第18話 執行人の瞳が私を見つめる
私にはわからない。
とあるスラム街で二人の友達と出会って……そこを出て……財団に入って……。
私は……誰かに着いていく。それが私の生き方だった。
でも……ある時……私は疑問に思った。
本当にこのままでいいのだろうか……。
自分のやっていることは、本当に正しいことなのだろうか……。
その答えは誰も知らない。きっと……誰にもわかるわけがない。
そもそも……正しいことなんて……あるのだろうか……。
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「おーい」
暗闇の中でレベッカの声が聞こえてくる。
「……うーん……」
「やっと起きた。なんで私よりも寝てんのよ?」
目を袖でこすり、視界をはっきりとさせる。
そういえば、今は汽車に乗っているのだった。確か、自然公園までは40分くらいだったかな……。
「今日の汽車はこの一本だけだしね……。これを逃したらもう乗れないから……」
リズが状況を説明してくれる。やっぱりリズは頼れるお姉ちゃんみたいだ。
唐突に私はふと、あることを考える。
「そうだ……。汽車の本数がこれだけってことは、あの吸血鬼の人も乗っているかもしれないね……」
「……なるほど……その発想は無かったわね! じゃあ、探しに行こう!」
レベッカは急にやる気になる。そして、列車が進む方向に走り出す。
まだ寝ぼけていた私は、リズに手を引かれて歩く。
「じゃあ、私たちは反対側を探そうか……」
「……うん」
汽車の先に歩き出す。
列車の間の扉を開けると、自然と人が少なかった。夕方にしては珍しい方だと思った。
まあ、この街では働く場所も少ないから、移動の必要もない。だから、汽車はめったに使われないのである。
「……うーん……」
「大丈夫?」
妙に眠かった。ここ最近はいろんなことがあって、疲れたのだろうか……。
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だが……次の車両に行くと、急に目が覚めた。
「……サクラザカさん?」
そこには、いつもと同じく黒髪で眼鏡をかけたサクラザカさんがいた。ただ、昼と違うのは表情がまったく読み取れないことだった。
「……なるほど……そういうことですか……」
「……どうした? サクラザカ」
すると、相席の男も後ろに振り返る。その顔はまさにあの夜に見たもう一人の男だった。
私はまったく状況がつかめなかった。
「えっ? なんで……? サクラザカさん?」
彼は席から立ち上がる。そして、黒い眼差しがこちらを見下ろす。
「……残念です。なるべく仕事中には出会いたくなかったのですが……」
「えっ?」
瞬間。
サクラザカさんは私の目の前に斬りかかっていた。
ガキンッ!
それをリズが硬化した腕で止める。剣と腕の間には火花が散っていた。
その剣が跳ね返って余裕ができた時、リズが私の手を握ったまま、もとの車両に走り出す。
そして、サクラザカさんがどんどん遠くなっていく。
「まさか……本当にあの吸血鬼出会うなんて……」
「吸血鬼って……あの人はサクラザカさんだよ?」
私の頭は状況が理解できていなかった。
「だから! そのサクラザカさんが、吸血鬼なんだよ!」
「えっ?」
そう……。気づいていたのだ……。だが、私自身がどこかでその結論を出すのを拒んでいたのだ。
ようやく、現実を受け止める。
私はあまりのショックに座り込んでしまった。
「……ジェナ?」
「うっ…………うっ…………」
思えば、自分から友達を作ったのは初めてだった。
私は涙を流していた。やっとできた友達が、敵だったなんて……。
いや……。財団に入ってから覚悟をすべきだったのだ。この世界は裏切り、裏切られるようにできている。それを理解しているのに……。
なんて、私は馬鹿なんだ。
「ジェナ!」
「えっ?」
突然、リズの声が頭に響く。そのおかげで、ネガティブな思想が弾けとんだ気がした。
「大丈夫だよ……。私や、レベッカがいるから……」
「……リズ」
なぜだか、いつもリズが私に何かを言うと、すごく安心できた。そして、同時にやることも理解できる。
友達だからといっても……今は殺さなければいけない相手なんだ……。
私はもう一度立ち上がる。そして、涙を拭き取り覚悟を決める。
「……わかった。私、戦うよ」
「うん。……ありがとう。ジェナ」
そして、奥からレベッカがやってくる。
「もしかして! 吸血鬼が見つかったの!?」
「……うん」
私は足の向きを走ってきた方向に向ける。
「行こう!」
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「こりゃ、一本取られたな。サクラザカ」
「……そうですね。おそらく、あの団長の仕業でしょう」
サクラザカたちはこのまま自然公園まで汽車で行く予定だった。だが、さすがに陽動がバレているとは思わなかったらしい。
「で? どうする?」
「決まっているでしょう。……殲滅します」
サクラザカは再度、氷の剣を握りしめ、車両を歩く。
次の列車に行くと、そこには誰もいない。もともと、人が少ないが、何か異様な雰囲気を放っていた。
そして、また次の列車に入った時だった。
カチャッ。
「……?」
突然、後ろの扉が閉まり、固定される。振り返り、開けようとするが、扉はまったく動かない。
「どういうことだ……?」
よく見ると、扉には緑の魔素が付着していた。これが接着剤の役割をしていたのだ。
ならば、この扉を壊すだけだ。そう考えたサクラザカは扉を蹴る。
だが……。
ビキッ!
サクラザカの脚に衝撃が返ってくる。
彼は左手に噛みつき、脚の傷を癒す。ダメージは大したことはなかったが、傷は直すべきだと思った。
だが、この扉の固さは異常である。これは……特殊能力?
「あの水色の髪の子か……。おそらく『物体を硬くする能力』……といったところか……」
壁や窓も硬化し、固定されているのだろう。つまり、この車両はまるまる密室になっている……ということである。まあ、ただ密室になっているだけなら、待てば良いだけなのだが……。
サクラザカはそう考えたが、部屋の異変に気づく。
「空気が……薄いな……」
だんだんと……空気が無くなっているのだ。
「これも……何かの特殊能力か……」
すると、突然声が鳴り響く。
『サクラザカさん? 大人しく次の駅で降りてください』
「ほう。ジェナちゃん。一応聞いておきますが、その理由は?」
『あなたを自然公園に行かせる訳にはいかないんです』
サクラザカは敵に完全に情報がバレていることを理解した。
「……なるほど……だから、降りなければ、ここで窒息させるつもり……ということですね」
『…………もう気づいていましたか……。だけど、気づいているからといって、何も状況は変わりませんよ? だから、ここは大人しく降りることをおすすめします』
「……なかなか、安っぽい取り引きですね」
『!?』
サクラザカはもと来た扉の前に立つ。
「まず、前提として君たちは、その考えた戦略が誰にも破れない強固なものだと思っているんでしょう。だが、それは違います。どんなものにも、弱点はある」
『……ならば、それを証明してみてください』
「ええ。いいでしょう。言っておきますが、君たちは世間を知らなすぎる。きっと、財団に入る前は……情報の入らないスラム街か何かにいたのでしょうね。数週間前に異世界から来た僕がそう感じるんですから……」
『…………』
「さあ、始めましょうか……。君たちの処刑を……」
さっき噛んだ手から血が滴るが、サクラザカは先ほど入ってきた扉の向こうを指差す。
「そこにいるのでしょう? 確か……レベッカでしたっけ……」
彼の黒い瞳は見開きながら、殺気を放つ。




