第20話 少女は現実という名の悪夢を知る
ジェナを置いて、リズはサクラザカのもとに向かっていた。
「待ってて! レベッカ! 今、助けるからね!」
リズは奥の車両に向かう。地面のレベッカの物と思われる血が、余計彼女を焦らせる。
だが、焦りは判断の妨げになると考えたリズは思考を落ち着かせる。
そして、一番奥の車両についた。そこにはサクラザカがいた。
「……遅かったですね……」
「レベッカはどこ!?」
サクラザカは席の隙間から縄で縛られたレベッカを投げる。リズはそれを抱き、支える。レベッカは意識を失っていたが、まだ生きていた。
「良かった……」
その時だった。
サクラザカの剣がリズにふりかかった。それに気づいたリズは腕を硬化させ、攻撃を受け止める。そして、サクラザカの腹に蹴りを与え、奥に吹き飛ばす。
リズはレベッカを横の席の陰に寝かせる。
サクラザカはうまく着地し、体勢を立て直す。
「なるほど……やはり三人の中ではあなたが一番強いみたいですね。特殊能力の扱い方、注意力や判断力、すべてが優れている」
そういうと、サクラザカはレベッカを見下ろしながら言う。
「それに比べて、その少女は……やれリーダーだの、やれ一番多く人を倒しているだの。……結局、前回僕に負けた経験をまったく活かせていなかった。おそらく、一番甘い人間でしょうね」
「……さい」
サクラザカはリズの言ったことを聞き取れなかった。
「なんて?」
「うるさいって言ったんだ! レベッカは私たちをあのスラム街から助けてくれた! そんなレベッカを侮辱するやつは私が許さない!」
リズはサクラザカの方向に走り出す。そして、硬化した腕でサクラザカに殴りかかる。
キイイイン!
サクラザカが持っていた剣で防御すると、そこに甲高い音が鳴り響く。
「お前なんかにレベッカの何がわかるんだ!」
すかさず、リズは反対側の腕でサクラザカの腹を殴り飛ばす。そのまま、列車の壁に叩きつけられる。
それでも、サクラザカは立ち上がった。
「……で? あなたは何が言いたいんですか? それは彼女のためにはならない。むしろ、彼女を甘やかすことになるでしょうね」
「なんだと……」
サクラザカは大きくため息をつく。そして……。
ガブリッ!
彼は左手に噛みつき、血を吸う。
「少し……しつけが必要なようですね……」
サクラザカの足が赤く発光する。
その瞬間、リズの目の前からサクラザカが消えた。
「くっ!」
カキイイイン!
リズは直感で後ろのサクラザカの剣を防ぐ。硬化しきれていない右腕から血が染み出る。
そのままサクラザカはリズに蹴りを入れようとする。
だが……。
「……っ!」
サクラザカの足を光線が貫く。ひるんだところをリズに殴り飛ばされる。
バランスを整え、うまく床に立つ。
「……特殊能力だけでなく……魔法の扱いもうまいんですか……」
「……そういうあなたは……まだ特殊能力を使っていないのね」
「ええ」
キュイイーン
サクラザカの髪が灰色へと変わっていく。
「どうやら本気で殺しに行かないといけませんね」
背中から黒い翼を広げ、リズに近づく。剣で斬りつけるが……。
キイイイン
「!?」
その少女の体は異様に硬かったため、跳ね返された。
「……まさか……」
リズは全身を硬質化していた。
「これは面倒ですね……。まさか、そこまで硬化できるとは……」
サクラザカは身体強化をし、リズの周りを動きまわる。そして、あらゆるところを斬りつける。
だが、彼女の体には傷一つつかなかった。
「……もういいかしら?」
「……!?」
サクラザカに拳をふりかかる。慌ててサクラザカは剣で防御する。
その時だった。
バキンッ!
氷のような剣は折れてしまった。剣先は後ろに吹っ飛んでいく。
「くっ!」
サクラザカは地面を蹴り、後ろに下がる。そして、折れた剣先を握りしめる。
「……こいつには……無理をさせすぎたな……」
しかし、リズの目はそれを明らかに奇怪なものとして見ていた。
「…………あなた?」
「えっ?」
「……その剣は……いったい何なの?」
「…………!」
その光景がサクラザカは信じられなかった。
ピチャッ……ピチャッ……。
折れた剣の内側から血が流れていたのだ……。
「これは!?」
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カゲロウはジェナを縄で縛り、動けないようにする。
「よしっ……。これでサクラザカのところに行くか」
彼は別の車両に行こうとすると、足に何かが引っ掛かった。
「……離してくれないか?」
「……嫌……だ……」
ジェナがカゲロウのズボンの裾に噛みついていた。カゲロウはその靴から、少女をつかみ離す。
「……なんか用か? お前は今、軽く脳震盪を起こしている。ろくに戦えないはずだ」
「まだ……私は……負けてない。勝たないと……何……も……」
カゲロウはその少女に疑問を抱く。
「なぜ、そこまで戦おうとする?」
「……私は……友達を……守りたい……。誇り高き……財団として……守りたい……」
「誇り高き……財団だと?」
カゲロウは眉間にシワを寄せる。それに気づかず、少女は続ける。
「私は……誰かの役に……たちたかった。……だから……帝国からの……信頼を受けた……財団に……入った」
「…………」
「財団は……皆の……世界を救う……力を……持っている。……きっと……上のメンバーは……正義感あふれた人たち……なんだろうなあ」
ガシッ!
「……ふざけんなよ」
「……えっ?」
カゲロウは少女の胸ぐらをつかむ。カゲロウの中の何かが……もう抑えきれなかった。
「世界を救う? 正義感あふれる? じゃあなんで! なんで10歳にも満たない子どもが……アリスが財団のやつらに殺されなくちゃならなかったんだ!」
「……何を……言っているの?」
その無知な表情が逆にカゲロウをイラつかせた。
数年間、カゲロウはずっと押さえ続けてきた。だが、それが解き放たれた。
「お前はどこまで無責任なんだ! 財団は……裏で人を殺して、いろんな人を騙してきた連中だぞ! そんなやつらに混じって、正義ぶってんじゃねえよ!なんで、お前は何も知らずに人を殺す団体に入ってんだよ! ふざけてんのか!」
「…………」
少女は唖然としていた。そのカゲロウの表情が嘘をついていないことを証明していた。
本当……なんだ。団長はすべてを知っていたのだろうか……。他の二人も知っていたのだろうか……。
ジェナは目を見開いたまま、そのことばかり考える。
冷静さを取り戻したカゲロウは、ジェナを離す。
「……悪い……。お前だって被害者なのに……」
カゲロウはサクラザカのいる車両に向かった。
ジェナは……ずっとカゲロウに言われたことを考えていた。
「……本当に……私は……被害者なの?」
同時に、汽車の動きがおかしくなった。
外は雨が降りだしていた。




