第23話 止まった心
俺は両親が亜人だった。
彼らは鱗が体に張りついていて、日々それを隠す努力をしながら生活をしていた。
それでも……やはり周囲にバレてしまうことが多々あった。
「お前の母ちゃん、化け物なんだろ!」
そう言われることが何度もあった。
「じゃあ、お前も化け物なんだな」
おそらく亜人のことを化け物と言っているのだろう。そういう差別は少なくない。
しかし、両親が亜人なのに対して、俺はほとんど人間だった。それにも関わらず、化け物と言われることが何度もあった。
ろくな魔法も使えなかった。本当に昔の俺は貧弱だった。
「……それでいいんだよ。タクト」
父親はこんなにも才能の無い俺に優しく接してくれた。いつも、両親を頼るしか脳の無い俺に……。
「ごめんよ、タクト。いつも、父さんや母さんのせいで迷惑をかけて……」
「……父ちゃんも母ちゃんも悪くないのに……なんで俺に謝るんだ?」
「……いいや、違うよ。今の帝国に従っている時点で……」
それを言うのをためらい、俺に笑みを向けごまかす。
「なあ、タクト」
「……?」
「……今度、お前に妹ができるって言ったよな」
「ああ」
父は悲しみを隠し、澄んだ声で言う。
「……その子は……まだ何の罪もないんだ。だから……守ってやってくれないかい。その子を……」
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「…………」
目の前に緑の髪を持つ男がいた。彼は俺の両親を斬った剣をずっと握り締めていた。
俺がその男に文句を言うと、そいつはなぜか俺を殺すのをやめた。
そいつを情けない人間だと思った。俺のような子どもに文句を言われるだけで信念を貫けないような人間だったからだ……。
そんな人間を殺したいとも思わなかった。
「…………」
守りたい人だけでなく……守ると約束した人さえも、結果として守れなかった。
死ぬほど悔しかった。文句を言った時に、噛み締めた唇から血が流れ出ていた。
「……ふざけんな」
……拳を固く握る。
この理不尽な出来事にどうも納得できなかった。
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それから数年の時が経ち、俺は財団に入った。
やがて、任務に取り組むと、自分には『物体を移動させる能力』という強力な力があることに気づいた。
この力を駆使し、さらに多くの任務に取りかかった。
そんなある日……とある孤児院で違法な奴隷の取引が行われているということを聞き、それを確かめる仕事が入った。
「……ずいぶん、廃れてやがんな」
てっきり奴隷の取引をしていると聞いていたので、もっと裕福な暮らしでもしていると思っていた。
「……まあ、すぐに済ませるか」
俺は建物の扉を蹴り飛ばし、中に入る。
「……うっ」
異臭がし、思わず声をもらす。
少し建物の奥に進むと、壁が血で汚れていた。
「だいぶ、ガキどもへの扱いがひでえみてえだな」
さらに奥の部屋に進むと、そこには天井が無かった。そして、血まみれで倒れている男と……。
「……あ?」
帽子を被った子どもがいた。
――なんだ。このガキ……――
再度、血まみれの男を確認する。その男は狙撃銃や散乱銃で撃たれ、ナイフのような刃物でめった刺しにされて絶命していた。
おそらく、銃で撃たれても死ななかった様子から、この男もなんらかの亜人であったと推測できる。
それにも関わらず、手も足も出ずに殺された……といったところか。
「おい。糞ガキ」
「…………」
「おい……」
「……すぴー……すぴー」
「…………」
どうやら、寝ているようだった。
「おい」
バヂンっ。
しかし、関係なく俺はそいつにデコピンを食らわせる。
「……んあ。……だれ?」
「おい、てめえ。聞きたいことがある」
寝ぼけながらも、そいつは顔を上げる。そいつは人間の少女だった。
まだ幼いというのに、死体のそばで居眠りとは……だいぶ図太いやつだ。
「ここで何があった? 知ってることは全部話せ」
「……知ってる……こと?」
「ああ。そうだな……。まずは、この男を殺したやつを教えろ」
