第21話 『信念』
サクラザカは折れた剣を眺めていた。
「まさか……この剣は生きているのか? まるで生命のように」
血が流れている。サクラザカにはそうとしか考えられなかった。
「ならば……これは利用すべきだ」
サクラザカは折れた剣を構える。そして、剣先を床に捨て、リズの方を向く。
「……彼女は……本当に全体を防御できているのか? ……いいや違う。必ずどこかあるはずだ」
唐突にサクラザカにある考えが浮かぶ。同時に胸くそ悪い気分になる。
「まさか……彼の戦い方を参考にすることになるとは……」
瞬間、リズがサクラザカの方向に向かってくる。そして、サクラザカも彼女に斬りかかる。
弱点は……。
「そこだ!」
ガキンッ!
サクラザカの剣は跳ね返される。確かにその剣は右腕の関節に当たっていた。
「そんな……」
「残念だったわね!」
リズは硬化した左腕の拳を握る。
「関節を硬化したら……私はうまく動けなくなってしまう……。だから、関節は絶対に硬化しないと考えたんでしょうね。だけど……」
よく見ると、その関節はまったく動かしていなかったのだ。
「動かす必要が無いなら、硬化しても別に問題は無い! これで私の勝ちよ!」
サクラザカにリズは殴りかかる。
刹那。
ブシュウウッ!
「えっ?」
少女は自らの左腕が弾き飛んだことを理解できなかった。弾き飛んだ腕はサクラザカの足元に落ちる。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
リズは地面に倒れ込み、左腕のふくらはぎを握る。完全にその肘は切り裂けていた。
いったい何が……。
「……それは!」
サクラザカの持っている剣が直っていたのだ。折れた部分がしっかりと。
そして、それには青い魔素が付着していた。
「僕は……物体を直すほどの魔法は扱えません。だけど、傷を治す回復魔法なら使うことができます。……この剣は不思議なことに生き物だったようです。だから、回復魔法で剣を治すことができたみたいですね」
正直、サクラザカは不安だった。本当にこの剣が生き物なのかも不明なままだった。
「そして、直した時に、向かってくる剣先であなたの左腕を弾き飛ばしたわけですよ。わかりましたか?」
それに、まさかサクラザカ自身も、館で出会ったあのクソ野郎の戦法を使うことになるとは思わなかった。
「まあ……結果往来ってことで……」
サクラザカは少女を黒い瞳で見下ろす。
「さて……あなたに選択を与えます」
「は?」
それはサクラザカ自身も甘えた提案だった。
「このまま次の駅で降りて僕らに関わらないで生きていくか……それともここで死ぬか……どちらかを選んでください」
「…………」
少女は何かを考えている。まさか、サクラザカが自分を逃がすことを提案するなんて思いもしなかったのだ。
サクラザカとリズは目を合わせる。
だが……。
「……ひひっ」
「!?」
突然、少女は笑いだした。そして、残った右腕を下に向ける。
「悪いけど、どちらの選択にものれないわ! 私は私の目的を達成する!」
「なに?」
少女は腕を赤く発光させ、床を殴り……破壊する。そして、その穴に入り込む。
「何を…………やっているんだ!?」
それをサクラザカは考えもしなかった。だが、すぐにその意図を理解した。
「まさか! 車輪に挟まって列車を止める気なのか! 僕らを自然公園まで行かせないために!」
この列車は汽車だ。赤の魔石を使って、時速100kmは出ているだろう。そんな中に人が入り込んだら……。いくら硬化していてもただじゃ済まない!
そして、汽車の動きがおかしくなる。同時にカゲロウが扉からやってくる。
「おい! 何が起きてるんだ! さっきの子はどこに行った!」
「……下です」
「あ!? 何言ってんだ? …………まさか!」
やがて、汽車のシステムも異常を感知したのか、すぐに止まろうとする。
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汽車が完全に止まった時、サクラザカとカゲロウは外に出た。
だが……。
「……これは……」
そこには車輪に挟まり血だらけの少女がいた。少女の四肢は吹っ飛んでいた。
「…………」
降り注ぐ雨がサクラザカとカゲロウを濡らす。
「……ああ」
その少女の光景を見て、カゲロウは正気ではいられなかった。
「あああ!」
あまりにも残酷なその光景は、カゲロウにあのアリスという名の少女を思い出させる。
そして、目の前の少女をそんな状況にしてしまったのは紛れもなく彼ら自身であることに気がついてしまう。
そんな中、サクラザカは振り返り、進む。
「……おい。サクラザカ……」
「……なんですか?」
「サクラザカ!」
カゲロウはサクラザカの肩をつかむ。
「なんで……そんなに普通でいられるんだよ!」
「…………」
「……サクラザカ?」
その肩はサクラザカのものとは思えないほど、弱々しかった。
「彼女の罪は……自分より他人の利益を優先したことです。ですが……」
その先をサクラザカが言う権利は無かった。それが信念だなんて……。自らその信念を踏みにじったサクラザカに……。
言う権利なんて……無いのだ。
「……サクラザカ。……お前」
「行きますよ。カゲロウ」
その声は無機質のように聞こえるが、よく聞くと、凍えた声にも聞こえた。
だが、そんなものは雨の音でかき消される。それくらいサクラザカには力が残っていなかった。
カゲロウは少女を見つめる。その少女には一粒も魔素を感じなかった。
そして、口を噛みしめ言った。
「確かに……サクラザカ。お前の言うことは正しいよ……。だけど……」
カゲロウは拳を握り、言葉を放つ。
「一発だけ……殴らせてくれ……」
「……それであなたの気が済むなら……」
ドシュッ!
サクラザカの顔面にカゲロウの拳がぶち当たる。すでに吸血鬼の状態ではないため、皮膚はもろく、口から血が出る。
サクラザカは血を腕で拭い、歩き出す。
「行きましょう……」
「……ああ」
彼らはその線路を後にする。
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「……リズ?」
ジェナはその車輪に巻き込まれた少女の前に立つ。
レベッカが列車から降りてくる。しかし、その惨状を目の当たりにして、絶望の表情を見せる。
「くっ!」
ジェナは車輪の間に空気の塊を入れ、リズを引っ張る。その時に体がすでに冷たかったのを感じた。
「リズ……しっかりしてよ……。目を開けてよ!」
少女は叫ぶ。
しかし、眠る彼女にそれは届かない。
「うっ……」
ジェナは再び涙を流した。それにつられてレベッカも涙を流す。
あの時、私がサクラザカさんと戦いに行っていれば……。あの時、カゲロウという人を倒していれば……。あの時、リズを行かせていなければ……。
少女は自分の力不足を呪った。しかし、どれだけ呪っても……もう取り返しがつかないのである。
そのことを理解する度に……少女はまた……泣いた。




