第6話 僕は…を重ねていく
「貴様っ!いったい何をした!」
特殊能力の発動は僕にとっても予想外の出来事だった。それが相手を重くした場合、自分も重くなるとか……よくわからない能力だ。
それでも、今のこの状況では心強かった。
「僕はあなたには負けない。絶対にあなたを倒して、お嬢様を」
僕は剣は構えながら叫ぶ。
「守るんだ!」
瞬間、やつは走ろうとする。すかさず僕は能力を発動する。
グワワアーン
「ぐおっ」
再び男の足は黒くなり、動きが鈍くなる。自分の足も重くなるが、それを利用して地面を蹴り、さらに加速する。
僕は男に剣を振りかざす。しかし、男はそれを受け止める。
「なるほど。そういうことか。お前の特殊能力は重くする能力だろう」
「それがなんですか? わかったところで、今あなたが不利な状況だということに変わりは無い!」
「いいや。少し違うね。デメリットは……メリットに変えていかなくてはな」
その時だった。
「ぐはあ!」
背中がものすごく熱い。目の前の男は消え、後ろに回り込み、既に僕の背中を斬りつけていた。
「馬鹿な。重くなっているはずなのに」
「残念ながら、俺も特殊能力を持っているんだ。高速で動くっていう特殊能力をな!」
「がはっ」
腹に思いっきり蹴りを入れられる。腹から昇ってくるものを感じた。
「ぼええっ」
口から血が吹き出した。痛みは魔弾を受けた時以上だった。
この男は完全に僕に余裕ができたところを狙っていた。だからあえて、僕の能力に引っ掛かったふりをしたのだ。
「いやあ、実際初めて能力を見た時は焦ったよ。身体強化の魔法だけでどうにかなると思っていたが、お前の特殊能力が動きを封じるものだったとはな。だが、一度見れば容易に対策はできる。身体強化と特殊能力でお前の能力は打ち消すことが可能だったということだ」
彼はさらに高速で動き、剣を振り下ろす。
「さあ。死ぬがいい。サクラザカ」
まだだ。まだ……負けてない!
僕は体を後ろにずらす。その時だった。
地面が滑りやすいことと、足が重くなっていることが重なり、僕は滑ってしまった。
「そんな……」
このままでは、やつの攻撃を避けられない。
僕は目を閉じた。やつの剣が僕の胸を切り裂く。
瞬間、ジャージの胸ポケットが輝きだした。
「うおっ。なんだこの光は!」
男は目を抑えた。しかし、その光によって彼の視界はぼやけてしまった。
「いったい何がおきたんだ。どうしてやつはしゃがみこんでいるんだ」
今、起きたことを理解できなかった。
ふと、胸ポケットの中を見る。そこには黄色の宝石が真っ二つになっていた。
「どうやら、この宝石はキッチンの赤い石と同じように魔石だったようですね。黄色の魔石は割ると光を発するみたいだ」
僕は立ち上がり、やつのもとへ向かう。男は目が眩み、動きが鈍くなっていた。
「これで、あなたを倒すことができる」
僕は剣を上げ、男を切るかまえをした。
瞬間、僕の脳裏に何かが走った。
冷静に考えると、僕は人を殺したことが無かった。僕の手は震えていた。
「どうして、あなたを殺さなければならないんですか? 皆助かる道は無いんですか?」
僕は愚かにも、彼を殺すことに躊躇してしまった。
その一瞬で彼は僕の足を蹴り倒した。
「ああっ!」
「甘いぞ。少年。お前がどんなに綺麗な人間だとしても、やらなければならない時があるのだ。俺にとっては今だ。今お前を殺して、吸血鬼を殺す! それが俺の使命だ」
使命、 、 、 。その言葉は僕に何かを与えた。
キュイイーン
僕は能力を解除し、いったん離れた。
本当にそうなのか? 誰かが傷つかなければ、この戦いは終わらないのか。
ならば、
「僕があなたも含めて、皆助ける。それが僕の使命だ」
「それは……願望でしかない。サクラザカ」
彼は地面を蹴り向かってくる。
グワワアーン
一瞬、やつの動きが鈍くなるのを感じた。
その彼の体に剣を振りかざす。
「無駄だ。能力を発動!このまま、まっすぐ進む!」
瞬間、僕は剣を地面に捨てる。
キュイイーン
「何!貴様何を考えている!」
「あなたの能力は一見、強いが最大の弱点を抱えている。それは移動する前にルートを決めなければならない。だから、もうまっすぐ来るというルートは変わらない!」
「何!」
どれだけ速くても、ルートさえわかれば相手の位置を把握するのは容易なことだ。さらに、軽くなり、やつも動きを制御できないはずだ。
僕はあらかじめやつが通るとされるルートに右足で蹴りを入れる。
「うぐっ!」
やつは見事に蹴りにぶち当たった。鉄鎧に対して、僕は普通の足だったので反動は凄まじかった。
「まだだ!」
グワワアーン
僕は能力を発動して、左足が黒くなり重くなるのを感じる。それによって、左足の支えを強固にする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
両足に力を込める。そして、やつを森の木へ蹴り飛ばした。
「うぐっ」
右足に違和感を感じる。
「うぐあああああああああああ」
猛烈な痛みが襲う。どうやらあまりの負荷に右足の骨が折れたようだった。
キュイイーン
僕は能力を解除し、その場に倒れた。
蹴り飛ばされた男はというと、どうやら腹の辺りの鎧が砕け、木に打ち付けられているようだった。
――どうか、もう立ち上がってこないでほしい。せめて、そのまま眠ったまま……――
その願いもむなしく、やつは立ち上がった。だが、ダメージはあったようでやつの動きが鈍く、腹を抑えていた。
