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異世界の執行人  作者: Kyou
第4章 どんなに傷ついても……
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第16話 灰の宿命

「…………」


 コハルは自分の腕をつかんでいるジェナを見つめる。


「……ジェナ」


「……ごめん……」


「……?」


 コハルには彼女が謝る理由がわからなかった。


 そのため、小さく首を傾げる。


「……グレーさんを……逃がしちゃって……」


「そのことですか」


 ジェナはうつむいたままだった。そして……涙をこぼす。


「……私は……やっぱり怖いや。誰かを傷つけてしまうのが……すごく怖い。さっき……自分の殺気が押さえられなかったから」


「…………」


「……でも、今は殺すことに躊躇したことを……後悔してる。それが……私の大切なものを失うことに繋がるって……わかってるはずなのに……」


「……ジェナ」


「自分にとって……何が大切なのか……選ばなくちゃいけないのに……私は……私は」


 とっさに。


 震えるジェナの体を、コハルは抱きしめる。


「……コハル……ちゃん?」


「大丈夫。……大丈夫ですよ。ジェナ」


 コハルはいつもとは違い、爽やかな笑みを浮かべる。


「その……助ける人間を選ぶことに躊躇すること。それは……誰もが持てる物じゃない。……助けようと思っても、足がすくんで動けない人だっている。誰かを救えなくて泣きたくなるぐらい悲しくなる人もいる。それでもなお、選ぶことを投げ出さない人間は……誰よりも強い」


「…………」


「だから、どうかその思いを捨てないでほしい。その思いさえ持てれば、あなたは皆を救えるヒーローになれる」


「……コハルちゃんはすごいね。いろんなことを知っていて……いろんな時に勇気をくれる」


「すごく……ないですよ」


 コハルはいっそう抱きしめる力を強める。


「だって、これはただの受け売りでしかないですから」



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



「……それにしても、街の住民の全員が……性別が入れ替わっているとは……。まあ、どうでもいいがな」


 カールのかかった緑の髪で司祭服を着た男は、携帯を片手に持ち、不可解に感じていた。


「グレーにかけても繋がらない。何か緊急事態があったのか?」


 そう言いながらも、彼は空に向かって光線を撃つ。それはカゲロウの方に向かっていた。


「まったく……副団長が聞いて呆れる。やはりあの男では団長に劣る」


 道端の小石を宙に蹴りあげる。すると、その小石は空に向かって突き進んだ。


「いざとなれば、殺してでも副団長の座を……いや、そんなことをすれば、団長やタクトたちが許さないだろうな。さて……」


 男は携帯を耳に寄せる。


「……タクト」


『どうした。グロウブ。なぜ、お前が直接電話してくんだ?』


「……察しろ」


『……ああ。なんとなくわかった』


「お前は空中にいる赤髪の男を狙撃し続けろ。そいつだけは絶対に逃がすな」


『……お前は攻撃しないのか?』


「ああ。悪いが、二人も相手にするほど……」


 瞬間。


 グロウブに光の槍が数本向かってくる。彼は後ろにさがり、それらを回避する。


「俺は器用ではないものでな」


『……了解。絶対に生きろよ』


「わかってる」


 そう言うとグロウブは携帯を投げ捨てる。


 そんな彼のもとに一人の男が歩いてくる。その男は氷のように透き通った剣を片手に持っていた。


「……僕がすでに近くに来ていることに気づいていたんですね」


「お前が……サクラザカか」


 グロウブは怒りの眼差しでサクラザカをにらみつける。


「……愚かだな。財団だけならまだしも、帝国にすら反逆をするその心ゆき。もう少し使い道は無かったのか?」


「さあ……わかりませんね。僕の命の使い道なんて……」


 サクラザカはグロウブの方に近づく。すると、歩いた時に舞った埃が空に向かっていくのが目に入った。


――……能力が強くなっている。きっとこの男が『浮かせる能力』の使い手――


 サクラザカは自身の剣を握りしめる。彼には余裕が無かった。


 空にいるカゲロウは右腕を吹き飛ばされていた。あれでは長く持たないはずだ。


「……すぐに終わらせる」


 一心不乱にグロウブのもとに走る。そして、彼に向かってその剣で斬りかかる。


「……っ!?」


 瞬間、サクラザカの腕が何かに巻きつかれたように締めつけられていた。


「……なるほど、氷結晶か。なかなか良い武器を使う。しかし……使っている本人を捉えれば……氷結晶など怖くはない」


 よく見ると、地面を伝ってグロウブから緑と紫の魔素を使って作られるロープが作られているのがわかる。


 そのロープはサクラザカを地面から持ち上げる。


「……くっ!」


 足が離れた瞬間、サクラザカもグロウブ同様にロープを作り出す。それを地面に接触させる。


 そして、そのロープをつかみ、サクラザカは再び地面に戻ってくる。


 そんな彼の姿を見て、グロウブは素直にサクラザカを賞賛する。


「鋭いな。……地面から離れないようにロープを作り出すとは。……なかなか機転がきく」


 地面から離れれば、グロウブの能力により、空に飛ばされる。そうなれば、あとは格好の餌となるだけだった。


「……なら……これはどうだ?」


「……っ!」


 瞬間、グロウブの後ろに大量の光の玉が発生する。


「……こいつ!」


 その玉は一斉にサクラザカの方に向かってくる。


 ジュっ。


 玉をかすったサクラザカの皮膚が黒く焦げた。


「……ちっ!」


 サクラザカは自らの左手に噛みつく。すると、たちまち焦げた傷が治っていく。だが……。


 ジュワっ。


 太陽の光がサクラザカの体を傷つける。


 そんな様子を見て、グロウブは問う。


「……なぜ、そこまでして戦う? 財団に歯向かおうとしなければ、平和に暮らせるだろうに」


「…………」


「まあ……返事は求めていない。死んだ後に再び問おう」


 グロウブは再び、光の玉を作り出す。


 その光景にサクラザカは違和感を感じていた。


――魔素吸収レベルが……2000を越えている。それだけじゃない。周囲の魔素を使いきらないために、魔素を操作する分にもエネルギーを使っている――


 それは常人には成し得ない偉業だった。


「……おそらく、財団でもトップレベルの実力だ。ならば!」


 ガブリっ!


 さらにサクラザカは左手に噛みつく。


 その姿を見て、グロウブはもの苦しく感じていた。


「吸血鬼……か。自らを傷つけ……それでも戦うのか。貴様は。……愚かにも程があるだろうに」


「関係ない」


 黒い翼を広げ、グロウブをじっと見つめる。


「ここでお前を……落とす。そのためなら、どんなものだろうと犠牲にする」

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