第8話 帝国の裏事情
プルルルルルっ!
「あ?」
タクトは持っていた携帯を取り出し、連絡を取る。
「なんだ? グレーか?」
『ああ。私だ。そっちはどうだ? タクト』
その声は前より高くなっていたため、タクトは一瞬、それがグレーだと気づかなかった。
「たった今、帝国の連中に喧嘩売られただけだっての……。まあ、すぐに吹き飛ばしたがな……」
『そうか……。おそらくお前は体が変化しているから、攻撃の威力を調節できていないだろ?』
「ああ。そのとおりだ。さっき実感できた」
『だから、別のメンバーも向かわせる』
タクトはその指示に不満を持っていた。
「俺とメルメルだけじゃ足りないってか?」
『団長の指示だ』
「…………」
それを聞くと、タクトは納得した。ブラックの指示に間違いが無いのは昔から知っていたからだ。
「……わかった。ところで、誰が来るんだ?」
『グロウブと……そうだな。私が向かおう』
「……矛盾してるぜ。お前だって女になってやがるだろ? 戦えんのか?」
『心配するな。私はもとから中性的な見た目だ。少々髪が長くなった程度。これぐらい大丈夫だ』
「……そうか。んじゃ切るぞ」
ピッ
後ろからチョコレートを食べながらメルメルがやってくる。
「……兄さん……どうする? ……このまま……体が戻るの……待つ?」
「んな訳あるか。俺たちもできる限り援護するぞ。そうだな、まずは南地区から行くか……」
「……りょーかい……」
タクトとメルメルは街を歩き始める。
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「ひいっ」
サクラザカを前にして、アデルは怯えることしかできなかった。
そこは路地裏の人がまったくいない場所だった。その中でアデルは縄で縛られ、まったく動くことができなかった。
そんな中でサクラザカはアデルに質問する。
「では、聞きます。……帝国は何が目的であなたをこの街へ送り込んだのですか?」
「嫌だ! 言いたくない!」
ビシッ!
「いやああああああああああああああああああああああああ!」
サクラザカはアデルの左手の小指の爪を剥がす。
「もう一度聞きます。何が目的ですか?」
「あなたたちとは関係無い! 財団の連中が麻薬を売るのを防いでいたから、それをやめさせに来ただけよ!」
その光の無い黒い瞳がアデルを見つめる。
「そうですか。では次の質問に移ります」
「ひっ」
アデルは能力を発動させ、逃れようと考えた。しかし、能力を発動させても、縄の外へ移動できなかった。
サクラザカにはアデル以外の物が視界に入っていないのだ。それはサクラザカの『絶対に逃がさない』という意志をアデルに伝え、彼女はよりいっそう恐怖を感じた。
「あなたの持っているこの氷のような弾丸は何ですか?」
『氷結晶』について他人の話すことは帝国騎士団内では禁止されていた。それを話すことは、帝国騎士団において厳しく罰せられることになる。その罰は最悪、死刑にだってなる。
「……嫌だ!」
ビシッ!
「ああああああああああああああああああああああああ!」
今度は薬指の爪を剥がされる。
「質問にはしっかり答えてください」
またしても、黒い瞳がアデルを見つめる。
「……それは『氷結晶』……うまく使えば、特殊能力や魔法を一時的に無力化することができる物質よ」
「……そうですか……では、最後に聞きます」
サクラザカはアデルを見下ろしながら、それを問いかける。
「……皇帝の……正体を教えてください」
「…………え……」
「知っていますよね。あなたは騎士団の中でも、上層部の人間と見た。そんな人間が皇帝を知らないわけが無い」
「…………」
アデルはそれだけは死んでも答えられなかった。
皇帝の正体。それは帝国騎士団の上層部しか知らない。もしも、それを答えれば…………。
「……嫌だ」
ビシッ!
「いやあああああああああああああ!」
中指の爪が剥がされる。
「嫌だ! 嫌だ! あんなひどい死に方したくない!」
それは散々針で体中を刺され、ゆっくりと痛みを味わいながら殺され、最後には公衆の面前で晒し首にされるという死に方だ。
ビシッ
「嫌だ! 嫌だああああああああああああああああああ!」
人差し指の爪が剥がされる。
「……うう……」
「…………話してください」
「……嫌……だ」
ビシッ
「うがあああああああああ!」
親指の爪が剥がされる。
もうアデルはその痛みに耐えられなかった。
「……安心してください」
「…………え?」
サクラザカはその手に剥がれた爪を合わせ、青く発光させる。
「……あなた……」
「さすがにこれ以上、右手まで痛めつけるほど僕は鬼ではありません」
その左手はもとの綺麗な状態に戻っていった。
「……話せない事情が……あるんですね?」
「…………はい」
……ビシッ
「いやあああああああああああああああああああ!」
再度、小指の爪が剥がされる。
「……関係ありませんよ。そんな事情」
「……うう……これ以上、痛めつけないって……」
「右手はですよ? さすがに利き手を痛めつけて、痙攣するようになったら責任が取れないので……」
「……ひどい……」
ビシッ
「ああああああああああああああああああああああああ!」
「……話してくれると、嬉しいです」
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拷問を始めてから、数時間後。
サクラザカが路地裏から戻ってきた。
「……サクラザカ。あいつは皇帝の正体を話したか?」
「……いえ、なかなか話しませんでした」
「そうか……」
皇帝の正体さえ話してくれれば、帝国の事情もわかると思ったんだが……。
不意に、サクラザカの手についた血を眺める。
「……爪は……何回剥がしたんだ?」
「……何言ってるんですか? 10回しか剥がしてませんよ? なんせ10個しか爪は無いんだから……。それにちゃんと回復魔法で治しておきましたし……」
「……そうか。……そうだよな」
俺は多少の疑問を持ちながらも、サクラザカを信じる。
サクラザカは道を歩き始め、それに俺もついていく。
「……ですが、一つだけ答えてくれました」
「なんだ?」
サクラザカはこちらを向き、それを口にする。
「今の皇帝は……女です」
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「……うう……」
手足の爪を剥ぎ取られ、片目の視界を奪われたアデルは地面を眺めることしかできなかった。
何度も爪を剥がされたため、痛みで右手以外がうまく動かなかった。
「……どうして……こんな……」
「……はははっ。いい気味だね。アデル」
建物の上から、その男は声をかける。
「……あなた……は……騎士長……」
「やあ、ずいぶんとひどい目に合ったみたいじゃないか」
建物から降りると、アデルの前まで近づく。
「助……けて……」
「ええ! やだなあー!」
男は黒い髪の隙間からその瞳をのぞかせる。そして、爽やかな笑みを浮かべながら、こちらを見下ろす。
「だって麻薬の管理なんて別の人間にもできるもん。むしろ皇帝の秘密を少しでも話した君には死んでもらわないと……」
「……嫌……だ」
「ん?」
アデルはその男をにらみつける。
「嫌だあああああああああああああああああああ!」
男の視界の中をアデルは動く。そして、男に蹴りを入れる。
だが……。
「え?」
その蹴りを行った脚は大きな光線で弾き飛ばされた。
「悪いけど……僕も君にかまってられないんだよ」
「あ……」
「ごめんね」
男の拳がアデルの顔面に叩きつけられる。そして、その拳は頭を粉砕した。
「腐った果物はすぐに処理しないとねー」
男はボロボロの死体を置き去りにし、笑顔でその場を後にする。




