第4話 そして、世界は反転する
…………。
「…………ん?」
ずいぶんと長い間寝ていたようだった。まだ、寝ぼけたまま、俺は立ち上がる。
「……そろそろ風呂にでも入るか……」
この宿の風呂はわりと良い効能のある温泉らしい。入らないわけにはいかないだろ。
そして、俺は部屋を出ようと歩き出す。
ドスっ……
「あ?」
なにやら、足にぶつかった感触があった。
床には、黒髪にメガネをかけた奴がいた。
「……何やってんだ? こいつ」
どうやら、サクラザカは寝ているようだった。そうとう疲れていたのだろう。
「……ったく、仕方ねえな」
俺はそいつを持ち上げ、ソファに寝かせる。その時、妙にサクラザカの体が軽く感じた。
だが、寝ぼけている俺はあまり細かいことを考えなかった。
「……さっさと風呂に入らねえと……」
俺は部屋から出ると、隣の部屋は鍵がかかっていることに気がつく。どうやら、コハルとジェナは風呂から出て寝ているのだろう。
「マジで長い時間寝てたんだな。俺」
そのまま、風呂に向かった。
脱衣所に入ると、なんだか浴場の方が騒がしい。この時間なら、あまり人は入っていないはずなのだが……。
「……覗きでもやってんのか?」
俺は一着ずつ服を脱ぎ始める。正直、とっとと風呂に入って、寝たかった。
「……さて、行くか……」
俺は一枚のタオルを持ち、浴場に向かう。そして、扉を開けた。
そこには、多くの女がいた。
…………。
…………ん?
「ちょっとなんだよこれ!」
「なんで胸がありやがるんだ!」
「おい! 誰だよ、こんなことしたの!」
男のような口調で話す女たち。そいつらを見て、俺は目が冴えてしまった。
「うおいっ!」
バタンッ!
いきなりのことで思わず扉を閉める。
「なんだ! なんで女がここに……もしかして、女湯に入っちまったか!?」
慌てて、風呂の暖簾を確認しに行く。だが、そこにはしっかりと男湯と書かれていた。
……じゃあなんで、浴場に女がいたんだよ!
俺は一度浴場の方に戻る。だが…………。
ツルっ
「あっ」
湿気が多いせいか、その場で転んでしまった。転んでしまったのだが……。
「……なんか、胸に感触が……」
どうやら、それのおかげでそこまで衝撃を受けなかったようだ。
「……なんだこれ?」
モミュっ……モミュモミュ……
そこには2つ丸く柔らかい何かがあった。
…………。
…………あ!?
それは間違いなく、女性特有の胸だった。
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああ!」
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「おい! サクラザカ!」
俺は服を着て、すぐに部屋に戻った。寝ているサクラザカを叩き起こす。
「……むみゃむみゃ……どうしたんですか? カゲロウ」
「どうしたもこうしたもねえよ! 俺の体が…………あ?」
そこには黒髪で、メガネをかけた女の姿があった。
「「誰?」」
俺とそいつは声を揃えて言う。
やがて、この現象がすべての人間に起こっていることに気がつく。
「……もしかして、お前……サクラザカか?」
「……まさか、カゲロウ?」
俺たちはお互いに起きたことを理解する。
「もしかして、性別が入れ替わっちまったってことか!?」
「……どうやら、そのようですね」
「マジかよ……」
不意に、俺は他の二人が心配になる。
「あいつらは大丈夫なのか?」
「……行ってみましょう」
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「どういうことですか!?」
ジェナは泣きそうになりながら、俺らに問いかける。
「なんで私も男になっているんですか?」
「落ち着けって! お前はさほど前とは変わっていないから!」
やはり、年齢が小さいからか、そこまで前とは変わっていなかった。
そんな時、コハルが奥から出てくる。コハルの様子はなぜか、以前とまったく変わらなかった。
「……なんでお前はまったく変わってないんだ?」
「さて、なんででしょうか? もしかして、ボクの男の姿が見たかったですか?」
「いや、見たくねえよ」
「ボクはサクラザカさんの理想に魂が宿った存在ですよ。理想に性別なんてあるわけないじゃないですか」
なぜだか、そいつは自信満々に答える。
「つまり! 今のボクはジェナちゃんより胸があります!」
「へ?」
急に話を振られたジェナは驚いている。そんなジェナに勝ち誇った表情を浮かべるコハル……。
そいつの肩を俺は触れる。
「……何ですか?」
ボインっ。
「…………何のつもりですか?」
「…………」
「…………」
「…………ふっ……あ痛たたたたたたたたたたたたたたた!」
俺が鼻で笑うと、コハルは容赦なく俺の胸をつかんでくる。てか、ほぼ握り潰そうとしている。
そんな中、サクラザカが状況を分析する。
「……どうやら、これは無差別に行われている能力みたいですね。僕ら以外も、宿の人間……それだけでなく街にいる人全員が性別が入れ替わっているようです」
「まさか! これも財団のメンバーの仕業か?」
「……いや、恐らく僕らに直接の被害が出ていないことから、財団の仕業とは限らないでしょう。むしろ、財団のメンバーがこの街にいる以上、この攻撃は彼らにとってもデメリットになるはず……。僕らの顔を見分けづらくなるのだから……」
「じゃあ、どういうことだ?」
サクラザカが考え込んでいると、その服の中からウィンが出てくる。
「……ふう、やはり男よりも女の体の方が……げふんげふん!」
「おい」
咳でごまかした後、ウィンは話し出す。
「……例えば、ファースト様の作ったあの鎧が産み出した魂。そいつの持つ特殊能力が暴走している……と考えるのが一番ではないか?」
「暴走……しているだって?」
「あの鎧自体、能力が暴走していると言っても過言ではない。だから、そいつが産み出した魂の特殊能力も暴走している可能性が高い」
「じゃあ一刻も早くその鎧を止めねえと……」
そこにサクラザカが言葉を放つ。
「いえ、今まで鎧がこの街に来てから、このような現象は起きなかった。つまり、鎧自信そこまで多くの物体に魂を宿している訳ではないのでしょう。……それにこの能力はそこまで危険な物ではない。だから、慎重に鎧へ近づくべきです」
……確かに下手に動いて、財団に見つかるよりも警戒をしながら活動する方が良い。
だが……本当にこの能力は危険ではないのか?
「とりあえず、この件に関しては一旦保留で大丈夫でしょう。今日はしっかりと睡眠を取って、明日また活動を再開しましょう」
「……ああ、そうだな」
俺たちはサクラザカの指示に従った。




