第15話 美しさ
「……っ!」
私は焦りと憎悪を感じながら、拳銃を握る。
「……何が……殺すだ! ろくに人を殺したこともない糞ガキが!」
目の前の……ナイフを握るジェナに向かって、言い放つ。しかし、彼女は決して表情を変えない。
「……くっ!」
そんな彼女に恐怖を抱く自分が嫌になった。そして……今すぐ、こいつを殺せと私の本能が告げていた。
バギュンっ!
引き金を引き、向かう弾丸は確実にジェナの脳天を捉えていた。
しかし……。
ズギャンっ!
「……は?」
金属が裂ける音が響いた。そして、向かっていた弾丸が真っ二つに割れていることに気づく。
「何が……起こった?」
嫌な予感がした。すぐさま、視界を下に向ける。
そこには……。
「……なっ!」
自分に斬りかかろうとしているジェナがいた。
「ぐっ!」
直感だった。とっさに後ろに下がった。目の前の空気をナイフが切り裂く。
こいつを体術で絞め殺す……という方法もあったが、そんなことをすれば、一瞬で首をはねられる気がした。
とりあえずジェナのナイフは避けられた。しかし、それは一度回避しただけのことだった。すぐさま、ジェナはナイフでこちらに斬りかかる。
「……くっ!」
先ほど使った橙色の魔石の破片を放ち、弾丸で撃ち抜く。それは衝撃波を生み、私を吹き飛ばした。
だが、彼女のナイフは止まらない。
そして、舞う埃の中を突き進み、再び私を捉える。私は同じ方法で魔石の破片をばらまき、逃げようとする。
カチャっ。
「……なっ!」
その時……銃に込められた弾丸がもう無いことに気づく。
「……!」
まずい! 斬られる!
「……がはっ!」
「…………っ!」
その時、ナイフを持った少女が力無く、地面に座り込むのに気づく。
ジェナは口から血を吐いていた。
「…………」
その少女の姿をしばらく見つめていた。
「……なん……だったんだ」
あの謎の緊張感。あと……もう少し……この少女に体力があったなら、間違いなく私の首は……。
しかし……本当になんだったのだ。
「がはっ! がはっ!」
血を吐き続けるその少女。その光景には見覚えがあった。
亜人としての力が目覚めた時、まだ力をうまく使いこなせていないやつはこういった状況に陥ることが多々ある。
財団の新入りに指導している中でそういったものは何度も見てきた。
……しかし、ジェナは見た目ではまったく変化していないようにも見える。
「……今は考えるのはよそう。これ以上は身が持たない」
私は新たに弾丸を銃に装填し、ジェナの方に突きつける。
「……本当に……終わりだ」
その時だった。
「うおおおお!」
「!?」
ジェナは再びナイフを握りしめる。
私が見てきた中では、亜人として力を使いすぎた後……一定時間は動けないはずだった。
しかし、この少女は今、殺意のみで動いている。殺意がボロボロであるはずの少女の体を動かしていた。
バギュンっ!
弾丸を少女に撃ち込む。しかし……。
「がふるる!」
「……なっ!」
少女は歯に身体強化をかけ、弾丸に噛み……止めていた。
「……くっ……ならば!」
私は拳銃が間に合うのを願う。
バギュンっ!
撃ち込んだ弾丸は少女のナイフを弾き飛ばした。
「……これで……」
これで、少女の攻撃は終わる。凶器であるナイフさえ無くなれば……。
そんな……甘い考えが浮かんでしまった。
「……!?」
少女はもう片方の手になぜか弾丸を持っていた。
「……何を!」
あの弾丸で何をするのかわからなかった。しかし、直感で何かとてつもないことをしようとしているのだけはわかった。
「……うおおお!」
弾丸に向けて、シールドを展開する。そして、自分の体の隅々に身体強化をほどこす。
これでどこからも攻撃は防げる。
「……これで! これで! ……っ!?」
しかし、その弾丸の素材が異様なものだとわかった。
「……それは……氷結――」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
瞬間。
その弾丸を持った手はシールドを貫き、私の身体強化も破壊する。赤と紫の破片が宙を舞う。
そして……。
グシャリっ!
弾丸は勢いよく……私の左目を潰しながら押し込まれた。
「うぎやあああああああああああああああ!」
左側の視界が消え、猛烈な痛みが私を襲う。
ジェナは弾丸を押し込むと、その場に倒れた。そいつに向けて、再び銃を握りしめる。
「……この……この!」
そして、引き金に指を触れる。
「この糞ガキがあああああああああああああ!」
この時……弾いたナイフの行方を追っていれば、私はこの戦いに勝つことができたのかもしれない。
ブシュウウ!
