第22話 彼の脆く強固な絆
「……?」
サクラザカは少女の言っていることがわからなかった。
「……それはどういう」
とっさに、サクラザカは近くから何かが向かってくることに気づく。
「……!」
それは小石だった。タクトが蹴り飛ばした小石だった。
その小石をサクラザカは避ける。しかし……。
バシュっ!
「……っ」
避けたはずの小石が再びサクラザカのもとにやってきて、その肩を傷つける。
「……まさか」
特殊能力。
それは純粋な人間であるほど、強い能力になる。
しかし、タクトは人間に近い肉体を持つ。そんな彼の能力を打ち消せる能力の方が少ないはずだった。
「タクトさんよりも、この子どもの方が純粋な人間に近いのか。……だから、この子の特殊能力の方が優先されるのか」
そして、それに対して、ようやくこの二人の組み合わせの強さを理解する。
「この二人は……遠距離と近距離の違いで能力を分けていると思っていた」
だから、サクラザカはメルメルと近距離で戦うならば、勝算があると考えた。
「だが、違う。この人たちは技の威力と、それを精密にする力で分けていたんだ」
サクラザカは距離を取ろうとする。
しかし、さらにそこに小石が向かってくる。
「……くっ!」
タクトの能力だけならまだしも、メルメルが持つその向きを複雑にする能力が絡んでくるため、その攻撃を避けるのはより難度の高いものになっていた。
「メルメル!」
タクトはメルメルに向かって叫ぶ。
「俺が行くまで堪えろよ!」
「りょーかい」
メルメルはそう言うと、よりいっそう意識を集中させる。
「……しーた……よんぶんのさん……π」
次々と小石がサクラザカに向かってくる。それらは少しずつ、サクラザカの体を傷つける。
「避ける暇が無いですね。これは……」
サクラザカも覚悟を決める。
「ならば!」
地面を蹴り、メルメルの方に近づく。
そして、光の剣を握りしめ、それを振るう。
「はあ!」
「…………」
しかし、その剣筋をメルメルは読んでいた。
ガキっ! ゴギっ! バギっ!
三連続で振った剣だったが、メルメルはそれらをすべて弾き返す。
「……うぐっ!」
そして、先ほどグロウブにつけられた腹の傷に剣を刺し込む。冷静な瞳でサクラザカを見つめる。
「……さよなら」
「!!」
その剣はサクラザカの体を再び二つに分けた。彼の上半身が空中に弾き飛んだ。
そのサクラザカの体は地面から離れたことで、空に落ちていく。
サクラザカの手は小さく緑色に発光していた。
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「……終わった。兄さん……」
空に浮かぶサクラザカを見上げ、メルメルは呟く。
「……やっぱり、私達は……二人で最強」
こちらにやってくるタクトを見て、メルメルは安心する。
「……あとは……兄さんが来るだけ。宙に浮いちゃえば……兄さんの能力で……」
「メルメル!」
叫ぶタクトの表情はなぜか余裕の無いものだった。
「……?」
そんなタクトを見て、メルメルは首を傾げる。
メルメルにその答えを示したのは意外な人物だった。
「こんなにうまくいくとは……思いませんでしたよ」
「……えっ」
空から見下ろすサクラザカは無表情だが、その黒い瞳には何か奇妙な意図が感じられた。
「……僕は……あなたたちの能力を見くびっていた。まさか、これほどまで連携の取れた能力だったなんて」
「メルメル!」
同時にタクトがメルメルに叫ぶ。
「ですが……あなたも同じだった。あなたは僕しか見ていなかった。僕らを見ていなかったんだ」
「メルメル! その腰についた人形を早く切り落とせ!」
タクトの言葉を聞いて、メルメルは自らの腰に目を向ける。
「……えっ」
そこには奇妙な人形が緑の魔素とともにつけられていた。
「……なに……これ」
瞬間、サクラザカは空に向けて、光線を撃つ。
バアアンっ!
