第7話 僕は沈んでいく
背中と右足の傷はお嬢様の回復魔法で治してもらった。だが、いまだに僕の心は沈んでいた。
お茶の準備をし、エントランスでお嬢様の前に出す。
「やっぱりいらないわ。そんな顔したやつが目の前にいたら、飲む気分になんかなれないわよ」
そう言って、お嬢様は廊下の奥へ行った。
エントランスの鏡を見て、ようやく自分の顔がひどくふぬけていたことに気づく。
「はあ」
お嬢様の反応は当然だ。今の僕は非常にいらいらさせる表情をしている。そんな様子を見ても不快になるだけである。
僕は自分の手を眺める。この手は汚れている。人を殺した手だ。そんな手をはたしてこれからお嬢様は握ってくれるのだろうか。
ガチャッ
その時、エントランスの扉が開く。
「やあ。サクラザカくん」
「……クロエさん」
彼女が中に入ってきた。
「そのお茶。飲まないならちょうだいよ。ついでにお話でもしてさ」
「……はい」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「なるほど。そんなことがあったのかあ」
「…………」
僕はそれ以上は何も言えなかった。
「ていやっ」
「イタッ」
そんな僕の様子を見かねてか、クロエさんは僕の頭にチョップした。
「君。今日はすごくナーバスになるよね。ちゃんとしっかりしないと、ダメだよ」
彼女は僕を思って、明るく振る舞っている。そんな姿に僕はもう耐えられなかった。
「クロエ……さん……」
「うん。どうしたの?」
僕はテーブルに涙を落とした。
「僕は……どうして……助ける人を……選ばなければならないんですか?」
「そうだね。なんでだと思う?」
「僕が……最低だから。僕が……最弱だから。皆を助ける力が無いから」
「そう。それが答えだよ」
涙はさらに大粒に変わっていった。僕は自分の無力さを痛感した。
「でもね。サクラザカくん。今、君が最低で最弱ってことはこれからは皆の立場になって物事を考えられるってことなんだよ。強くなって、弱い皆を助けられるような、そんな優しいヒーローみたいな存在を目指しても、いいと思うんだ」
彼女の言っていることは、簡単なことではない。そんなものに僕がなれるとは思わなかった。
「僕に……なれるでしょうか?」
「なれるさ」
彼女は即答した。
「君が今、人を殺して、苦しいって感じてるのは君が優しいからなんだよ。君は誰よりも優しい心を持っている。それが君の才能なんだよ」
「僕の……才能?」
「うん。君にしかない才能さ。それさえあれば、君は皆を助けられるのさ」
僕はさらに泣いた。これはもう悲しみの涙ではない。自分にもできることがあると。そんなことを知れただけでも、僕は嬉しかったのだ。
僕は涙を拭き取る。そして、決心する。
「僕は強くなりたいです。強くなって、皆を助けます。それが僕がこの世界に来て、やるべきことだと思うから」
「そうだね。でも、君にはまだやることがあるよ」
「えっ」
彼女は僕を指差し、言う。
「まずは落ち込んで迷惑をかけた人に誤りに行きなさい。まずはそれからよ!」
その彼女の言葉に、僕はあっけにとられた後、笑った。
「あはははっ。やっぱりクロエさんは面白い人ですね」
「何を笑っているのさ。そんな暇があったら、さっさと行きなさい」
僕は笑いを止め、口を開く。
「励ましていただき、ありがとうございました。クロエさん。じゃあお嬢様のところに行ってきます」
「うん。がんばってきなさい」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
お嬢様は書斎にはいなかった。おそらく、寝室にいるのだろう。
コンコン
寝室の扉をノックする。
「お嬢様。入ってもいいですか?」
「…………ええ」
僕は寝室の扉を開ける。
そこには、寝まき姿のお嬢様がいた。
「あの。その……」
なんというかうまく言えなかった。その時、お嬢様の方から話し出した。
「ここに座りなさい」
「えっ」
僕は言われる通りにイスに座る。お嬢様は自分のベッドに座った。
「私ね。お父様が皇帝だったの。それもとんでもなく暴君の」
「…………」
お嬢様のお父さんが……皇帝……。
「お父様はすごく残虐だったらしいわ。平気で人の命を奪う人間だったようね。それが理由で反乱があって……死んだ。だから……」
彼女は言葉を続ける。
「私もあなたと変わらないのよ。私のせいで、人が死んだこともある。私は立派な人殺しなのよ」
「それは違いますよ。だって、そのお父さんが悪いだけであって、お嬢様は何も悪いことをしていないじゃないですか。なにもそのお父さんの罪まで背負う必要はないですよ」
彼女は微笑み、言う。
「優しいのね。あなたは。でも、背負わなければならないのよ。だって、私はお父様を信じているから」
「どういうことですか?」
僕は彼女に問いかける。すると、お嬢様はあっさり答えてくれた。
「私が覚えている限り、お父様はすごく優しい人だった。そんなお父様を私は信じている。だから、吸血鬼であることも誇りに思っているの」
僕には、そのお父さんのイメージがなかなかつかなかった。
「そうね。あなたみたいな人だったかも」
「えっ」
「冗談よ。何喜んでるの?」
お嬢様に軽くからかわれてしまった。
「まあ。その……。さっきは悪かったわ。きつい態度をとって。なんて言うか。私もあんまり気分が良くなくて、つい八つ当たりみたいなことしちゃって」
僕は驚いた。そして、悔しくなった。自分から先に謝罪を言えなかったことに。
「お嬢様。こちらこそすみません。お嬢様が落ち込んでいる時に、僕も変な態度をとってしまって。これからはこんなことないようにします」
「いや。もういいのよ。過ぎたことだし。それに、二人とも無事に帰れたことが一番だから」
「そう……ですね」
この時、僕は改めて実感した。この人はあまり表に出さないが、すごく他人に気づかいができる優しい人だった。
僕はこの人を全力で守りたいって、そう思った。初めてこの世界で出会った人がお嬢様で本当に良かった。
「お嬢様。僕はお嬢様のことが大好きです。これからもよろしくおねがいしますね」
僕は笑顔でその言葉を伝えた。
「………………へっ?」
すると、お嬢様の頭からまた湯気が出ている気がした。顔も真っ赤に染まっていく。
「えっ。ちょっと。お嬢様。僕何か悪いことしま」
「あああああああああああああ!」
魔弾が僕の腹に直撃し、扉を突き抜け、廊下の壁にぶつかる。
相変わらず、お嬢様の魔弾は威力が凄まじかった。でも、あの鎧の砕け方から見て、だいぶ手加減しているのはわかる。
……めちゃくちゃ痛いけど……。
「ちょっと!ごめんね!大丈夫?」
朦朧とする中、お嬢様の声がよく聞こえる。彼女は僕の手を握り、心配してくれていた。
――そうか、最初から不安に思うことなんて無かったんだ――
こんなに心地良い声を聞きながら、僕は夢の中に沈むのだった。