突然、ジェナとは別の見覚えのある少女が走ってやってきた。それは異常なほど速く、光と勘違いするほどの速さだった。
そして、その少女は手にナイフを持ち、私の銃を持つ右腕を斬り飛ばした。飛ばされた右腕が血を撒き散らしながら、地面に落ちた。
「ぎいやあああああああああああああ!!」
その後、私はその少女の姿を確認する。そこには傷だらけにも関わらず、しっかりとその場に立っていた白髪で赤い瞳の少女の姿があった。
「……お……お前……」
その姿は……なぜだか美しく思えた。
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「……コハル……ちゃん」
目の前に立つ少女を見て、ジェナは涙を流す。
「……良か……った。もう……あの傷じゃ駄目かと……」
「ありがとう。ジェナ」
少女は振り返らずに、グレーの方に進む。
「今……終わらせる」
グレーは歯を食い縛り、左手を強く握る。
「……ちくしょお」
そして、コハルに殴りかかる。
「ちくしょおおおおおおおおお!」
「よらないでください。気持ち悪いから」
グワワアーン
「うぐっ」
瞬間、グレーの体が地面に叩きつけられる。
「……なるほど」
コハルは自分のしたことを理解する。
「……どうやら、『目を合わせた者を重くする能力』……それがボクの特殊能力みたいですね。さて……これから、あなたを殺しますが、別にいいですよね。あなただってボクたちを殺そうとしたのだから」
「……ひっ」
その見下ろすコハルの表情がグレーは恐ろしかった。右腕と左目を失った自分がなす術などないことを思い知らされたからだ。
「……ああ……」
自分にせまる死を……グレーは理解した。
「…………」
いや……勝負はもうついていた。おそらく腹に傷をつけられた時からもう……。
それなのに、彼は見苦しく戦った。その行為はすごく泥臭く……そして……。
「……醜いな。……私は」
そう呟くと、彼は残った右の瞳を閉じる。
「…………」
その光景を見て、ジェナは何かを悟った。そして……。
ガシっ。
「……ジェナ?」
コハルの腕をつかんだ。
「……どうしたんですか?」
「なんていうか……その……」
ジェナはなんとなく自分でも奇妙な思いをめぐらせているのに気がつく。それでも、ゆっくりと……その言葉を口にする。
「グレーさんから……狂いそうになるぐらいの……寂しい匂いがする」
それを言われた瞬間、グレーは閉じていた瞳を開く。そして、彼女らの会話をじっと聞く。
「なんていうか……お願いだよ。コハルちゃん! グレーさんを一人のまま死なせないで!」
「……ジェナ。何を言って」
そんなことを話していた。
「…………」
その中で、グレーは考える。
――……そうか。私は……――
そして……。
「うおおおおおおおお!」
地面を思いっきり蹴る。さらに地面の摩擦を無くし、滑りながら彼女らと距離を取る。
「お前! ……がはっ!」
コハルはグレーを追いかけようとするが、体力の限界だったようで、その場に座り込む。
「……っ!」
立ち上がり、グレーは走る。しだいに彼女らはグレーの視界から消えて行く。
「…………」
醜かった。
負けたはずなのに、死を恐れて逃げてしまった。
しかし、それよりも大事なことがグレーの中にはあった。
「……そうか。私は……醜さなんて、もうどうでも良かったんだ」
堪えきれず、大粒の涙を流した。これは嬉しいための涙であった。
自分の本心を知れて嬉しい。そのための……。
「ずっと……寂しかったんだ。だから……財団が……あの場所が好きだったんだ」
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気がつくと、私は誰もいない路地裏で倒れていた。
そんな私の顔面に誰かが水をかけた。
「……がはっ。がはっ」
「よお。グレー」
そこには、優しい笑みを浮かべた団長がいた。彼も私たち同様、性別を入れ換える能力を受けていて、見た目は女性になっていた。
しかし、その笑みを見た瞬間にその人物はすぐに団長だとわかった。
「……団……長」
「おう。派手にやられたな」
団長は座り込む私の頭を撫でてくれた。
「……うっ……」
本当に耐えきれなくなった。再び私は涙を流した。
「ごめんなさい……団長」
「おう」
「任務に……失敗してしまいました」
「なあに……気にするな」
団長は穏やかな口調で言ってくれた。
「誰にだって失敗はある。次の成功に繋げろ」
「……ですが……」
私は私自身が許せなかった。
「ジェナのような未熟者にここまでやられるなんて」
「…………」
「本当に……私は……」
「…………」
不意に……団長が何も喋らなくなったことに気づく。
「……? 団ちょ――」
ドゴオっ!
突然だった。団長の蹴りが私の顔面に直撃したのは。
「がはっ!」
その勢いで路地裏の壁に叩きつけられる。
「……団……長」
そして、髪をつかまれ、持ち上げられる。
「先ほどは誰だって失敗するといった。……だが、お前のやったことは失敗以前の問題だ。俺はお前になんて命令した?」
「……サクラザカたちを……殺せと」
「違う」
団長の瞳が怖かった。なぜなら……。
「サクラザカと赤い髪の少年を殺しても良いと言った。しかし……ジェナを殺していいとは……一言も言っていないはずだ」
……その瞳は明らかに私に対する敵意が込められていたからだ。あまりにもそれが恐ろしくてたまらなかった。
「……すみま……せんでした」
「…………」
そう言うと、団長は――。
「わかればいいんだ」
再びいつものような優しい表情に戻った。
その表情に私はもう安心できなかった。なぜなら、その顔が今では絶対的に偽りの表情だとわかるからだ。
団長は決して部下だろうとなんだろうと信頼しない。
そういう人だったのだ。
「グレー」
「……はい」
「お前はじきにこの財団を受け継がなければならない。だから……」
笑みを浮かべながら、団長は言う。
「……下手なまねはするなよ?」
「…………わかりました」
それだけ言って……団長はどこかへ行ってしまった。
私はその場でじっと座っているだけだった。
「…………」
私はもう……何が正しいのかわからなくなってしまった。




