第18話 失った理由の先に
男は兄では無くなった。
「…………」
あの日、出会った女が吸血鬼であること。そして、現在の帝国が同じく吸血鬼によって支配されていることを知った。
「……殺す」
憎しみだけが彼を動かした。彼はひそかに作られていた反乱軍というものに入った。
そして、反乱軍への勧誘のため、宗教を学ぶことなどもあった。
「……よお」
「……っ!?」
そんなある日のことだった。彼のいる教会にその男がやってきたのは。
その男に彼は見覚えがあった。
――帝国軍……一番隊隊長、イマニュエル……――
「へえ。こんなところに教会があったんだな」
「……何か、用か?」
圧倒的なオーラ。男からはそんなものを感じた。
「なあに大したことは無い。それに、今は僕も休日さ。たまには、家族とゆっくり観光をしたくなるんだよ」
奇妙な男だった。おそらくその男は彼が反乱軍に所属していることに気づいているのだ。
それにも関わらず、彼は敵意を表していなかった。
「……憎しみはいわゆるエネルギーだ。決して消えることは無い。その憎しみに耐えられる人間だけが、幸せになれる」
「……?」
「ただそれだけさ。それだけを伝えに来た」
そう言うと、男は再び教会の外へ向かった。
「すまんね。そろそろ帰らないと、妻に怒られてしまう」
「……そうかい」
「……まあ、暇な時、また来るよ」
不思議な男だった。
現在の残虐な皇帝の配下として生活しているということは、誰よりも人を殺しているはずだった。
まして、一番隊隊長となれば……。
「……何が……憎しみに耐えられる人間だけが幸せになれる……だよ」
――結局……憎しみを作り出しているのはお前らだろうが――
しかし、そんな彼の笑みの中に異様な表情が隠されていることに気づく。
――どうして……そんなに悲しい目をしているんだ――
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反乱の当日。
彼らは二つのグループに分かれた。一つは直接皇帝を殺すために、その皇帝の別荘を襲撃するグループ。
そして、二つ目は民間人を捕虜として捕らえる。あるいは、抵抗するなら殺すグループだった。
「…………」
彼は人を斬り、女子どもを捕らえれば、すぐに連行していった。
また、亜人としての力が強い人間は抵抗すると厄介なので、すぐに殺さなければならなかった。
そんな時……彼はある一家で二人の人間を殺した。彼らは珍しく、魔法の扱いが上手かった。おそらく、どこかで魔法の訓練を受けていたのだろう。
それでも彼には敵わなかった。戦場での経験が豊富な彼が一歩先を行った。
そんな彼が次に目にした光景が……彼自身を傷つけるとは思いもしなかった。
「……は?」
後ろから声がした。彼が振り返ると、そこには幼い少年がいた。
「…………」
少年は絶望し、その場に膝から崩れ落ちた。
そんな少年に剣を向ける。
生かしておく訳にはいかなかった。両親がここまで強い才能を持っていたのだ。この少年も成長すればきっと強い力を持つ。
その前に殺さなければ。
「……なんで」
「……?」
「なんでなんだよ!」
その言葉が変に彼の頭に響いた。
気分が悪かった。どこかでその言葉を聞いたことがある気がしたからだ。
「……なんで殺したんだよ! 母ちゃんも父ちゃんも、妹もどうして殺さなくちゃいけなかったんだよ! そんなに悪いことしてないだろうが! なんで……なんでなんだよ!」
「…………」
彼は少年の言ったことが不可解でならなかった。
「……妹?」
恐る恐る、彼は殺した母親を再度確認する。
「……っ!」
戦いの最中は気がつかなかったが、その母親はもう一人子どもを身ごもっていた。
……そんな姿を見て……。
「……あ……ああ」
その母親と妹が重なってしまった。
「ああああああああああああああああああああ」
彼は頭を抱え、混乱する。
気づいてしまったのだ。
妹を殺したのは間接的には吸血鬼である。しかし……。
「あああ……あああ……あああ」
直接手を下したのは彼自身であると。そのことを実感したのだ。
同じ過ちを……繰り返してやっと……。
「…………」
彼はその場に座り込む。
もう……生きる気力が沸いてこなかったのだ。
「…………」
「…………」
そんな彼を少年は見つめていた。
「……ふざけんなよ」
「……えっ」
少年の冷たい言葉が彼に打ちつける。
「……お前は……俺の家族を殺した。その事実は変わらねえよ」
わずか八歳にも満たない子どもが、それにしては鋭すぎる瞳で彼を見つめる。
「だったら……ここで逃げてんじゃねえよ。死よりも苦しい選択をしろ。それがてめえの試練だ」
「…………」
――わからなかった。もう自分の生きる意味が――
彼は再び立ち上がった。
――だが、目の前の少年は自分とは違った――
だからか、彼はまだ生きなければならないと思った。生きて、この少年を育てる。
それがせめてもの妹への償いだった。
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その後、彼は反乱軍をやめ、財団に入った。少年も一緒だった。
その少年の名はタクトと言った。
タクトは非常に賢い子どもだった。教えた魔法はすべて理解した。財団に入ってからも、任務に失敗したことはほとんど無かった。
「おい。グロウブ」
タクトは今では立派な青年になっていた。
「どうした? タクト」
「紹介してえやつがいる。少しいいか?」
そう言うと、幼い少女を連れてきた。キャスケット帽を被った小柄な少女だった。
「……そいつは?」
「名前はメルメルだ。ついさっき任務で向かった孤児院で見つけた」
「そうか……」
「こいつをこれから俺のパートナーにする。別に構わないな?」
「ああ。もちろんだ」
それを見て、彼は少し嬉しかった。
そこには、昔同じように妹と支え合った彼と似たものを感じたからだ。
そして……タクトならきっと……。
「…………」
彼はもうやることが一つしか無かった。
生きて、この兄妹を全力で守りきる。ただ、それだけだった。




