第25話 だけど……私は進むことを願った
私とレベッカは団長の部屋にいた。
私は……どうしても聞かなくてはいけなかった。
扉から団長が入ってくる。
「よお。どうした? 急に話ってのは……」
私は手を握りしめ、勇気を振り絞る。そして、言葉を発する。
「財団って……人を殺して、悪いことをしているんですか?」
「……そうだ」
団長は即答する。そのことに私は胸が苦しくなった。
「じゃあ! リズが殺されたのは、財団が悪いことをしていたから、その報いだったんですか!? はっきりしてください!」
「ああ……そうだな……。だが、それは俺たち財団が悪いことが直接の原因ではない」
団長は私を見下ろし言う。
「あいつが弱かったからだ。弱いから死んだんだ。ただそれだけだ」
その言葉を聞き、私は更に嫌な気持ちになった。そして、私は団長に頭を下げる。
私には……もう決心がついていた。団長がこんな人間だということは薄々気づいていた。
「どうした? ジェナ」
「団長……今日で財団をやめさせていただきます」
その時、レベッカが私の肩をつかむ。
「ちょっと! ジェナ! 本気で言ってるの!? そんなことしたら、リズの仇を撃てないんだよ!」
「そんなことしたって、リズは喜んだりしないよ! どうしてそんなことができるの!? どうして殺し合わなくちゃいけないの!?」
レベッカに反論した時、私は涙を流していた。財団なんかに入ったから、私たちは利用されたんだ。
私はこの世は裏切り裏切られるようにできていると言った。でも、それは違ったのだ。
そうしているのは……人間の方だったのだ。
バチンッ!
その時、私の頬をレベッカに叩かれる。
「あんた。今さらここまで来て何言ってんの! 私たちはもう戻れないんだよ! 私たちは等しく罪人なんだよ!」
「それでも!」
私は大声で言い返す。
「それでも、私はこれ以上罪をおかしたくない!」
それを言った時、私はもう耐えられなかった。部屋の扉を弾き飛ばし、走り出す。
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どれだけ走っただろうか……。
私は雨の中でびしょ濡れになっていた。
せっかく整えた髪も崩れ、台無しだ。
それでも……私は走り続けた。
そして、あのカフェの前に立っていた。目の前に普段着のマスターがいた。
「よお。嬢ちゃん。悪いね。今日は定休日なんだ」
「そう……ですか……」
私は振り返り、別の場所へ行こうとした。
だが……。
「でも嬢ちゃん。一人だけ客が来る予定なんだよ。そいつの誘いに嬢ちゃんが呼ばれてるんだ」
「…………えっ?」
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私は、店のカウンターに座っていた。マスターから借りたタオルを羽織っていた。
「はい。カフェオレ」
「あの……。すみません。今、ちゃんとお金持ってなくて……」
「そいつもおごりだよ。その客からの……。礼ならそいつに言ってくれ」
「そう……なんですか……」
そんなに親切な人は彼しかいなかった。
突然、お店の扉が開いた。そして、その男が入ってきた。男はいつもどおりの黒髪で眼鏡をかけていた。
「…………サクラザカさん……」
「やあ……ジェナちゃん……」
この人は……リズの仇だ……。
だけど、素直にこの人を恨めなかった。この人だって……好きで殺したわけではないのだ。
「あの……」
「どうしたんですか?」
「カフェオレ……ありがとうございます。もしかして……私が来ること……わかってたんですか?」
「ええ。なんとなく。直感ですが……」
サクラザカさんはすごいなあ。どうして、先のことがすぐにわかるんだろう。
ポタッポタッ
「あれっ?」
気がつくと私はまた涙を流していた。どうして……?
