第10話 絶望の始まり
サクラザカたちは翌日、フレインタリアの南地区に向かっていた。
「カゲロウ。これを見てください」
「……こいつは……」
そこには一部欠けている街灯があった。それは首なしの鎧が自らの体を強化する時に、起きた現象に近かった。
「あの鎧がここを通ったのでしょう。ひとまず、この周囲を探してみるべきです」
「……そうだな」
その地区は路地が入り組んでいて、複雑な作りをしていた。そのため、いつどこから財団や帝国の人間が近づいてきてもおかしくない。
「……気を引き締めて行きましょうか」
「ああ」
サクラザカたちは皆、あらかじめ魔素探知を発動させる。
ある程度歩き、道路に出た時だった。
「…………なんだ? これ」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「メルメル、その銃の調子はどうだ?」
「……うん……使えそう……」
そこは高い建物の屋上だった。フレインタリアの多くの建物に帝国騎士団の偵察隊がいる。
タクトは気絶させた偵察隊から狙撃銃を取り上げ、それをメルメルに持たせた。
「さて……」
タクトとメルメルは街を見下ろす。そして、携帯を使い、連絡を取る。
「……おい。グレー」
『どうした? まだ命令は出していないぞ?』
「もちろん、直接は戦わねえよ。だが、さすがにグロウブの能力に対して、サポートするぐらいはできるだろ? 任せっきりは俺のプライドが許さねえしな」
『……わかった』
ブツっ
「……メルメル。浮かび上がったサクラザカたちを狙撃するぞ」
「……りょー……かい……」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「なんなんだよ!?」
そこには空に浮かんだ街の住民たちがいた。
「早く助けねえと!」
その時、後ろの欠けた街灯から崩れた破片が、空に向かっていった。その光景をサクラザカは目撃していた。
「待ってください。カゲロウ!」
その言葉を聞く前にカゲロウは地面を蹴り、飛び跳ねた。
瞬間。
「え?」
カゲロウは自分の体が空に引っ張られるのを感じた。その現象にカゲロウは驚きを隠せなかった。
「うおおおおお!」
サクラザカはすばやく、カゲロウの手をつかむ。
ドスンッ!
「ぐへっ!」
つかんだと同時にカゲロウは再び地面に落ちてきた。
「なんだってんだ? これは……」
サクラザカは自分の左手の指を噛みちぎる。そして、そこから流れる血を見せた。
その血は手から離れると同時に、空に向かっていった。いや……空に落ちているという方が正しいだろう。
「おそらく敵の特殊能力でしょう。地面から離れたものの重力を逆向きにし、空高くまで連れていく能力。いわば、『浮かせる能力』といったところでしょうか……。あえて、一定の高さで浮かせているのは、僕らを狙いやすくするためです」
サクラザカの瞳は状況の厳しさを捉えていた。
「つまり……僕らが、うっかり地面を離れた時点で敗北が決定するということ……」
「……やばすぎだろ。それ……」
「なかなか広範囲で強力な能力ですね」
それを聞くと圧倒的にこちらが不利であった。状況は絶望的である。
「ひとまず、ここを離れましょう。それから、対策を練ればいい」
サクラザカの言ったことは確かに合理的であった。
だが……。
「悪いが、それはできない」
「…………え?」
その言葉が、サクラザカには理解ができなかった。だが、すぐにカゲロウは理由を説明をする。
「ここを離れて、浮かんでいる街の人々が無事である保障は無い。もしかしたら、敵が非人道的なやつで簡単に殺すかもしれない。もちろん、殺さないかもしれない。だが、どちらにしても、俺がそいつらを助けない理由にはならない。だから、俺は今、ここで戦う」
「ですが、それは無謀だ」
「いいや違う。……俺には考えがある」
その時、カゲロウは突然地面を跳ねた。
「カゲロウ!」
「この中で一番遠距離から対応ができるのは俺だ。だから、俺がおとりになって攻撃を受ける。どんな攻撃も、使ったやつの場所は予想しやすい。お前らは攻撃のある方向に向かえ!」
カゲロウはそう言い放つと、空高くへ飛んでいった。
「……カゲロウ」
サクラザカにとって、街の住民など眼中に無かった。だが、カゲロウはすべての人間を助けようとしていた。
それはかつてサクラザカが捨てた思いだった。
「……あなたはすごい人です」
そして、サクラザカは走り出す。
「ジェナちゃん。コハル。行きましょう。敵を一刻も早く叩き潰すために……」
「……わかりました!」
二人も後に続いた。
しかし!
「…………っ! ジェナちゃん!」
「……え?」
サクラザカはジェナの体を押し飛ばす。
ドシュンっ!
「……サクラザカさん?」
二発の弾丸がサクラザカの体を貫いた。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「……おっ。出てきたぜ」
タクトが屋上から双眼鏡を使って眺めていると、遠くにカゲロウの姿が見えた。
メルメルはスコープを覗く。だが、表情が険しくなる。
「どうした?」
「……射程……足りない……」
「……そうか」
タクトには予想がついていた。街に大量にいる偵察隊が、わざわざ射程の長い銃を使うよりも、他の連中に連絡した方が早い。
そのため、射程の短い銃を使っているのだ。
「だが……」
それでも、タクトには考えがあった。
「……兄さん?」
タクトの大きな手がメルメルの小さな手を支える。
「俺が能力で弾丸の軌道を作る。俺の能力で作った直線の軌道は、お前の能力以外で変えることなんかできねえ」
「うん……。それ……絶対……」
「だから、弾丸は絶対に直線にしか進まない。当てられるか?」
「……楽勝……」
メルメルは銃の引き金に指を触れる。タクトはメルメルを信じていた。
「0から1に変えるっていう基礎的な仕事は俺の役目だ」
「…………?」
「だが、1から無限に変えるのはお前の仕事だ! メルメル!」
「……りょーかい……」
ダアンっ!
弾丸はカゲロウの方へ向かった。




