第16話 灰の宿命
「…………」
コハルは自分の腕をつかんでいるジェナを見つめる。
「……ジェナ」
「……ごめん……」
「……?」
コハルには彼女が謝る理由がわからなかった。
そのため、小さく首を傾げる。
「……グレーさんを……逃がしちゃって……」
「そのことですか」
ジェナはうつむいたままだった。そして……涙をこぼす。
「……私は……やっぱり怖いや。誰かを傷つけてしまうのが……すごく怖い。さっき……自分の殺気が押さえられなかったから」
「…………」
「……でも、今は殺すことに躊躇したことを……後悔してる。それが……私の大切なものを失うことに繋がるって……わかってるはずなのに……」
「……ジェナ」
「自分にとって……何が大切なのか……選ばなくちゃいけないのに……私は……私は」
とっさに。
震えるジェナの体を、コハルは抱きしめる。
「……コハル……ちゃん?」
「大丈夫。……大丈夫ですよ。ジェナ」
コハルはいつもとは違い、爽やかな笑みを浮かべる。
「その……助ける人間を選ぶことに躊躇すること。それは……誰もが持てる物じゃない。……助けようと思っても、足がすくんで動けない人だっている。誰かを救えなくて泣きたくなるぐらい悲しくなる人もいる。それでもなお、選ぶことを投げ出さない人間は……誰よりも強い」
「…………」
「だから、どうかその思いを捨てないでほしい。その思いさえ持てれば、あなたは皆を救えるヒーローになれる」
「……コハルちゃんはすごいね。いろんなことを知っていて……いろんな時に勇気をくれる」
「すごく……ないですよ」
コハルはいっそう抱きしめる力を強める。
「だって、これはただの受け売りでしかないですから」
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「……それにしても、街の住民の全員が……性別が入れ替わっているとは……。まあ、どうでもいいがな」
カールのかかった緑の髪で司祭服を着た男は、携帯を片手に持ち、不可解に感じていた。
「グレーにかけても繋がらない。何か緊急事態があったのか?」
そう言いながらも、彼は空に向かって光線を撃つ。それはカゲロウの方に向かっていた。
「まったく……副団長が聞いて呆れる。やはりあの男では団長に劣る」
道端の小石を宙に蹴りあげる。すると、その小石は空に向かって突き進んだ。
「いざとなれば、殺してでも副団長の座を……いや、そんなことをすれば、団長やタクトたちが許さないだろうな。さて……」
男は携帯を耳に寄せる。
「……タクト」
『どうした。グロウブ。なぜ、お前が直接電話してくんだ?』
「……察しろ」
『……ああ。なんとなくわかった』
「お前は空中にいる赤髪の男を狙撃し続けろ。そいつだけは絶対に逃がすな」
『……お前は攻撃しないのか?』
「ああ。悪いが、二人も相手にするほど……」
瞬間。
グロウブに光の槍が数本向かってくる。彼は後ろにさがり、それらを回避する。
「俺は器用ではないものでな」
『……了解。絶対に生きろよ』
「わかってる」
そう言うとグロウブは携帯を投げ捨てる。
そんな彼のもとに一人の男が歩いてくる。その男は氷のように透き通った剣を片手に持っていた。
「……僕がすでに近くに来ていることに気づいていたんですね」
「お前が……サクラザカか」
グロウブは怒りの眼差しでサクラザカをにらみつける。
「……愚かだな。財団だけならまだしも、帝国にすら反逆をするその心ゆき。もう少し使い道は無かったのか?」
「さあ……わかりませんね。僕の命の使い道なんて……」
サクラザカはグロウブの方に近づく。すると、歩いた時に舞った埃が空に向かっていくのが目に入った。
――……能力が強くなっている。きっとこの男が『浮かせる能力』の使い手――
サクラザカは自身の剣を握りしめる。彼には余裕が無かった。
空にいるカゲロウは右腕を吹き飛ばされていた。あれでは長く持たないはずだ。
「……すぐに終わらせる」
一心不乱にグロウブのもとに走る。そして、彼に向かってその剣で斬りかかる。
「……っ!?」
瞬間、サクラザカの腕が何かに巻きつかれたように締めつけられていた。
「……なるほど、氷結晶か。なかなか良い武器を使う。しかし……使っている本人を捉えれば……氷結晶など怖くはない」
よく見ると、地面を伝ってグロウブから緑と紫の魔素を使って作られるロープが作られているのがわかる。
そのロープはサクラザカを地面から持ち上げる。
「……くっ!」
足が離れた瞬間、サクラザカもグロウブ同様にロープを作り出す。それを地面に接触させる。
そして、そのロープをつかみ、サクラザカは再び地面に戻ってくる。
そんな彼の姿を見て、グロウブは素直にサクラザカを賞賛する。
「鋭いな。……地面から離れないようにロープを作り出すとは。……なかなか機転がきく」
地面から離れれば、グロウブの能力により、空に飛ばされる。そうなれば、あとは格好の餌となるだけだった。
「……なら……これはどうだ?」
「……っ!」
瞬間、グロウブの後ろに大量の光の玉が発生する。
「……こいつ!」
その玉は一斉にサクラザカの方に向かってくる。
ジュっ。
玉をかすったサクラザカの皮膚が黒く焦げた。
「……ちっ!」
サクラザカは自らの左手に噛みつく。すると、たちまち焦げた傷が治っていく。だが……。
ジュワっ。
太陽の光がサクラザカの体を傷つける。
そんな様子を見て、グロウブは問う。
「……なぜ、そこまでして戦う? 財団に歯向かおうとしなければ、平和に暮らせるだろうに」
「…………」
「まあ……返事は求めていない。死んだ後に再び問おう」
グロウブは再び、光の玉を作り出す。
その光景にサクラザカは違和感を感じていた。
――魔素吸収レベルが……2000を越えている。それだけじゃない。周囲の魔素を使いきらないために、魔素を操作する分にもエネルギーを使っている――
それは常人には成し得ない偉業だった。
「……おそらく、財団でもトップレベルの実力だ。ならば!」
ガブリっ!
さらにサクラザカは左手に噛みつく。
その姿を見て、グロウブはもの苦しく感じていた。
「吸血鬼……か。自らを傷つけ……それでも戦うのか。貴様は。……愚かにも程があるだろうに」
「関係ない」
黒い翼を広げ、グロウブをじっと見つめる。
「ここでお前を……落とす。そのためなら、どんなものだろうと犠牲にする」




