第3話 僕には言わなければならないことがある
僕は新しくカップを用意する。それをエントランスのテーブルの上に置き、お茶を注ぐ。
「時間が経ってしまったので、少しぬるくなってしまったと思いますが」
「かまわないよ」
そして、クロエさんはカップに口をつける。やはり、他の人に自分の作ったお茶を飲んでもらうのは緊張する。
一口飲むと彼女はカップを置いた。
「おいしい。不思議な味だけど、自然に溶け込む味だわ。これならきっと、アリアちゃんもそのうち気に入ってくれるようになるんじゃないかな」
「本当ですか!」
僕はとても嬉しかった。自分の作ったお茶をおいしいと言ってもらえるのが、ここまで嬉しいだなんて思わなかった。
「でも、さすがにお嬢様に気に入ってもらえるかはわかりませんよ」
「そんなことは無いわよ。あの子、根は優しい子だから」
クロエさんは少し真剣な顔をして、僕に問いかけた。
「君はどこから来たんだい?」
「えっ。どうして急に?」
彼女は僕をじっと見て言った。
「君からは魔素を感じない。まるでこの世界の影響を受けて来なかったように。だから、君は別の世界から来たんじゃないかと思ったんだよ」
『別の世界』という言葉は僕の予想が当たっていたことを示唆していた。
「やっぱり……そうなんですね。ここは僕のいた世界ではない。僕の世界では吸血鬼はいないし、魔法なんて存在しないので」
「魔法が無い世界ねえ……。なんか想像できないなあ。吸血鬼がいないとなると、他の亜人もいないのかなあ」
「亜人……ですか?」
彼女はうなずき、説明する。
「人と別の生物が混ざったもの。それが亜人だよ。亜人は大体、魔法の適性が強いことが多いんだよね」
「へえ。そんな人たちはいませんでしたね」
ふと、僕はある疑問を問いかける。
「僕にも、魔法って使えるんですか?」
「無理だねえ。魔素をまったく吸い込んでないから」
ガクンッ
僕は魔法が使えないことに落ち込む。まあ、今はお嬢様のために、働くだけで満足だった。
しかし、予想外のことを彼女は伝える。
「代わりに特殊能力が使えるかもね」
「特殊能力……ですか?」
「うん。魔法のような基本的に適性があれば誰でも同じような魔法が使えるのが一般能力。逆にその人、個人でしか使えないのが特殊能力だよ。特殊能力はなぜか純粋な人間であればあるほど強い能力になるらしいんだ」
「それって、どうやって使えるようになるんですか?」
「さあねえ。何かしらのキッカケがあれば、使えるようになるけど、逆にキッカケがないといつまでも使えないからねえ」
「じゃあ。今すぐ使えるようになるのは無理ってことですか」
またしても気を落とす僕を彼女は笑みを浮かべながら見つめる。
「そうでもないよ」
「えっ」
瞬間……僕の首に何かが突き立てられている。それを伝わって感じられる冷たい空気の感触は忘れられない。
「……はい?」
それは剣だった。彼女の持っている剣が僕の首に向いていた。
慌てて僕はその剣から距離を取る。
「ちょっ! 何を!?」
「キッカケを作ればいいんだよ」
僕は焦った拍子に足を滑らせ、地面にしりもちをつく。彼女は依然として笑顔で、剣を突き立てる。
「今、死にかければ、たぶん使えるようになるから」
「ちょっと待って! 本当に! 別に今すぐ使いたいわけじゃあないので大丈夫です! だから剣をしまってください! お願いします」
気持ち悪いぐらい早口だったため、若干クロエさんも引いている。そして、その剣を腰の鞘にしまう。
「そう? まあ使えるようになりたかったら、いつでも協力するよ」
「まあ。よろしくお願いいたします」
本当に焦った。だって一歩間違えれば、死んでいた気がする。
唐突に僕の中で疑問が浮かんだ。
「そういえば、クロエさんも亜人なんですか?」
彼女はお茶を少し飲み、カップを置く。
「……知りたい?」
「知りたいです」
「仕方ないなあ」
突然、クロエさんは自分の左腕をつかんだ。僕は嫌な予感がした。
「えっ。何するつもりですか?」
「まあまあ。見てなさいって」
次の瞬間。
左腕を、引きちぎった。
「…………」
「どうだい?サクラザカくん」
「…………えっ」
どうって、何が。これのこと。一体この人は何をやっているの?
「…………」
「……おーい。サクラザカくーん」
「ぎやあああああああああああああ」
いやっ! 何やってんの!? この人! なんで急に腕ちぎってるの!?
