第14話 醜さ
「……これは……」
突然、サクラザカのところにやってくる弾丸が止んだ。
「……ジェナちゃんとコハルが足止めをしてくれている。ならば……」
サクラザカは宙に浮かぶカゲロウを見て、受けている攻撃の発生源を確認する。
「……行こう」
すぐさま、氷の剣を片手に持ち、走り出す。
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「ああ……なんて醜い子」
生まれた時……母親から言われた最初の言葉はそれだった。
その時、私はすごく悲しかったのを覚えている。しかしまあ、目が鋭く、白い翼の生えた赤ん坊が生まれれば無理もないのだろう。
……両親はいたって普通の人間だった。しかし、私は彼らの亜人である部分を色濃く受け継いでしまった。
タカの亜人である私は……彼らからすると醜かった。
そんな醜い子だったため、私は生まれてすぐに道に捨てられた。
やがて、時が経ち、わずか八歳でフレインタリアでは有名な盗人になっていた。道の屋台で金を払う人間から財布を奪い取るのが得意だった。
その頃から私は特殊能力が開花していた。財布のようなものの摩擦を無くし、相手から奪っていたのだ。
そんな中……ある日、多くの財布を盗み、アジトに帰ろうとした時のことだった。
「……よお。ずいぶん儲けているじゃないか」
「…………」
突然、見知らぬ男から声をかけられた。彼は聖人のような笑顔を持っていた。
「その能力を生かして、もっと面白いことをしないか? ……ちょうど財団っていう組織を作ろうと思っていてな」
その出会いが私の運命を変えた。
人の物を盗むことでしか生きていけなかった醜い私に……本来幸せになるべき人間を救う場所を与えてくれた。
やっと……やっと私は……綺麗な存在になれるのだった。
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「……ああ」
グレーは腹の傷を押さえ、回復魔法をかける。しかし、流れる血は止まらない。
「グレーさん。先ほど斬りつけた時に、あなたの体に紫の魔素で作った結晶を埋め込んでおきました。だから……あなたの傷が治ることはない」
コハルがそう言うと、彼はブツブツ何かを言っていた。コハルが注意深くそれを聞いてみると……。
「……まだ……綺麗になりきれてないんだ。……私は……醜いままなんだ……だから……」
「……何を……」
「……自分を……犠牲にしてでも、任務は遂行する!」
瞬間。
グレーは自分の後方に橙色の魔石を投げる。
バギュンっ!
そして……その魔石をグレーの撃ち込んだ銃弾が貫く。
「……それが私の……使命だから」
グレーは自らの背中から白い翼を大きく広げ、その翼を赤く染める。
やっと、何をしようとしたのか理解できたコハルは、後ろに叫ぶ。
「ジェナ! さがって!!」
「……えっ……」
刹那。
グレーの背中の羽が四方八方に弾け飛んだ。
ズシャっ!
「うぐっ」
コハルは羽に斬りつけられて声を漏らす。
その羽を捉えることは難しく、コハルやジェナの体を次々と斬りつけていった。
「まだ……まだ!」
「……コハル……ちゃん?」
コハルはジェナの前に立ち、ナイフを振るう。そのナイフはいくつか羽を弾くが、弾ききれないものはさらにコハルの体を傷つける。
「コハルちゃん!」
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…………。
…………あ。
「…………ここ……は」
私は……気がつくと路上に倒れていた。背中の翼はずたぼろに崩れ、もう使い物にならなくなっていた。
とはいえ、その翼が盾となり、自分自身の体を守った。結果的に命が助かったのだ。
爆破を受けた時に、腹に埋め込まれた魔素の結晶も外に飛び出していた。
「……ジェナ……たちは」
「コハルちゃん! コハルちゃん!」
「……っ!」
目の前には、意識を失った少女と、それを抱えるジェナがいた。どうやら、その少女がジェナに向かっていく羽を防いでいたらしい。
だが、不幸にも、私は生き残ってしまった。少女の守った意味は無く、虚しくここで二人とも私に殺されるのが最後だった……というわけだ。
「…………」
私は何も喋らずに、再度片手に拳銃を握りしめる。翼を失った今、残された武器はこれしか無かった。
しかし、目の前の少女たちを殺すには、それで十分だった。
「……悪く思うなよ。ジェナ」
「…………ゆる……さない」
「…………?」
異様だった。ジェナから感じられるのは絶望でも悲嘆でもなかった。
その少女は依然として無表情だった。ただ、その瞳には……何か狂気めいたものが……。
「……私の……大切な友達に……」
そして、そんな瞳で私を見つめてくる。
鳥肌が立った。嫌な汗をかいた。
その瞳をどこかで見たような気がしたからだ。
――グレー。私は、自分の仲間に手を出したやつにうまく怒りを表現できない――
「……手を出したやつは」
――ただできるのは、相手に対して殺意を放つことと……――
「……絶対に」
――相手を殺した後に、虚しさを感じることだけだった――
「……地の果てまで追いかけて、殺してやる!」
信じられなかった。
「……団長」
その時の彼女の表情は……敵に対する団長の表情とまったく同じものだった。
「うっ……」
私は……恐怖を通り越して、胃の中のものが溢れ出そうになった。
それを堪え、再度状況を確認する。やはりその瞳は……敵意を表した団長にそっくりだった。
「……どういう……ことだ」
ジェナは抱えていた少女を地面に寝かせる。その途中も……私をずっと見つめていた。
狼のように殺気をあらわにしたその少女の姿が……目に焼きついて仕方がなかった。




