第13話 空を飛ぶ
グレーは片手に拳銃を持ち、少女たちに近づく。
「…………」
そして、無言でジェナに銃を向け、引き金を引く。
「……っ!」
ジェナはその弾丸が空気を切り裂くのを感じた。そして、弾丸の軌道を予測し、それを避け、グレーのもとに走り込む。
「ジェナ!」
「……えっ」
コハルがジェナに呼び掛けた時にはもう遅かった。
つるっ。
ジェナの足は勢いよく地面を滑る。そして、座り込み、そのまま滑っていく。
「これは!?」
「……やはり……貴様は愚かだ」
グレーはジェナの様子を見て堪えきれないものを感じていた。あまりにもその様子が滑稽すぎて、彼は笑みをこぼす。
「ふざけるな!」
しかし、すぐに笑みを消し、怒りの表情をあらわにする。
「お前のような未熟な人間が……団長に逆らうなど!」
眉間にしわをよせ、再び拳銃をジェナに向ける。
「……くっ!」
しかし、すぐさま別の方向に銃を向ける。
「あははっ!」
コハルが宙を飛び、グレーに飛びかかる。そんな彼女にグレーは蹴りを入れる。
その蹴りはコハルを遠くに吹き飛ばす。
「あははっ! おもしろいお兄さんですね。でも、二人を相手にちゃんと戦えるんですか?」
「…………」
そして、滑っていたジェナがナイフを持ち、グレーに切りかかる。
「……ちっ」
地面を蹴り、グレーはその場を離れる。すると、滑っていたジェナの体が突然止まった。
「……グレーさん。あなたの能力は摩擦を無くした表面積が大きい分、持続力が無くなるんですね」
「……それが……」
グレーは鷹のような鋭い瞳でジェナをにらみつける。
「どうした!」
突然、グレーの背中から白い鳥のような翼が生える。そして、彼は宙に飛び、翼を赤く染める。
「……まさか」
コハルの中では嫌な予感がしていた。
「ジェナ! 一旦離れて!」
「うん!」
その判断は正しかった。
「ああ!」
その声と同時に、グレーは背中の翼から大量の羽を地面に向かってぶつける。羽は地面に鋭く突き刺さっていた。
身体強化の力を使い、凶器になるほどまで威力を上げているのだ。
「……なに……これ」
それだけならいいものの、その地面は異様だった。地面に刺さらなかった羽がその場を滑っているのである。
そんな光景にジェナは唖然としていた。
「……まさか、羽が刺さったところから特殊能力を発動させているの?」
こんなめちゃくちゃな相手にジェナは勝てる気がしなかった。
「……あ……ああ……」
突然……もしも、先ほどコハルの言うことを聞いていなかったら、今頃あの羽で自分は串刺しになっていたことを悟った。
バンっ!
「ひえっ!」
「ジェナ」
コハルはジェナの背中を思いっきり叩いた。
「……コハルちゃん」
「大丈夫。何があってもジェナは死なせない」
コハルはグレーのもとに向かっていく。
「ボクの……初めての友達ですから」
「…………」
なぜだか、ジェナはここまでやってきて弱気になっている自分が許せなかった。
空に飛んでいるグレーに向かって、コハルは言う。
「……確か、グレーさん……でしたっけ」
「……なんだ?」
グレーの瞳は明らかに敵を駆るような威圧を放っていた。そんな彼にコハルは話しかける。
「あなたはタカの亜人なんですね。その翼はすごく美しい」
「……?」
「でも……そんな翼を持っていたとしても、あなたは誰にも救いをさしのべられなかったんですね」
「……それは違う。団長は私を」
「ふふ。はたして本当にそうでしょうか」
「…………」
コハルは不適な笑みを浮かべて、グレーを蔑んだ目で見る。
「勝手に動く物体を親鳥だと勘違いしている。ボクにはあなたがそんな刷り込みをされた哀れな雛鳥のようにしか思えない」
「……何が言いたい?」
「だ~か~ら~」
コハルはグレーに出来る限りの同情をする。
「ただ利用されてるだけなんですよ。……そんなあなたを見てると本当にかわいそうなんですよ。でもまあ、本人が幸せならいいです。勝手にその団長とやらと信頼しあってると妄想するだけで、自己満足に浸れるなら」
「黙れ」
次の瞬間、グレーの瞳に宿っていたものが熱意でも敵意でもなく……殺意に変わっていくのがわかる。
「団長はすべて正しい。よって、それに従う私も正しい。ただそれだけだ」
「……どうやら話すのも退屈になってきましたね」
「ああ。……もう。……話す必要は無いな」
グレーの再度、翼を赤く発光させる。瞬時に、コハルはジェナにあるものを見せる。
それは先ほどジェナが持っていたナイフだった。
「ジェナ。これ……借りてきますね」
「……えっ」
どうやら、ついさっきコハルに取られていたようだった。
コハルはそう言うと、一気にグレーのもとに走っていく。
「…………」
グレーは無言でコハルに羽を飛ばしていく。
しかし……。
バシュシュシュっ!
「……!?」
その羽はいくつか弾かれ、コハルは走り続ける。
……そう。羽は地面に当たらない限り、能力が発動しないようになっている。だから、走り続け、また、進路に落ちてくる羽を後ろに弾き飛ばせば、地面の摩擦を無くされることが無い。
「……ちっ」
コハルはそのまま地面を蹴り、空を飛ぶグレーのもとに斬りかかる。
グレーはさらに翼を羽ばたかせ、空高く飛ぼうとする。
だが……。
「……っ!?」
足に何かが巻きついてくる。それは緑と紫の魔素を使ったロープだった。
そして、そのロープの先端はコハルの手に握られていた。
「逃がさない!」
ロープを一気に引き寄せ、グレーを自分のもとに連れていくコハル。その勢いを利用して、ナイフで斬りかかる。
「……甘い」
グレーは再び翼を発光させ、コハルに撃とうとする。
「この距離で、私の羽を受ければ、お前はすぐさま肉片に変わるだろう。考えが甘かったな。近距離で有利なのはお前だけではない!」
翼は鋭くなり、羽を発しようとする。
ところが……。
ブシュウウっ!
「……えっ」
3発の空気弾がその翼を貫いた。
「……これは!?」
グレーはすぐに空気弾のやってきた方向を見る。そこには真剣な眼差しでグレーを見つめるジェナがいた。
「ジェナ! 貴様ああああああああああああ!」
瞬間、グレーの腹がナイフで斬りつけられたのだった。