「いやあ。私は人間とゾンビのハーフでね。ギリギリ亜人扱いなんだよね。これが」
「いいから、はやく戻して!」
すると、クロエさんはだんだん調子にのってきた。
「やろうとすれば目も取れるぞー」
「ふん」
「いた!」
僕のチョップが、彼女に炸裂する。
「あまりやりすぎないでください」
「いやあ。ごめんごめん」
正直コミカルな雰囲気でやっているが、実際グロテスクである。ようやく、彼女の腕が冷たかった理由がわかった。
彼女は左腕を元の位置に戻し、軽く肩回しをする。どんな仕組みだよ。
なんとなくだが、お嬢様の言っていたちょっと変わった人というのは、この人のことだろう。だって、変わった人の代名詞だもん。
「まあ。この世界についてはそのくらいかな。まあ次、会った時は君の世界のことを聞かせてくれたまえ」
「はい。今日はいろいろ教えていただき、ありがとうございました」
彼女は出口から出ようとした時、思い出したかのように言った。
「あっ。ちなみに多分アリアちゃんなら、外に出ても怒らないと思うから心配しないでね」
じゃあ、最初の忠告は何だったんだ。
「だけど……ほれっ」
彼女はさっきの剣を差し出す。
「実際、外は危ないから、出歩く時は持っておくといいよ」
「はあ。ありがとうございます。でも、そんなに危険なんですか?」
「まあ、念のためだよ。最近物騒だからね。……んじゃあ、アリアちゃんによろしくね」
「はい。伝えておきます」
嵐のような彼女は外に消えていった。
「さて、お茶を作り直しに行かないと」
そうして、僕は再びキッチンへ向かう。
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「お嬢様?」
「げっ」
そこには、茶葉を一生懸命に水につけているお嬢様の姿があった。
「何をやっているんですか?もしかして、お茶、気に入ってくれたんですか?」
ギクッ
これは……図星というやつだ。
「それならもう一度作ってくれって頼めば……」
だんだんと彼女の性格がわかってきた。
お嬢様は彼女自身の自己紹介から、プライドが高いとわかる。さっき僕を追い出したばかりなのに僕に頼ろうとするのはそのプライドを傷つけることだろう。だから、彼女は僕に頼ろうとせず、自分だけでお茶を作ろうとしたのだ。
それが今作れなかったことで、逆にプライドが傷つけられ、半泣き状態である。
でも……。
彼女を責めるような気にもなれない。なぜなら、彼女の持つプライドの奥には優しさが隠れているからだ。
お嬢様は僕が庭で倒れていたと言った。
おそらくそれは嘘だろう。もっと遠く離れた場所にいたに違いない。彼女は僕に心配をかけないようにあえて嘘をついたのだ。
なぜそう言い切れるのか。それは彼女の下着姿にあった。
今はドレスで体を覆っているためわからないが、あの時の下着姿には、はっきりと火傷が見えたのだ。それはいつできた傷か。おそらく僕を運ぶ時についた傷であろう。
吸血鬼がどこまで日光に弱いかはわからないが、彼女が浴びると火傷のようになるのだろう。
それが僕がこの建物から遠い場所で倒れていたと考える理由だ。
――あの子は根は優しい子だから――
クロエさんの言葉をようやく理解できた。
「笑えばいいじゃないの。こんな私を」
「笑うわけ……ないじゃないですか」
僕は改めて言わなければいけないと思った。
お嬢様の前で座り、言う。
「お嬢様。倒れていた僕を助け、さらには住むところまで与えてくれて、本当にありがとうございました。これからはお嬢様のために生き、力になれることを誓います」
「……あなた。急にどうしたの?」
なぜだか僕は穏やかな表情になれた気がした。
「ただ僕は異世界から来た人間なんです。なので、あまりこの世界の常識を知りません。どうか、僕にこの世界のことを教えていただけないでしょうか」
「…………」
僕は微笑み、さらに続ける。
「僕もお茶の作り方を教えますので」
「……わかった」
お嬢様はなぜか顔が赤くなっていた。そして、目を合わせずにこちらに言い放つ。
「いいわ! 教えてあげる。ただし、ちゃんとあなたも教えなさいよね」
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新しくお茶を作り、運ぶ。今回は二回目なので味には自信がある。
後ろを一頭小さい少女が着いてくる。なんだかお嬢様とは少し近い関係になれた気がした。
少女はボソリと呟く。
「あなたって、たまにすごくカッコいいときがあるのね」
「えっ。なんて?」
「うるさい! 何でもないわよ!」
お嬢様は大声をこっちにかける。顔が赤いことからもだいぶ怒っているのだろうか。
何か機嫌を直す方法はないだろうか。
「お嬢様はかわいいですよね」
「ぶふっ! 急に何を!」
「そのくるくるした黒い髪に赤い瞳、ときどき見せる八重歯はかわいすぎますよ。そりゃもう守りたいくらいですよ」
途中……いや、最初から何を言っているかわからなくなっていた。
「そんなかわいい娘と一緒に住めるなんて、僕は最高に幸せです」
「……えっ」
お嬢様は顔をみるみる真っ赤にしていた。なんだか頭から湯気が出ているようにも感じた。
これは、 、 まさか。
「あんまり……調子に……」
僕にはこの先が見えていた。ただもう回避不能な未来である。
「乗るなあああああああああああ」
僕の横腹に魔弾が炸裂する。そのまま、廊下の壁に衝突する。
白目を剥いているが、なんとかお茶の入ったポットだけは守りきったので、僕も成長できたのではないだろうか。
「ああ……」
僕は意識を失い、夢の中に入り込む。
「本当に……幸せだ……」