第10話 『亡霊』
「アルタイル?」
「ああ?」
後ろからベガが話しかけてくる。
「……どうした?」
「これからどうするの? 一回村に戻る?」
正直、この件は今夜中に終わらせたい。だが、これ以上ベガを巻き込む訳にはいかなかった。
「ベガ……お前は村に戻ってろ。さっきの男が言うには、この先に敵はいない。そんなに回復魔法が必要ではないだろ。だから、早く村に戻って、村のやつらを安心させてやってくれ」
俺はベガの瞳を見つめる。すると、ベガも何か感じ取ったのか、しっかりと頷いた。
「うん! わかった。危険になったらちゃんと逃げるんだよ?」
「ああ。心配ねえよ。…………とっとと行け」
ベガは遺跡の俺が来た方向に走り出す。俺はそれを見届けると近くの階段を降りる。
それは下の階層に繋がっていた。そこにはまた違う絵の描かれた壁画があった。
「…………」
それは住民が殺され、街が焼ける様子……すなわちメディテ王国の崩壊を表していた。
だが、その次も壁画があった。
「……ああ? なんでメディテ王国以外も描かれていやがる」
そこには同じように……フレインタリア王国………ユニギリム王国……の順番に歴史が刻まれていた。
「……メディテ王国が滅んだ後も、誰かが記録してたってことか? ユニギリム王国の崩壊は比較的近い時代の出来事だ。どうなってやがる」
俺はひたすら進み続けた。その先は……何か異様で、踏み入れてはいけない雰囲気があった。
この先へ進むのは、まるでパンドラの箱を開けるかのようだった。
「……?」
そこに……また階段があった。
俺は重い脚を動かし、その階段を降りていく。階段の壁画には、5人の少年少女が描かれていた。
そして、最後の部屋にたどりつく。そこには一人の男がいた。
「お前。いったい何者だ」
「…………来たか」
その男の声はとても弱々しかったが、何か信念のこもった声だった。
「……ようこそ。私たちは『ゼロズ』」
男の周りには薄くユラユラと揺れていて、そこに存在があるのか微妙な人間たちがいた。
一人や二人ではなく、数えきれないほど多くの人がいた。
「ああ? なんなんだ。てめえら」
男は笑みを浮かべ、言葉を発する。
「……我々は皆、異世界からやってきた人間だ。全員な……」
「なんだって? 異世界からやってきただと……」
その言葉を俺は到底信じられなかった。その様子を見て、男が話し出す。
「まあ、さほど重要なことではない。ただ私たちがそう呼ばれているのはそれが理由だからだ。ただそれだけのことだ。本題は他にある」
「その本題ってのは何だ?」
男はいくつか質問をしてきた。
「君は……亜人とは何か知っているかい?」
「……別の生物の性質を持った人間……じゃねえのか?」
「じゃあ……その別の生物とは何だい?」
「ああ? そりゃ人間以外の動物じゃねえのか?」
「それは違うんだ」
俺の意見を男は否定してくる。
「……亜人というのは……人間と『魔人』が混ざった者を言うんだ」
「魔人……だと?」
「魔人は……様々な種族があり、皆共通して見られるのは魔素を操り、魔法を扱えるという点なんだ。逆に純粋な人間の魔素吸収レベルが0なのは魔人の血がまったく流れていないからだ」
「で? その魔人が何だってんだ? 俺が昔聞いた言い伝えでは、魔人は異世界からやってきたって話だがな……」
「違うんだ」
「ああ?」
男はまたもや俺の意見を否定し、石のイスに座りながら話す。
「少し……別の視点で話をしよう。君はこの世界について、知っているかね?」
「…………亜人と人間が共存する世界……ってぐれえだな。知っているのは……」
「じゃあ、なぜ純粋な人間はいるのに、純粋な魔人は存在しないんだい?」
「……なんでだ?」
この男の意図がわからなかった。だが、確実にこの世界の真理に近づいている感触があった。
男はまた話し出す。