「なか……なか……今のは、きいたぞ。だが、これでもう俺の勝ちだ」
僕はもう諦めていた。こんな状態になってやつの攻撃をかわせるわけがなかった。
近くに男が寄り、剣を上に上げる。
「さらばだ。誇り高き人間よ」
……なんだよ。結局僕は何の役にも立てないまま死ぬのか。
――ねえ。本当にそれでいいの?――
さっきからなんなのだろうか。この直接脳に語りかけてくるものは。
――いいの? お嬢様と永遠にサヨナラだよ?――
もう……やめてくれ。意味無いだろ。抵抗したって。
「お前……」
すると、男がこちらを異様な目で見てくる。
「……なん……なんだ? お前は」
その時だった。
黒い光が目の前を走った。その光は一瞬男の後ろにいたかと思うと、またもや瞬時に消えた。
「なんだと……これは!」
男の剣を持った右腕が切断されていた。腕は血を出しながら、地面に落ちる。
「うぐっ。……なんなんだ」
男はこちらに夢中で他のことに警戒していなかったのだ。
僕は黒い光が向かった先を見る。
「お嬢……様……」
そこには、夜の王である吸血鬼の姿があった。
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「貴様が吸血鬼か!」
「黙れ」
少女の冷たい言葉がその場に響く。
「うぐっ」
男はまるで口を縫い付けられたかのような状態になっていた。
「動くな」
そして、男の体はそこに固定されたかのようになった。
「ッ!」
お嬢様は男の横を通り、僕の前で座った。その時、なぜか男はお嬢様に手を出せなかった。
そして、僕の左手をつかみ、言う。
「少し、血をもらうわよ」
その手に噛みつき、血を吸う。足がもっとひどい状態だからか、あまり痛くは感じなかった。
やがて、僕の左手から口を離し、再び立ち上がる。
背中から黒い翼を広げ、赤く発光した瞳は男をとらえている。
「言っておくけど……私の執事に手をだしたあなたは、絶対に許さないから」
その時、男は急に動き出した。
「まだ、俺はお前を殺せる」
瞬間、お嬢様の右手から光の玉が三つ発生し、それぞれから光線が放たれた。
光線は鎧の砕けた部分に命中した。
「がはあっ」
ひるんだところに左手の魔弾を兜に叩き込む。兜は破られた半紙のように壊れていった。
その衝撃で男は道の奥へと吹っ飛んだ。そこにお嬢様は飛び、間髪入れずに上から蹴り落とした。
男の鎧はほぼ壊れ、もはや動くのも難しかった。
その男の前に立ち、お嬢様は言う。
「これからあなたのことを殺す。別にいいわよね。私たちのことを殺そうとしたんだから」
お嬢様は男に近づき、両手に魔弾を発生させる。
なぜだろうか。なんだか、このままではまずい気がした。
あのお嬢様が本当に人を殺したいと思っているのだろうか。
いや……絶対に違う。彼女はあの男を殺さなければ、自分たちが殺されると考えている。もっと正確に言うと、僕を守るためにあの男を殺そうとしている。
このままでは彼女が人殺しになってしまう。
――本当にそれでいいの?――
またもや不思議な声が語りかけてくる。
「駄目に決まってるだろ!」
グワワアーン
「なっ! なによ、これ!」
お嬢様に特殊能力をかけた。あの男を殺させないように。
その時、なんと男が動きだしたのだった。
「これは神が俺にくれたチャンスだ。吸血鬼を駆らせてくれるチャンスなんだ」
僕は痛みを感じながらも折れた右足で立ち上がり、剣を拾い男のもとへ向かう。
お嬢様は……僕が守るんだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
それは一瞬の出来事だった。男の首を僕の剣が貫いた。そして、剣は男の首を跳ね、首の断面から血が吹き出した。
血は辺りに飛び散り、お嬢様にもかかった。
「サクラ……ザカ……あなた何を!」
僕は力なくその場に倒れた後、目の前の首の無い死体を眺める。
自分が恐ろしくなった。急な出来事があったら、人はこんなにも残酷になれるのだとわかった。
僕は……人殺しだ。
ふと、男の首から落ちたものがあった。それはペンダントだった。その中から何かが見えた。
「写真……」
それは妻と娘だろうか、家族写真だった。おそらく、彼は家族のために騎士として働いていたのだ。
「彼も……同じだったんだ。僕と同じだったんだ。守るものがあったんだ。それなのに、僕は自分のことばかり優先した」
僕は真実を知った時、次第に僕の体が重くなるのを感じた。
「これは……僕の特殊能力が強くなっている。…………そうか。この黒いものは罪だ……。この能力は罪悪感を重さにしているんだ。僕の特殊能力は『罪悪感を重さにする能力』だったんだ」
僕は戦っている時の彼を思い出し、崩れ落ちた。地面に涙が落ちた。
「彼は……いい人だったんだ。僕を……殺すことにずっと……罪悪感を感じていたんだ。それなのに……僕は……」
僕は理解した。彼は罪を感じるからこそ、僕を本気で殺しに来ていた。お互いが守るものがあるから戦いでそれを決めようとしていた。だけど、僕は傲慢だった。戦いに泥を塗った。
皆を助けるのが使命だと。
違うだろ。結局、殺しているじゃないか。今、ここで。
ようやく、それが願望でしかないことを理解した。同時に自分がいかに自分勝手だったかを理解した。
そんな無様な僕をお嬢様は見つめる。
「…………」
「…………」
沈黙の中、雨音だけが響き渡った。
僕は罪を重ねていく。