少女は首を傾げ、ゆっくりと、のんびりとした口調で言う。
「私」
「…………は?」
一瞬、少女の言っていることが理解できなかった。
「おいおい。いくらなんでも、ついていい嘘と悪い嘘が……」
少女はじっとこちらを見つめていた。なぜか、その瞳は嘘をついていないように思えた。
「……お前……」
「私……ここで生まれた。ずっと……この男に従ってきた」
よく見ると、その少女の手は……。
「でも……そいつは裏切った。だから……殺した」
べっとりと真っ赤な血で染まっていた。
「っ!?」
それを見て、焦った俺はそいつから距離を取る。
「……? どうして、逃げるの?」
「おいおい。人殺しを相手にして、逃げずに近づくほど、お兄さんはお人好しじゃねえんだよ」
――しかしまあ、どうしたものか――
目の前の異常者をどう対処するか……。場合によっては、殺すのも……。
「そう……なんだ」
「あ?」
「あなたは……優しいね」
「何を言っているんだ?」
「こんな状況でも、私を殺さない選択肢を選ぼうとしている。……違う?」
「…………」
なんだろうか。このクソガキは……。
「……さあな。そんな優しい人間に見えるのか?」
「うん。見える」
「…………」
少女は自信満々に断言する。
そして、男の死体を見て言う。
「……こいつは……常に私を殺す選択肢を……頭に入れていた。いくらこいつの思考……場合分け……しても……私の命を優先するっていう……選択肢……無かった」
「……あ?」
「でも……あなたは違う。常に……誰かを助けようとする……優しい人」
それだけ言うと、少女は隠し持っていた数本のナイフや拳銃をその場に落とす。
そして、手を広げ、自分が無害だとアピールする。
「だから……いいよ。殺して」
「……は?」
少女の突然の言葉に、俺は理解が追いつかなかった。
「……おい。どういう文脈でそういうことになる?」
「私……人を殺した。だから、死ななくちゃ……いけない。それに、あなたのような……優しい人は生きなくちゃ……いけない。だから、ここで殺されるのは……私」
「いや……」
意味がわからなかった。
こいつの思考の中では、殺すか殺されるかしかないのか……。
「……ん?」
不意に俺の頭の中で、何かがひらめく。
突拍子の無い謎の考えだった。
――ここに、こいつ以外の……子どもがいない?――
「まさか……」
その直後だった。
ドゴオオオオンっ!
「……っ!?」
突然、空から大量の光線が降り注いでくる。
その光線を見つめ、少女はただ自分にそれが落ちてくるのを待っていた。
「……お前っ!?」
「えっ」
俺はそいつを抱え、建物の陰に飛び込む。
「おい! 死にてえのか!?」
「……!? ……!???」
少女は困惑している様子だった。
そんな少女が落ち着くのを待っているほど、俺に余裕は無かった。おそらく今の攻撃は大量の魔素吸収レベルを要する。並みの魔法使いじゃ扱えないものだった。
「お前はここで待ってろ」
「……なんで?」
「あ?」
「……なんで助けたの? 私、ここで死ななくちゃいけないのに」
「知るかよ。てめえの価値観なんか……」
俺は少女の頭をつかむ。そして、力を込める。
「あっ……いたたたたたたたたたた」
「おう。もう寝ぼけてねえよな? あ?」
「……お兄さん……チンピラみたい……」
「みたいじゃねえよ。チンピラだ。馬鹿」
「……?」
少女から手を離し、背中を向ける。
「てめえの価値観なんか知らねえよ。ただなあ……」
俺は口を噛み締め、言う。
「俺が嫌なんだよ。目の前で人が死ぬのは……。だから、お前は死なせねえ。かといって、俺も死なねえ。二人で生き残るんだよ。糞が」
「……二人で……生き残る?」
「ああ。だから、とっとと走る準備をしろ」
少女は動揺しながらも、俺の言うことを聞こうとする。
「……いいか。俺が敵を封じている間に、てめえは建物から遠くに逃げろ。わかったな」
少女はコクリと頷く。
「よし。いい子だ」
そして、俺はさらに落ちてくる光線をにらみつけながら、笑みを浮かべる。
「さあ。逃亡劇の始まりだ!」




