第17話 血に焼かれた魂
「よかろう。その命。焼いて葬ってやる」
その声と同時にグロウブの作り出した光の玉が、弾幕となりサクラザカの方へ向かっていく。
「うおおおおおお!」
玉に剣を振るい、かき消す。そして、一気にグロウブとの距離をつめる。
「……ここまでくれば!」
「愚か……」
「っ!」
グロウブは巨大なシールドを作り出す。そして、それをサクラザカの方向に押し出す。
「そんなもの!」
サクラザカは氷結晶の剣を白く輝かせる。
バリリリリっ!
そして、シールドを破壊し、グロウブに向かう。
「……これで!」
キュウウウーンっ。
「っ!?」
シールドを壊した先でサクラザカは気づいた。
目の前にサクラザカのいる一点に向けて、光線が放たれようとしていることに。
「ちっ!」
すぐさま後ろにさがり、距離をとろうとする。しかし……。
「……っ!?」
壊したはずのシールドがすでに直り、サクラザカの退路を消滅させていた。
「まずい!」
向かってくる光線がサクラザカの体を貫く。
「くっ!」
すぐにサクラザカは横に避ける。
しかし……避けた先にも光線が向かっていた。
――完全に……読まれている――
サクラザカは氷の剣を振るい、いくらか光線をかき消しながら進む。それでも、消しきれない光線がサクラザカの体を貫く。
「まだ!」
「……もう少し……潔くなれないものか。もう勝負はついている。この魔素吸収レベルの差。いくらお前が吸血鬼で、氷結晶の武器を持っていたとしても、圧倒的に実力が違いすぎる」
グロウブは眉間にしわを寄せる。
「……しかし、本当に愚かだ。そこまで図々しく、誰かを殺すことに命をかけるなど……」
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「お兄ちゃん!」
とある少年のところに少女がやってくる。
「どうした?」
「私ね。今度、有名なカフェでね。働けることになったんだよ。すごいでしょ」
「そうだったのか」
彼らは幼い頃に両親を失っていた。
それでも、兄は一人で妹の面倒を見て、生計を立ててきた。そんな生活に兄は疲れなど感じず、むしろ幸せだった。
すると、ある時、妹が自分も働くと言った。妹のことが心配だった兄は、その提案に初めの頃は反対していた。
しかし、自分が妹を縛りすぎているのではないか。兄にはそんな気持ちが芽生え始めていた。
結果的にこうやって、妹が働くのを許した。そのおかげか、だんだんと生活は豊かになっていった。
兄も妹もすごく嬉しかった。兄も妹が働き始めたのは良いことだったと考えた。
そう。あの日までは……。
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その後、妹は職場で知り合った男性と付き合い始めた。やがて、結婚するという話を兄は聞いた。
今まで幼かった妹がそんなことをするなど、兄は思いもしなかった。
「……おめでとう。幸せになれよ」
「ありがとう! お兄ちゃん」
心の底から嬉しかった。
兄は一人で育ててきた妹が、立派に成長していたと感じた。
「……あれ」
気づくと彼は涙を流していた。止めようにも、流れる川のようにその涙は止まらなかった。
そして……妹は家を出ていった。
「…………」
兄は数ヶ月間、一人で家にいた。
「……会いたい……なあ」
寂しさに耐えきれなくなったのか、兄は家を出て、妹のもとへ向かった。
「……?」
妹が住む家に向かうと、まだ夕方だというのに妙に静かだった。
試しに門の扉を叩いてみるも、返事がない。
「……どうしたんだ?」
少し気が引けたが、兄は無断で家に入った。
そこには……。
「……!」
血まみれで地面に倒れる妹の旦那がいた。
「……おい! どうした! 何が……」
兄は彼に触れると……その体が冷たいことに気づく。
「……死んでいる」
兄は恐怖した。もしや、妹ももう……。
「っ!」
歯を食い縛り、兄はすぐに家の中に入っていった。その直後……。
ブシュっ!
「……っ!」
何かに首を引っ掛かれた。血が溢れるのを感じた。
そして、目の前には首に傷を負わせた張本人がいた。暗くてよく見えなかったが……飢えた獣のような目付きでこちらを見つめているのがわかった。
「……やるしか……ない」
日頃からゴロツキに襲われた時のために、携えているナイフを手に持つ。
「うおおおおおおお!」
そして、その戦いは次の日の朝まで続いた。
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「…………」
兄は自分が不思議な力を使っていることに気づいた。
自分から一定の距離の物体が、地面から離れると、その物体は宙に浮いていくのだ。
それが彼の特殊能力だった。
また、自分に魔法の才能があることも、この時知った。
しかし、それらは今の彼にとってどうでもいいことだった。
彼は家の中で謎の生き物との戦いに勝利した。首にナイフを刺し込み、半分ほどねじ切ったことが勝利へ導いた。
その謎の生き物というのは、背中に翼が生え、そして異様に鋭い牙というのを持っていた。
その他はほとんど普通の人となんら変わりが無かった。
そう……普通の人と……。
「……なんで」
その謎の生き物は、妹だった。
「……あ」
その妹というのも、一人ではなかった。妹の腹は大きく膨れていた。
「……あああああああああ」
わからなかった。
何もかもがわからなくなった。
彼は必死に妹の体を抱き寄せた。
「……っ!?」
不意に、後ろに気配を感じた。家の外からとある女が彼をじっと見つめていることに気づいた。
その女は笑みを浮かべながら、彼に語りかける。
「……うふふ。可愛い坊や。……あなた、とても不憫ね」
その女は桃色の髪を持ち、今の妹同様、鋭い牙を持っていた。
「自分の妹を殺してしまうなんて……」
「……何が……不憫だよ」
「……?」
直感で、彼はその女が妹をこんな姿に変えたのだと理解した。
「お前のせいだろ! お前が妹をこんな……」
「尊い犠牲よ。私だって食事をしなければ死ぬ。そのための……ね」
「……何が……尊い犠牲だ」
兄は堪えきれずに、すべてのものをぶちまける。
「なんでだよ! なんで、今まで苦しい思いをして、あともう少しで幸せになれそうだった人間を殺すんだよ! もう少し殺す人間は選べなかったのかよ! その辺のどうでもいいゴロツキとかさあ! なんで……なんで妹なんだよ! 頼むから、今からその辺の人間を殺しまくって、妹をよみがえらせてくれよ! なあ!」
「……殺す人を……選ぶ?」
女はその言葉を聞くと、突然顔が青ざめる。
「私は……私は!」
そして、その場から去ってしまった。
「……待てよ。まだ……話は終わってないじゃないか!」
女が消えたその家の扉から、日の光が差し込む。それが……妹の体に照らされる。
すると……たちまち、その体は砂に変わっていった。
「ああ……あああああああああ!」
妹の体を抱こうとするが、もう全体が砂に変わってしまい、妹はその場から消滅した。
「……なんで」
兄はその場で一人座り込み……この世界を呪った。
「なんで……なんだよ」