「それは……この世界にしか魔人が存在しないからだ。だから、他の世界から純粋な魔人を連れてくることができなかったんだ」
「…………ちょっと待て? その言い方だとさっきの言い伝えの矛盾するぞ」
「ああ。だから、その言い伝えが間違っているんだよ」
「あ?」
「異世界からやってきたのは、『人間』だけなんだ」
…………。
「何……言ってやがんだ? それが何だってんだ?」
「この世界はもともと魔人だけの物だったんだ。だが、それを人間が侵略した。そして、あたかも魔人が侵略してきたかのように歴史を作り変えたんだ」
「は?」
「まだ……この世界が魔人だけだった時、ある魔人が異世界から人間を連れてくる計画を発動した。その結果、やってきたのが『最初の人間』と呼ばれる者たちだ」
「最初の……人間……?」
「そうだ……。そして、その中にいた人物に悪人が紛れていたのだ。そいつが魔人たちにとって都合の悪いことをした。そのおかげで、魔人たちは異世界の人間に良いイメージを持っていなかったんだ。だが、悪人であるその人物は逆にそれを利用した。おそらく強力な特殊能力を持っていたのだろうか。彼だけ安全な地位に上がり、他の異世界の人間を迫害し始めた。……そこからだ。世界が狂い始めたのは……。だが、ひどいのはその後も彼は異世界から人間を呼び出し、奴隷にしていた点だ。また、多くの人間がやってきた影響で人間と魔人の混合種である亜人が産まれた」
男の言っていることが事実とは限らない。だが……なんなのだ。この説得力は……。まるで自分が経験してきたかのような……。
「そして、それから何千年の時が経ち、歴史が改変された。あたかも魔人が異世界からやってきたかのようにな。そのため、逆に魔人の子孫である亜人たちが迫害されることになった。その結果は、ユニギリムでの奴隷制度が代表的であろう。特に、かつて魔人の王に君臨していた吸血鬼はひどい扱いを受けていた。この世界は……そうやって、一時の歪みから始まったのだ」
「……てめえは……」
「……?」
「てめえは何者なんだ?」
ここまで世界のことを知っている人間を俺は見たことが無かった。特に、改ざんされた歴史すら知っている人間など……。
男は自分のことを話し出す。
「……私か? 私の名はフジワラという……。最初の人間の生き残りといったところか」
「なに?」
「まあ、私の特殊能力……『永遠にする能力』で寿命を無くし、はずれた者として生きているだけだがな……。さっき戦ったユニギリム王も同じような方法で生きていた」
「……なぜ……こんなところにいやがる」
「後世に真の歴史を伝えるためだ。ただ、自分たちの罪を……知ってほしい……。ただ……それ……だけ……だ」
「……!」
その時、男の体も周りの人間と同じく透けていった。
「何を!?」
「はずれた者となってから、私の特殊能力も衰えてしまってな。どうやら、もうここまでらしい」
「……あんたは……なんで……俺にそこまで教えるんだ!」
「なんでだろうな……。ただ遥か昔にこの世界にやってきて、魔人たちに優しくされたことが、いまだに忘れられないんだ。だから、次の世代に……真実を伝えたかっただけだ」
「…………」
「ただ……一つだけ……心残りがある」
「……なんだ?」
「……フランチェスカ……という少女を知っているか? 彼女には……辛い思いばかりさせてしまった。……だから、せめて……幸せにしてあげたかった……」
俺は心を決め、拳を握り締める。
「わかった」
「……?」
「そいつに会ったら、できるだけ助けてやる。それで十分か?」
「ああ。ありがとう……感謝……する……」
そう言って、男と周りの人間は消えていった。空気が部屋に入った時とは違い、嘘のように澄んでいた。
「……さて」
おそらく、ベガが村で待っているだろう。早めに戻らないと後で面倒なことになる。
「……帰ろう……」