その光線は空高くで弾き飛んだ。それは何かの合図のようだった。
「……メルメル!」
必死に手を伸ばすタクト。しかし、メルメルまでの距離はあまりに遠い。
「兄さ――」
瞬間、メルメルはそこから姿を消した。
代わりに現れたのは右腕が吹き飛ばされた赤髪の男だった。
「よお! どうやら、うまくいったみてえだな。サクラザカ!」
「ええ。おかげさまで。カゲロウ」
その光景を目にしたタクトは血管が浮き出るほどまで怒りをあらわにする。
「お前らああああああああああああああああ!!」
「おいおい。ずいぶんお怒りの様子じゃねえか」
カゲロウはそんなことは気にもとめず、光の玉を作り出す。
「妙なことはするなよ。もしすれば、この玉を空中に浮かぶあのガキに撃ち込む。魔法に詳しいこのカゲロウさんでさえ、ここまでひどい目にあってきたんだかんな。あのガキじゃあ、二秒ももたねえだろ」
そう言いながら、カゲロウは落ちているサクラザカの下半身を拾い上げ、サクラザカの方に投げる。
「さっさと回復しとけ。何が起こるかわからねえからな」
「……ありがとうございます」
空中でサクラザカは体を緑の魔素で張りつけ、左手に噛みつく。
「…………」
タクトはしばらく黙っていた。
この状況は彼にとって最悪だった。
唯一、この状況を覆せるのはグロウブのみ。彼が能力さえ解除すれば、まだメルメルも助かる可能性がある。
だが、グロウブは気絶している。能力を解除できるはずがなかった。
「……くくっ」
しかし、彼は笑った。
「あははっ」
「……なんだ? ついに頭でもおかしくなったか?」
「くく……そうかもなあ」
笑みを浮かべながら、タクトは言う。
「でもよお……それはお前らも同じだよな」
「……は?」
「お前らも……十分気が狂わねえとやってらんねえだろ」
カゲロウは突然のタクトの発言を理解できなかった。
「何を……言って……」
「なあ、もしも正気ならよお……」
突然、タクトの顔から笑みが無くなる。
「リズ……だったか。よくもまあ、少女を一人、死に追いやっておいて、英雄きどりができるよなあ」
「……っ!」
カゲロウは動揺した。その瞬間をタクトは見逃さなかった。
バシュっ!
「!」
「あめえなあ! てめえは!」
タクトは近くの小石を蹴り飛ばした。その小石が向かうのはカゲロウたちの方では無かった。
「……まさか!」
サクラザカはタクトが何をしているのか理解した。
しかし……もう遅かった。
グシャリっ!
その小石は気絶していたグロウブの頭部に食い込んだ。
「……なっ!」
カゲロウは信じられなかった。
仲間であったはずのグロウブを……タクト自身の手で殺したのだ。
……瞬間、『浮かせる能力』は解除され、サクラザカは地面に落ちていく。
「うぐっ!」
落下し、地面に叩きつけられる。だが、その痛みよりも、カゲロウに叫ぶことがサクラザカにとっては重要だった。
「カゲロウ! 逃げてください!」
「……えっ」
気づいた時には、カゲロウの目の前にタクトがいた。
「くそっ!」
カゲロウは震える手で遠くに浮かぶメルメルに光の玉を撃とうとする。
だが……彼は撃てなかった。そのせいでメルメルは光線の届かない建物の隙間に落ちていく。
人質を失った今、タクトが動かない理由が無くなった。
ただ、タクトはカゲロウをじっと見つめ、ゆっくりと言う。
「俺は……何を優先にするかは戦う前に決めている」
「……くっ!」
タクトから距離を取ろうとするが……。
バギっ!
「がっ……はっ……」
タクトの俊敏な蹴りには及ばず、胸を蹴られ、あばら骨を折られる。
「俺は常に妹を助けることを優先している。妹を助けるためなら、なんだろうと犠牲にする」
「……うっ……があっ……」
タクトは痛みにもがき苦しむカゲロウの頭をつかみ、言う。
「お前にとって……最優先はなんだ?」
その質問とともに、再びカゲロウを蹴り飛ばす。
カゲロウは建物に叩きつけられ、そのまま意識を失った。
「……タクトさん」
「……?」
その光景を目にしたサクラザカはともに落ちてきた氷の剣を拾い上げ、タクトのもとに歩く。
「あなたの罪は……その妹を守るためにすべてを犠牲にしていることだ」
「ほう。守れないよりはマシだと思うがな」
サクラザカは……黒い瞳をタクトに向ける。だんだんと、サクラザカの言葉が重々しいものに変わっていくのがわかる。
「……死をもって償ってください」
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「……兄……さん」
メルメルが地面に落ちたのは知らない場所だった。
「……だめ……兄さんだけじゃあ……」
必死に走り、タクトのいたところに向かう。
「兄さん……死んじゃ……嫌だ!」