答えはわかっていた。私は今、暗闇にいるのだ。財団という心の支えを失って、何をよりどころにしていいのか、わからなくなっていたのだ。
私には……思いつく先なんて無いのだ。
「サクラ……ザカさん……。私って……どうすればいいでしょうか」
「……それは僕にもわかりません」
「……そう……ですか……」
「でも……」
サクラザカさんは話し出す。
「僕は『信念』を大事にしています。信念があれば、何をするべきかがわかると思うんです。もちろん……それは間違ってしまうこともありますが……」
その時のサクラザカさんの声は、本当のサクラザカさんの気持ちのこもった声だった気がした。
「間違っても後悔しない選択ができる……気がするんです。それが次の選択の自信になる。……すごく曖昧な理論ですけど」
「……サクラザカさんは……すごいです」
「すごくなんか……ないですよ」
サクラザカさんは出されたカフェオレを飲み干す。そして、立ち上がる。
「今日、僕らはこの街を出ます」
「えっ?」
じゃあ……もうこのカフェでは会えない……。
「だから……最後にこのカフェで……君と会話がしたかった。実は久しぶりに楽しかったんです。ここで、純粋に話すのが……」
「サクラザカさん?」
「……ありがとうございますね。ジェナちゃん……」
嫌だ。もう……会えなくなるなんて……。
その時、私はサクラザカさんの服の袖をつかんでいた。
「……ジェナちゃん……?」
「……私は……見つけたいんです」
勇気を振り絞って、言葉を放つ。
「私も自分の信念を見つけたいんです! それが今の私の……たった一つの信念です! だから……」
袖を握る力が強くなる。そして、涙が落ちることはもう気にしない。
「私も……一緒に行って……いいですか?」
「…………」
サクラザカさんは少し考え、そして答えを出す。
「……ええ。もちろんです」
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「で? そいつも一緒にフレインタリアに連れていくと……。もともと敵だったんだぞ?」
カゲロウは口をへの字にして、サクラザカを見る。
サクラザカはジェナを連れて、一度駅に戻っていた。今は、サクラザカが寝ていたベッドの部屋にいる。
何かサクラザカに迷惑をかけていると思ったジェナは話し出す。
「お願いします。カゲロウさん。役に立てることは何でもしますので!」
「だがなあ……」
すると、サクラザカがフォローを入れる。
「カゲロウ。彼女は空気を操ることができる。敵の居場所を知る時に必ずその威力を発揮するでしょう。現に僕らだけだと、光を透過する男に出し抜かれたので……」
「それを言われると何も言えないんだが……。まあそいつはいいとして……」
カゲロウは横にいるコハルを見る。その少女はコーヒーを飲んでいる。
「いやあ! やっぱりコーヒーはブラックが一番ですねえ。さすがはあのマスターの作ったコーヒーだ!」
実は彼女に頼まれて、サクラザカはマスターからコーヒーをお持ち帰りしていた。
そのコーヒーに目を輝かせている少女を指さしながら、カゲロウは言う。
「こいつは何の役に立つんだ?」
「…………」
サクラザカは何も言えなかった。正直わからないことが多すぎる。
カゲロウはコハルに近づき、話しかける。
「おい」
「はい?」
「一つ質問いいか?」
「どうしたんですか? 下着泥棒さん」
「がふっ! その呼び方は止めろ」
「真実だからいいじゃないですか」
カゲロウにとってそれはもう黒歴史だった。それを聞いたジェナは若干引いてる。
「ちょっと待て! 誤解するなよ! 俺は決して犯罪者ではなあい!」
「あの……とりあえず手の届く範囲は近づかないでください」
「えっ。対応きつくね?」
カゲロウはジェナに対する行為を思い返す。
思えば、戦いの最中に馬鹿にしたり、胸ぐらをつかんだり、嫌われる要因はたくさんあった。
「いやあ。あの時は……すまん」
「えっ? あっ。別にそんなに気にしてないですよ」
カゲロウはジェナに頭を下げる。サクラザカはそれに対して言う。
「カゲロウ……なにか忘れてないですか?」
「んっ? …………あっ! そうだ。おい! コハル! てめえ!」
コハルは相変わらずコーヒーを飲んでいる。
「カゲロウ。僕が聞きますよ」
「ああ。任せる。こいつ、俺と話す時はマジで容赦ないからな」
サクラザカはコハルの前に立つ。
「君は自分の特殊能力はわかるの?」
「あー。それはちょっとわかんないですね。でも、たぶん魔素吸収レベルとかはサクラザカさんとほとんど同じって考えていいですよ。それなりに役に立つと思います」
「なんで俺にはちゃんと話してくれないんだろうな」
カゲロウは拳を握り締めながら、心を抑える。
サクラザカは指揮をとる。
「じゃあそろそろ出発してもいいですか?」
「ああ。そのことなんだが……。少し行く途中で寄り道してもいいか?」
カゲロウは何か用事があるようだった。
「……ええ。かまいませんが……」
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ユニギリムの外の森にそれはあった。
「ここは……墓ですか?」
「ああ。奴隷は……墓を作っちゃいけないきまりになっている。だからこうやって見つからないところに作らなくちゃいけないんだ」
「……そうなんですか……」
そこには、たくさんの墓があった。それはカゲロウが今まで失った仲間たちなのだろう。
その中の一つの前にカゲロウは座る。
「その墓は?」
「こいつか? こいつはアリスっていう……まあ友達だ。……向こうはどう思ってるか知らねえけどな……」
カゲロウは笑いながら言う。
「でも……こいつは俺にとって大切な存在なんだ。決して忘れちゃいけねえ。そんなやつなんだ」
サクラザカはライリーのことを思い出す。死んだ大切な人のことを忘れてはいけない。
そう考えていたのは、サクラザカだけではなかったのだ。
「さて! そろそろ行くか!」
「ええ。確か、外の道をまっすぐ行けば、フレインタリアなんですよね」
「ああ。俺も初めて行く街だからな。気を引き締めていかねえとな」
外に向かって歩き出す。
「うおい!」
突然、カゲロウの服からウィンが飛び出す。
「おう! お前、ユニギリムに残るんじゃなかったのか?」
「そんなことはない! ワタシはちゃんとお前らを導いてやらないとな!」
「相変わらずだな。お前」
カゲロウとサクラザカは墓の外に出る。そこにはジェナとコハルもいた。
ジェナはサクラザカに言う。
「サクラザカさん。早く行きましょう」
「……ええ。そうですね……」
サクラザカの表情に依然変わりはなかった。だが、その声は穏やかな雰囲気を放っていた。
空は雨模様だが、雲から漏れる光が道を照らしてくれていた。
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