
突然だった。
タクトの目の前に、その男が現れたのは。
「……なっ!」
そいつは、真っ白な髪で常に醜い笑顔を浮かべている男だった。
思わずタクトはそいつから離れようとする。しかし、体力の消耗が激しいのか、うまく立ち上がることができなかった。
そんなタクトの様子を見て、男は言う。
「そこまで警戒しなくても、いいんですよ。私はあなたの敵ではない」
「なん……だと……」
「そうですねえ。証拠を見せてあげましょう」
男はカゲロウの方を指差す。その指からは光が発した。
すると、その光は光線となり、カゲロウの方へ向かう。
「くっ!」
必死にシールドを展開し、防御するが、体を吹き飛ばされる。
そんな中、男はタクトに話し続ける。
「どうですか? これでも信用してもらえないですかねえ」
「ああ。信用できないね」
タクトは男をにらみつけ、言う。
「だいたい……お前は俺と同じように、最初からサクラザカたちを殺すために近づいてきたんだろ? 俺と同じ目的だから……協力しようとしている。だから、決して俺とお前は味方じゃない。違うか?」
「……そうですか。少し残念です。あなたのその死にかけの体を、新しいものへと変えることができるのに……」
「……どういうことだ?」
タクトが聞き返すと、男はさらに笑みを強めて言う。
「人間を亜人に変える薬……というのを私は持っていまして……どうです? 興味がありませんか?」
「……人間を……亜人に変える?」
タクトはしばらく考え込み、その男に言う。
「もしも、亜人になれたら、俺の体はより特殊能力を受けて大丈夫なものになるのか?」
「ええ。もちろんです」
男は液体の入ったちいさな瓶を見せる。
「どうです? 寿命の半分を私にくれるなら……これをあなたに譲ってもいいですよ」
「寿命の……半分……」
すると、タクトは男に対して、嘲笑うかのような笑みを返す。
「上等じゃねえか。それで妹を助けられるなら……」
男からその薬品を奪い取る。
「俺は人間だってやめてやる!」
そして、その液体を飲み干した。




